私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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冷酷非情な王子と修道女、恋人ごっこをする

何も聞かなかったことにするから①

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「考えられるとすれば、貴様は自身を卑下しているか、余程……私に惚れているかどちらかだろう。どちらかな?」

 そんなことは一目瞭然だ。
 正直、マリーは自分を卑下しているし、リシャールにも惚れている。

 よくある小説のヒロインなら、こんな場面では堂々と胸を張り、リシャールに淡い恋心を伝えるのだろう。

 出会った頃からずっと殿下の事が気になっています。
 見惚れてしまいました。
 話す声も、少し意地悪な不遜な態度も、仄かな花の香りも……。
 身分不相応と理解はしています。
 でも、いつもあなたの事ばかり考えてしまう自分が愚かでかわいそうで惨めですが……私はあなたが好きです、と。

 しかし現実、そんな無責任な告白は出来ない。
 いや、してはいけないのだ。

 マリーにとってリシャールは会えるだけで幸せな存在だった。
 本音を言うと、友達みたいに、何気ない会話をして笑っているだけでよかった。

 マリーは修道女。
 リシャールは正真正銘の王子さま。
 マリーは恋愛をするために王都に来たわけじゃない。
 期限付きで令嬢になり、潜入捜査のために社交界デビューしたのだ。
 これも、王家から魔物退治の依頼を受けたからだ。
 あくまで仕事できたのだ。

 恋と仕事は別。
 なぜかマリーはリシャールの婚約者をする事になったが、本来の目的を忘れてはいけない。
 マリーは何も言わずに黙り込んでいると、リシャールはふっ、と笑った。

「まぁ、こんな私であるから、冷静に考えてどちらでもないかもな。単に、この状況に貴様が適応出来なかっただけ、とか」
「どういう意味でしょう?」

 リシャールは体を起こして、マリーから距離をとり座った。
 マリーは呆気にとられて、徐に上体を起こした。

 マリーにはリシャールの言葉の意味が理解できない。
 だって、リシャールの『マリーがリシャールに惚れている』という推測は図星だったから。

 確かに艶っぽい経験は今まで皆無だったため、押し倒されている状況には適応できていない。
 しかし、もし彼以外だったら激しく抵抗するだろうし、助けを呼ぶと思う。  

 婚約者という肩書きがあっても、仕事だとしても、心のどこかで彼の手を振りほどけない自分がいたのだ。
 
「貴様の目の前にいるのは人間ではない化け物だ。死神の方が可愛いものだろう。一度、戦に出れば街が消える。知っているだろう?」
「え……」

 リシャールには珍しい自信を卑下する言葉だった。
 彼はいつもと変わらない平然とした態度で語る。

「人々から受ける感情は畏怖などではない。あるのは、恐怖。明らかに人間とは異なる悪魔に対する嫌悪。まぁ、世間というものは皆が共通に認識する悪者が必要なんだ」
「何を言って……」

 確かに新聞ではそういわれている。
 リシャールを『氷華殿下』としてたたえると共に、まるで冷酷な戦闘狂いと言われている。

 リシャールがひとたび戦いに赴けば、その町から人は消える。
 リシャールの魔法は、人も植物も建物も全てを凍らし、空気中のちりと化す。
 血も残らない。何も残らない。
 一番残酷で綺麗な葬り方だ。

 しかし、リシャールの言う、皆が共通に認識する悪とはどういう意味か。
 リシャールは散々な言われ方をしているが、彼の功績は国に貢献している。
 戦は無慈悲であるのは変わりない事だ。
 誰が行っても戦は戦。
 人が死ぬのに変わりはない。
 戦で民が守られているのも事実だ。
 もともとローズライン王国は国境に結界をはり、自国を守る保守的な国だ。  
 戦より交渉、工業より美術や伝統、近代化より古くからの教会信仰を重んじる。
 リシャールのやり方は倫理的に非道だからというとしても、だからといって彼だけを自国の民が批判するのもおかしな話だ。

 リシャールが悪で、誰が正義?
 なぜ悪という役割で例える?
 その裏には何があると言うのだろう、とマリーは思った。

「世の中、私を恨んでいる奴は腐るほどいる。戦争が続いているのも私のせいらしい。芸術の国を武力国家に変える悪魔だからな。私が死んだら、喜ぶ奴の方が多い。……無駄に権力と、魔力を持て余している。国のためになるなら、別に首くらいいくらでもくれてやるが」

 リシャールは他人事のように淡々と語る。
 マリーはその事実が堪らなく嫌だった。
 皆が口を揃えて彼を非道だという、その言い様がマリーは許せなかった。

「殿下はそんなひとじゃない!」
 
 たとえリシャール本人が認めていたとしても、冷酷とか非道とか、そんな言葉だけで片付けないでほしい。
 だから、思わずマリーは声を張り上げてしまった。

 彼自身に淡々と語られる事実に傷ついている自分がいる。
 そんなこと、本や記事で何度も読んだ。
 マリーは頭ではわかっていた。
 でも、そんなふうに言わないでほしい。
 お願いだから、やめて、と。

「なんで貴様がムキになる、おかしいだろう」

 リシャールは意外そうに、落ち着いた声でマリーを宥める。

「そのように言われても私は何も感じないから、同情なんてする必要ない」

 マリーはリシャールにくしゃくしゃと子供みたいに髪を撫でられた。
 マリーは今にも泣きそうな顔をしていた。

「そんな風にいわないでください。殿下は、私にはもったいないくらい、素晴らしい方で……私はただ……素敵な方と幸せになって欲しいと思うばかりです」

(私は、ただ、殿下に相応しいひとと出会って、耳飾りを外せるような、自分を大切に思える恋をしてほしい。それだけ)

 リシャールには、ずっとそばにいてくれる人が必要だ。
 人々の為に戦っても批判され、身を削って働いても誰も人間だとは認識しない。
 彼の道は険しい。
 それに加え、王位第一継承者。
 ひとりで国を背負うには重すぎる。

 マリーにはリシャールが自分を犠牲にする気持ちはわかった。
 いざとなったら、修道院のために死ぬ覚悟は下っ端のマリーですらある。

 マリーにですら共感できるくらいリシャールの責務は重く、彼に重くのしかかっている。

 だけど、願わくば、マリーは好きな人には命を大切にしてほしかった。
 ただ、自分は自分の命を仕事のためなら仕方ないと思っているようなマリーに彼を正す資格はない。
 すべてを修道院に捧げたマリーは彼の事が言えないのだ。
 どこか似た自己犠牲だ。

 だけど、好きな人には幸せになって欲しい。
 自分がたとえリシャールと、結ばれなくてもマリーは遠くから思いはせながら、彼の生末を願うつもりだ。
 それくらい、好きだった。
 
(私の知っている殿下は強がりで、すぐ風邪をひいたり、食事を抜いたり……ほっておけないひとで、冷酷な化け物なんかじゃない)

 リシャールは眉をひそめた。

「何を言う……? 貴様がいうような、好きになった者などいない。いるわけないだろう。私は、ふつうの人間じゃないのだから。恋愛などできるわけない。嫌われることはあってもな」

 リシャールはひどく、傷ついた顔だった。
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