私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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冷酷非情な王子と修道女、恋人ごっこをする

誰にでも1つや2つあるでしょう?②

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「あ、え、もももも、もしかして、リシャール様の、婚約者の!?」

 マリーの自己紹介を聞いた姫の声が震えている。
 かなり動揺しているようだった。
 世界の終わりのような顔をして、サラはぱっちりお目を張り裂けんばかりに見開いている。

「わ、わた、わたくしはさささサラ、サラ、え、っと」

 サラは名乗りたいようだが、声が上ずって良く聞こえない。

 サラというから、やはりサロンや社交界に姿を見せないあのサラ姫なんだろう。
 何を思ったのか、挙動不審に彼女ががばっとベンチから立ち上がった拍子に、持っていた本が手から滑り落ち、マリーの目の前に本が落ちた。
 本を落としたサラはなぜか一段と絶望したような顔で真っ青になる。

(こんなに怖がって、殿下何したの? 本まで落として、取り乱して……)

 マリーは当然ながら親切心で本を拾った。
 悪気はなかったのだが、つい、本のタイトルを確認してしまったのだ。

(ん? なにこれ。この、いかがわしいタイトルは……)



『ずっと片思いしていた大好きなイケメン王子様を全裸にさせて縛って穴ほじって泣かせてみました』
『私で濡らした敏感恥じらい王子様を痛ぶる秘密の魔法』
『媚薬漬けにした王子様を山一周引きずってみたら本気に惚れらて困ってます』


 不意に彼女の座っているベンチにも数冊、その手の如何わしい本がある。
 とにかく、題名が過激だ。
 ある種の性癖を露骨に感じる。
 王子様をとにかく、痛ぶりたいみたいだ。
 何かの恨みでもあるんだろうか。

(はっ。もしかして、これ最近密かに人気の王子様泣かしてみたシリーズ?)

 最近、マリーは官能小説の挿絵を描き始めたが、ノーマルな物ばかりでこの手の上級なものは読んだことすらなく、題名しか知らなかった。
 本屋で見つけたことがあるのだが、さすがのマリーでも購入が躊躇われた。   

 もし、こんな題名の本、何かの拍子に誰かに見られたら死にたくなるだろう。
 今のサラみたいに。
 でも、正直な話をすると少し興味がある。
 絵描きとしても個人的にも。
 だって、イケメンな王子様が泣きながら縋ってくる状況。
 美しい色をした瞳に涙を溜めて、苦痛と快楽に顔をいやらしく歪めて、掠れそうな声を漏らす。

 (ぶっちゃけ、色気があるよね……!)

 綺麗な男を踏みつける謎の夢って、乙女は誰しもあるんじゃないだろうか。
 半ば無理やりかつ不意打ちに、好きな人に抱かれる設定もいいけど、これもこれでありだ。
 現実は絶対なし、あり得ない、あってはならない設定だけど。
 絶対有り得ない設定だからこそ、興奮してしまうのは否定できない。
 ほぼ反射的な好奇心から、マリーはページを開き、挿絵を眺めた。

(こんなふうに縛るんだ。へぇ)

 普通の淑女なら、悲鳴をあげる品物だが、マリーは絵描きの端くれ。
 これくらいの耐性はあった。
 マリーは夢中になり、はっとしてサラをみると、ウサギみたいな真っ赤な目に大粒の涙を溜める彼女の姿があった。

(あ、恥ずかしかった……? だったら、こんなとこで読まなきゃいいのになぁ)

 サロンに滅多に現れない姫の秘密を知ってしまった。
 でも、マリーも絵画の勉強のために裸体像や聖人裸体画ばかりスケッチして変態だと誤解されそうになった経験がある。

 さらに、少し前にやんわりリシャールに、ジャンケンして買ったら全裸になってほしいと勝負を持ちかけようか本気で悩んだこともあった。
 だが、誤解しないでほしい。
 邪な気持ちはない。
 すべては芸術のためだ。

 リシャールの筋肉の盛り上がり具合や、体のさまざまな部位の浮き上がる血管、正確な体のラインに興味があっただけだ。
 リシャールはマリーの理想で、ちょうどその頃官能小説の仕事をはじめたばかりだったし、彼とは昼食を食べるくらい親密だったし、困っていることがあったら相談に乗れとも言われていたし。
 もしかしたら……なんて淡い期待があったのだ。
 絵のモデルは嫌がるけど、芸術的視点で説明すればいつか必ずモデルになってくれるかも、と。

 今から考えれば絵のためとはいえ、自殺行為だった。
 友人だと思って、自分は女でもない修道女と思い込んでいたから成せる技だ。
 マリーはよくて不敬罪、それ以前にもしかしたらそれを言い出していたら速攻でリシャールに食べられていただろう。
 言い出さなくて本当によかった、とマリーは今更ながら痛感していた。

 そんないきさつもあるマリーは大らかだ。
 官能小説も、小説。文学だ。それは芸術だ。
 人の心を動かすものは芸術。
 まぁ、実際、リシャールを縛ったり、媚薬漬けにして引きずって遊ぼうなんて思わないから、ファンタジーの類なのだろう。 

 王子様と結婚したサラが読むにはいささか問題があるような気がしたが、マリーは何も言わずに本を返す。

「落ちましたよ、どうぞ」

 マリーは丁寧に手を添えて渡す。

「あ、ありがとうございま、す」

 サラも表彰を受けるかのように厳かに受け取った。
 しかし、やはり、かなり気まずい雰囲気。
 このまま立ち去るわけにもいかない。
 マリーは出来るだけ自然な微笑みを浮かべた。

「誰にも言えない秘密は一つや二つはある物です。私は、誰にも言いませんから、安心してください」

 先ほどのリシャールの言葉を思い出し、そのまま言い返した。
 マリーが修道女だと告白する前に言われた言葉だ。
 
「では、失礼します」
「……あの、待ってください!」

 サラが呼び止めるよりも早く、令嬢らしからぬ速さでマリーは走り去っていった。
 残されたサラはマリーの走っていた方向を見つめた。

「なんて、慈悲深いお方なの……!」

 こんな屑妃の私の愚行に目をつぶり、暖かい言葉までかけてくださるなんて。

 サラが一時間ばかり涙を流したのをマリーは知らない。
 
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