私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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冷酷非情な王子と修道女、恋人ごっこをする

何も聞かなかったことにするから②

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「何を言って」
「貴様こそ何を言っている。……わかるだろう? 貴様の目の前にいる男に好意を向ける価値がないか、ぐらい」
「私はそう、は思いません……!」

 価値があるとかないとか決めつけないでほしい。
 マリーは真っ直ぐリシャールを見上げる。
 たくさん涙を瞳に溜めて、切なげに顔を歪ませた。

「世間では確かに殿下は恐れに値する存在です。私もはじめはそうでした。でも、殿下は普段はかなりの無礼でも見逃してくれるくらい甘くて、滅多に立ち上がらないくらい出不精で、本が好きで博識で、食事をとらないくらい仕事人間で……取るに足りない私なんかにもお節介で、優しくて」

 その優しさは上辺とかではなく、本心で。
 名も知らない私を邪険にすることなく、暖かい時間が確かにそこにはあった。
 生温い雨の様な。

「勝手になんでも教えてくれるし、ダンスの練習にも付き合ってくれるし、数限りない不敬も目を瞑ってくれて……」

 上辺だけ優しいひとはたくさんいる。
 気遣ったふりして、言葉だけ、笑顔を張り付けて。
 その場凌ぎの対応で。

 リシャールはそういうのじゃない。
 厳しいところもあるけど、マリーの可能性をはじめて示してくれた。
 期待してくれた。
 それがどれほど嬉しかったか。
 王子である彼がマリーのことなんて気に留めることすら奇跡なのに、存在を肯定してくれたのだ。

「自分で自分を悪く言わないでほしいです」

 今までの記憶が押し寄せて涙が溢れる。
 西陽に耳飾りが輝いた。
 本当はリシャールにそんな耳飾りを外してほしい。
 ゆらゆら綺麗に揺れて、マリーの心を悲しみに染める耳飾り。
 それは自分の存在を軽んじて、いつでもこの世から消えることを可能だと主張している。

「何故今度は泣くんだ」

 リシャールは呆れたようにため息をつく。
 マリーは耳飾りを外してと言えない。
 彼の心をずっと抱きしめることはできないからだ。
 辛い時、悲しい時、寄り添える未来はないのだから。
 気持ちを簡単に分かるなど言えない。
 言ってはいけない。それは嘘だから。

「……自分の事、悪く言わないでほしいです」

 ただ、マリーは本心が堰を切ったように漏れてしまった。
 絶対に言えないのは好きという二文字。

 リシャールはマリーを抱きあげ、膝に座らせ、胸の中に閉じ込めた。
 薔薇の高貴な香りが強くなった。

「私が怖いとか、軽蔑しているなら、手を振り払って逃げればいい。婚約もなかったことにしてやる。でも、貴様の顔はそうじゃないだろう?」

 ぐずぐず。
 マリーは不甲斐なく泣くしか出来ない。
 もう本格的に泣いてしまって、嗚咽しかでない。
 抑えようとしても、涙が溢れてくる。
 マリーはどうしてだろうと戸惑っても、気持ちが溢れて止まらなかった。

「貴様の話を聞く限り、私に少しぐらいは好意があるんじゃないか」

 リシャールは、勝手にマリーの部屋を作ったり、婚約を決めたりするくらいなのに、今更マリーに好意を確認するとか案外小心者なところもある。
 彼は、順序が無茶苦茶なことを気づいているんだろうか。

「なにが貴様を卑屈にさせているか知らないが、私は誰よりも」

 ちゅっ、と軽く触れた。
 唇を掠めただけのキスだった。

「ん……? な、なにを……」
「ああ、やはり言葉にしないとわからないか?」

 マリーはキスをされた事を理解し、赤面してしまった。

「やはり、もう私の事、好きだと言っているようなものだろう」

 ちゅっ。
 今度は子供にするようにおでこに軽いキスが落とされた。
 マリーは流されそうになるのを、必死で奮い立たせて口を開いた。

「殿下、実は……!」

 マリーは、ずっと引っかかっている事実を彼に何一つ伝えていないのだ。
 本当は令嬢でいる間はずっと嘘を突き通すべきかもしれない。
 そうすれば、すんなり仕事が終わったら修道院に帰れるからだ。

(私が修道女とバレたら不敬罪かもしれない。仕事も降ろされるかもしれない。だけど、殿下に正直に言いたい。それから、ちゃんと向き合って、任務が終わったらお別れしたい)

 リシャールがマリーの姿も身分も全部嘘だなんて知ったら、きっと失望するだろう。
 だけど、マリーは言わないわけにはいかなかった。
 好きな人にこれ以上嘘はつきたくなかったのだ。
 意を決してマリーは口を開いた。

「殿下……私は実は……ずっと言えなかったことがあるのです」
「……なんだ、いきなりこのタイミングで」

 リシャールは眉間に皺を寄せていた。
 まるで嫌な予感がしているように。

「別に人間、ひとつやふたつ、言えない事はあるものだ。私は気にしないぞ?」
「いえ! そんなわけにはいきません、言わせて下さい」

 マリーはゆっくり深呼吸する。
 よし、言うぞ。

「私は本当に結婚はできないんです。実は私は令嬢ではなく修道うぐっ……!」

 マリーは言い切る前に、リシャールに思いっきり口を手で塞がれた。
 まるで言わせない、というように。

「私は何も聞いていないからな」

 マリーが修道女という事実を聞きたくないから、塞いだようだった。

「何も言うな、聞かなかったことにするから。きみも今後の仕事に支障をきたすのだろう?」

(……きみ?)
 
 今まで、他人行儀に貴様としか言われていなかったから、その言い方はリシャールにしては不自然だった。

 塞がれた手が離れたかと思うと、マリーは急に体を引きせられた。
 マリーの頬にかかるのは、耳元で愛の言葉を囁くリシャールの淡い金髪だ。

「身分はどうあれ、今、貴様は私の婚約者だということに代わりわない。ちゃんと本名で婚約したから、書類上は問題ないはずだ」
「本名って……やっぱり殿下全部知っていたんですね」
「偽名では正式に婚約できないからな。例え宗教に全てを捧げようとも戸籍はどうしようもないからな。ジャンも、洗礼名と本名あるし、フレッドもそうだろう?」

 得意げなリシャール。
 リシャールはいつものように丁寧に説明してくれた。
 ちなみに彼はマリーの本名、本当のファーストネーム、『マリーローゼリー』を知っていた。
 マリーは本名と聞いて、正式に婚約したと確信した。

「少しでも私の事が好きならもうやめない。好意があるなら、それがもっと増す期待もできるだろう? 嫌いとはっきり言わなかった貴様が悪い」
「なんですかその前向きな発言は……殿下、何、首に噛み付いているんですか?」

 リシャールは無遠慮にまたマリーの首に歯を当てようとしていた。

「ふたつしか痕がないから増やそうと思ってな」
「はぁ? な、なにを言って、ちょっとやめ」

 マリーは上目遣いの深い瞳と目が合った。
 その瞳に、意地悪な色が浮かんでいた。
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