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冷酷非情な王子と修道女、恋人ごっこをする
彼女と私の色①
しおりを挟む三月中旬。
確か雨は降ってなかった。
リシャールの最後の戦は呆気なかった。いや近頃の戦は、特に手ごたえもなかった。
リシャールたった1人をを殺めるため、何千人もの兵が辺りを取り囲んだというのに。
「悪魔をとらえろ!」
「お前ひとりにどれだけ犠牲が出たと思っている!」
「簡単に殺すな! 肉を少しずつ抉って皆で食べてから磔にするぞ! 苦しみながら死ね!」
「いや、……気味悪いからさっさと殺そうぜ!」
「ああ、それがいい。あいつを殺せば英雄だ」
リシャールはたった1人敵地で、薄ら笑いを浮かべていた。
「……泣きたくなる程、哀れだな」
リシャールは自国の兵を邪魔だからという理由で置いてきた。
術の巻き添えに死者が増えるだけだからだ。
数年前まで一人で敵地に乗り込むなど正気の沙汰ではないと言われていたが、今や誰もリシャールを止めはしなかった。
その日もリシャールはいつものように、何十回も繰り返してきた術を使うだけだ。
そう、今から数分後には、目の前に誰も居なくなる。
辺りが寒くなって、霜が降りて、人々が凍りついたら――。
リシャールの合図とともに一瞬で千人以上の人々が空気中の塵と化すのだ。
知らぬものがこの地を通ったら、雪が降ったと言うかもしれない。
その雪も明日には溶けて何もなくなるだろう。
リシャールは思う。
人間一人が一瞬で大勢の命をこんなにも簡単に消せてよいのか、と。
(いや、人間でない。化け物か)
パリン、パリン。
硝子が砕けるような音が絶え間なく響いている。
あれほどうるさかった罵声はもうない。
数分前にリシャールが凍らせた兵士たちが砕けてきていた。
今日もリシャールは何も触れずに戦に勝った。
「ああ、もう空に帰る時間か」
砕け散った破片は氷の華のように舞い、空気中に消えていく。
すべてが無に帰した後、リシャールは片膝をついてしゃがみ込んでしまった。
そして、地面を呆然と見つめていた。
年々、術の範囲が広くなってきている。
魔力が強くなっていた。
リシャールは大魔法を使ったせいで、頭が割れそうに痛かった。
吐き気がして、怠くて、手先が痺れた。
身体も強大な術の副作用からか、近頃調子が悪かった。
リシャールは帰国して暫くは休もうと思った。
ちょうど、数日したら弟の結婚式だった。
(誰も私の帰りなんて待っていないだろうが)
リシャールが人知れず気に掛けていた弟の結婚。
彼は弟の晴れ姿を祝いたかった。
リシャールが結婚式に出席して嫌な顔をされないように、陰ながらそっと幸せを願いたかった。
大半の人間は、人殺しの化け物なんて、戦で死んでくれて思っているだろうけど。
母国、ローズライン王国は、武力の乏しい芸術王国だ。
ここ数十年は近代化についていけないばかりではなく、古い慣習を捨てきれず時代錯誤。
年々、魔術の質は落ち、原始的な剣が主体の武力では他国に太刀打ちできないのは目に見えていた。
国境付近の結界が破られるのも時間の問題だった。
だが、昔みたいに素晴らしい術者がいないのだから仕方なかった。
昔は竜とか神獣を召還したり、気候を操れたり、リシャールのようなレベルの術者は王族や貴族に何人かいたらしいが今や彼一人だ。
もし、自国の兵が戦に赴いても、最近はやりの飛び道具で惨敗だろう。
リシャールのように撃たせる前に対処しなければ命の保証はない。
血を好まないのも素晴らしい平和主義だが、戦わないと無血開城まっしぐら。
力ない魔術も宗教ももはやいらないのに、誰も気づかない。
ずっと結界で守られていた秘密の王国の滅亡はすぐそこまできていた。
気づけば雪の中、リシャールは一人で立っていた。
夕暮れは真っ赤で、夜の訪れは黒。
自分の周りは白。
赤と白と黒。
それが世界のすべてだった。
リシャールは王宮に居ても、執務室から一歩も出ずに暮らしているのだから、日々の暮らしに色なんてなかった。
ただひとつはっきりしているのは、輪廻転生に反した死人を甦らせるような、悪魔の所業を誰も許さない事だ。
そして、誰も彼を愛さない。
あるのは恐れのみ。
(私は許されない事をし過ぎた)
リシャールは自我を失う成れの果てはすぐそこまで来ている気がした。
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