私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

文字の大きさ
上 下
33 / 169
冷酷非情な王子と修道女、恋人ごっこをする

何も聞かなかったことにするから①

しおりを挟む

「考えられるとすれば、貴様は自身を卑下しているか、余程……私に惚れているかどちらかだろう。どちらかな?」

 そんなことは一目瞭然だ。
 正直、マリーは自分を卑下しているし、リシャールにも惚れている。

 よくある小説のヒロインなら、こんな場面では堂々と胸を張り、リシャールに淡い恋心を伝えるのだろう。

 出会った頃からずっと殿下の事が気になっています。
 見惚れてしまいました。
 話す声も、少し意地悪な不遜な態度も、仄かな花の香りも……。
 身分不相応と理解はしています。
 でも、いつもあなたの事ばかり考えてしまう自分が愚かでかわいそうで惨めですが……私はあなたが好きです、と。

 しかし現実、そんな無責任な告白は出来ない。
 いや、してはいけないのだ。

 マリーにとってリシャールは会えるだけで幸せな存在だった。
 本音を言うと、友達みたいに、何気ない会話をして笑っているだけでよかった。

 マリーは修道女。
 リシャールは正真正銘の王子さま。
 マリーは恋愛をするために王都に来たわけじゃない。
 期限付きで令嬢になり、潜入捜査のために社交界デビューしたのだ。
 これも、王家から魔物退治の依頼を受けたからだ。
 あくまで仕事できたのだ。

 恋と仕事は別。
 なぜかマリーはリシャールの婚約者をする事になったが、本来の目的を忘れてはいけない。
 マリーは何も言わずに黙り込んでいると、リシャールはふっ、と笑った。

「まぁ、こんな私であるから、冷静に考えてどちらでもないかもな。単に、この状況に貴様が適応出来なかっただけ、とか」
「どういう意味でしょう?」

 リシャールは体を起こして、マリーから距離をとり座った。
 マリーは呆気にとられて、徐に上体を起こした。

 マリーにはリシャールの言葉の意味が理解できない。
 だって、リシャールの『マリーがリシャールに惚れている』という推測は図星だったから。

 確かに艶っぽい経験は今まで皆無だったため、押し倒されている状況には適応できていない。
 しかし、もし彼以外だったら激しく抵抗するだろうし、助けを呼ぶと思う。  

 婚約者という肩書きがあっても、仕事だとしても、心のどこかで彼の手を振りほどけない自分がいたのだ。
 
「貴様の目の前にいるのは人間ではない化け物だ。死神の方が可愛いものだろう。一度、戦に出れば街が消える。知っているだろう?」
「え……」

 リシャールには珍しい自信を卑下する言葉だった。
 彼はいつもと変わらない平然とした態度で語る。

「人々から受ける感情は畏怖などではない。あるのは、恐怖。明らかに人間とは異なる悪魔に対する嫌悪。まぁ、世間というものは皆が共通に認識する悪者が必要なんだ」
「何を言って……」

 確かに新聞ではそういわれている。
 リシャールを『氷華殿下』としてたたえると共に、まるで冷酷な戦闘狂いと言われている。

 リシャールがひとたび戦いに赴けば、その町から人は消える。
 リシャールの魔法は、人も植物も建物も全てを凍らし、空気中のちりと化す。
 血も残らない。何も残らない。
 一番残酷で綺麗な葬り方だ。

 しかし、リシャールの言う、皆が共通に認識する悪とはどういう意味か。
 リシャールは散々な言われ方をしているが、彼の功績は国に貢献している。
 戦は無慈悲であるのは変わりない事だ。
 誰が行っても戦は戦。
 人が死ぬのに変わりはない。
 戦で民が守られているのも事実だ。
 もともとローズライン王国は国境に結界をはり、自国を守る保守的な国だ。  
 戦より交渉、工業より美術や伝統、近代化より古くからの教会信仰を重んじる。
 リシャールのやり方は倫理的に非道だからというとしても、だからといって彼だけを自国の民が批判するのもおかしな話だ。

 リシャールが悪で、誰が正義?
 なぜ悪という役割で例える?
 その裏には何があると言うのだろう、とマリーは思った。

「世の中、私を恨んでいる奴は腐るほどいる。戦争が続いているのも私のせいらしい。芸術の国を武力国家に変える悪魔だからな。私が死んだら、喜ぶ奴の方が多い。……無駄に権力と、魔力を持て余している。国のためになるなら、別に首くらいいくらでもくれてやるが」

 リシャールは他人事のように淡々と語る。
 マリーはその事実が堪らなく嫌だった。
 皆が口を揃えて彼を非道だという、その言い様がマリーは許せなかった。

「殿下はそんなひとじゃない!」
 
 たとえリシャール本人が認めていたとしても、冷酷とか非道とか、そんな言葉だけで片付けないでほしい。
 だから、思わずマリーは声を張り上げてしまった。

 彼自身に淡々と語られる事実に傷ついている自分がいる。
 そんなこと、本や記事で何度も読んだ。
 マリーは頭ではわかっていた。
 でも、そんなふうに言わないでほしい。
 お願いだから、やめて、と。

「なんで貴様がムキになる、おかしいだろう」

 リシャールは意外そうに、落ち着いた声でマリーを宥める。

「そのように言われても私は何も感じないから、同情なんてする必要ない」

 マリーはリシャールにくしゃくしゃと子供みたいに髪を撫でられた。
 マリーは今にも泣きそうな顔をしていた。

「そんな風にいわないでください。殿下は、私にはもったいないくらい、素晴らしい方で……私はただ……素敵な方と幸せになって欲しいと思うばかりです」

(私は、ただ、殿下に相応しいひとと出会って、耳飾りを外せるような、自分を大切に思える恋をしてほしい。それだけ)

 リシャールには、ずっとそばにいてくれる人が必要だ。
 人々の為に戦っても批判され、身を削って働いても誰も人間だとは認識しない。
 彼の道は険しい。
 それに加え、王位第一継承者。
 ひとりで国を背負うには重すぎる。

 マリーにはリシャールが自分を犠牲にする気持ちはわかった。
 いざとなったら、修道院のために死ぬ覚悟は下っ端のマリーですらある。

 マリーにですら共感できるくらいリシャールの責務は重く、彼に重くのしかかっている。

 だけど、願わくば、マリーは好きな人には命を大切にしてほしかった。
 ただ、自分は自分の命を仕事のためなら仕方ないと思っているようなマリーに彼を正す資格はない。
 すべてを修道院に捧げたマリーは彼の事が言えないのだ。
 どこか似た自己犠牲だ。

 だけど、好きな人には幸せになって欲しい。
 自分がたとえリシャールと、結ばれなくてもマリーは遠くから思いはせながら、彼の生末を願うつもりだ。
 それくらい、好きだった。
 
(私の知っている殿下は強がりで、すぐ風邪をひいたり、食事を抜いたり……ほっておけないひとで、冷酷な化け物なんかじゃない)

 リシャールは眉をひそめた。

「何を言う……? 貴様がいうような、好きになった者などいない。いるわけないだろう。私は、ふつうの人間じゃないのだから。恋愛などできるわけない。嫌われることはあってもな」

 リシャールはひどく、傷ついた顔だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

処理中です...