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恋人ごっこまでの経緯
修道院午前三時、朗報あり②
しおりを挟むマリーはマリアと離れ、長い回廊を横切り、神様の執務室を訪れた。
一応ロックはしたが、特に返事もないので、マリーは入室した。
多分、神様は不在ではないが、返事ができないだけなのだ。
その部屋には壁一面の本棚があり、床にも本が足場がないほど散乱し、大きな山が出てきた。
ガサガサガサ。ガサっ。
マリーは慣れた仕草で本を書き分ける。多分ここら辺だろう。
マリーは手慣れた様子でその山からユートゥルナを掘り起こした。芋掘りのように。
「……はぁっ。助かった、ありがとう、マリー」
「いえ、御無事で何よりです」
すると今日も本の中から、二十代半ば頃の気の良さそうな青年が出てきた。
今日も見事に救出成功だ。
マリーは慣れた手つきで手際良く本を崩れない高さに積み上げ、散乱とした部屋を整理した。
「ちょっと昔の調べ物をしていたら、本が雪崩れてきてね、危なかったよ、こんな辞書みたいな分厚い本何冊も頭に降ってきたからね。タンコブくらいですんでよかった。死んだら人生0歳からやり直しだからね! あははは」
ユートゥルナは人懐こい笑みを浮かべた。
少し間抜けに思ったかもしれないが、彼は正真正銘神様だ。
笑うともっと若く見える、金色に輝くアーモンド型の瞳が印象的だ。
彼の頭には結構大きなたんこぶがあった。
彼は神様と言っても、この世に具現化するため何度も生を受けている生き神様、つまり神様の記憶を持って生まれ変わりというわけだ。
やっかいなのは神様は輪廻転生を繰り返し、長い時間を過ごしたため、物忘れが多い。
要は、長寿の高齢者のように長く生きていると物忘れが多いのだ。
神であるユートゥルナには前世の朧げな記憶はあるそうだが、ここまで輪廻転生を繰り返していたらさっぱり忘れている記憶もあるらしく、こうやってよく過去の自分が残した日記を読み漁っているそうだ。
そう。ユートゥルナは自分で書いた日記とか当時の資料探していたら本が雪崩れてきてーーという事態が多いということだ。
ちなみにユートゥルナの青髪は少し長めで、彼は顔立ちが整っていた。
親しみやすいイケメンって感じだ。
性格は、少年のように素直で、不器用で、すこし心配になるタイプだ。
神の歴史はこうだ。
このローズライン王国は各地に泉が湧き出ている。
泉の神が信仰の対象かつ最高神であり、皆が神様というのは大抵泉の神である。
王族は泉の神、ユートゥルナに敬意を払い、スウルスと名乗っているくらいだ。
ちなみにもうひとつの王族の姓であるメイルアンテリュールは国の地形である内海をさしている。
ユートゥルナはもともと女性名だが、何度も輪廻転生しているため、マリーの目の前にいる彼の性別は、男だ。
でも、ユートゥルナ曰く、今回が男だっただけで、面倒だから名前は変えないそうだ。
「あの、ユートゥルナ様。ご用件はなんでしょうか?」
「お利口でかわいい僕のマリーよく来てくれた」
ユートゥルナは不意にマリーに近づき、頭を撫でてきた。
なでなでなで。
まるで犬のように撫でるなら、まとめた髪は早くも崩れかけているが、マリーは相手が神様なので文句も言えず。
「絵描きのマリーです。一番地味なマリーです」
実はマリーという人物はこの修道院に沢山いた。
マリーとはそもそも洗礼名なので、どうしても同じ名前がよく使われるのだ。
さらさらの金髪で清らかな歌声の『歌姫マリー』、絶世の美人『聖なるマリー』、その他にも『几帳面なマリー』、『食いしん坊なマリー』などなど、いろいろいる。
「マリーは僕のマリーだろう。僕が神で君が修道女なら、僕に仕えている君は、僕のかわいいマリーだ。かわいいのに、自分で地味なんて言ったらだめだよ。君を好きな僕の気持ちを蔑ろにしないでくれ」
「大変恐れ多いお言葉。恐縮です」
マリーは深々と頭を下げる。
ユートゥルナはすこし困った表情で、
「ねぇ、マリー。君さ、礼儀正しいのはいいけど、その敬語、すごーく距離を感じるな。僕はさみしいよ」
ユートゥルナは心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「何を仰いますか。ユートゥルナ様は神様であられます。私のような下っ端の出来損ない、本来声をかけていただけるだけで感無量です」
ユートゥルナは修道院一、国一の信仰の対象。生き神様だ。
それなのに、ただの修道女のマリーを時々呼び出し声をかけてくれたり、たまたま会ったら気軽に話してくださるのだ。
マリーが彼と会話するようになったのは、修道院に入ってまだ間もない頃。
薪割りを任されていたがなかなか上手く割れず、困っていたときにふらふら暇そうに空を見上げて芝生に寝転がっているユートゥルナを見つけ、『すいません、暇なら少し手伝ってもらえませんか?』と声をかけ、薪割りを一緒にしたのだ。
その時マリーは薪割りひとつ出来ない、自分より下手で同情したくらいだ。
次の日もたまたま出会い、今度は畑仕事を手伝うと名乗り出てくれたが、すぐへばり使い物にならず。
自分より仕事ができない人を見て驚き、なぜか励ましたりしていた。
そんな日々が続き、彼が神様と知って納得。
そりゃ、神様は鍬も斧も持たないよな。
でも仲良くなったので、出会ったらそれなりに気さくに話しかけたりしていた。
しかし、マリーが成長するにつれて、媚びを売っているという者も出てきたり、教養をつけ立場をわきまえるようになってからは一線を置き、対応している。
特別扱いされているなんて思われたくないし、してもほしくない。
ユートゥルナは一瞬、すこし目を伏せた。
「最近、なんか、君が遠くに感じるよ。君は自分を卑下するけど、君が居なきゃ……僕は神なんて大それた職業を続けることなんてできなかった」
「……は、はぁ」
まるで何かの告白のような熱がこもった視線。
「女でもない僕は、魔物の封印もできない。あるのは、攻撃魔法と朧げな記憶だけだ」
ぎゅっとマリーの手を握り、妙に艶っぽい瞳で見つめる。
「僕がもうだめだと思った時はいつも君が側にいたんだ。君が居たから、僕はここまで来れた。もし、こんな僕でよかったから、お互いのためにもっと話し合いが必要だと思わないか?」
「……話し合い? 何をでしょう?」
「マリー。ここまで言っても気づいてくれないんだね。ひどい人だよ、君は。じゃあ、分かりやすく言おう。恋人も作れない者同士、もっと親密になりたいと思わないか?」
(は? さっきから何を言ってるの? マリアといい、神様まで、恋人ごっこが流行ってる?)
「なにをおっしゃっているのか、わかりかねますが……」
マリーは一歩後退るが、ユートゥルナはいきなり距離を縮めて、あはは、と笑った。
「もしかしたら神とそう言う関係になったら、いいことがあるかもしれないよ」
「いいこと、って、なんですかね?」
「僕の寵愛を受けれる。世間的にも地位の向上する。僕が本気になれば大抵のことはどうにかなるから、この世の全ては君の思うがままだ」
「……ふ、ふふっ」
マリーは、つい、ユートゥルナのらしくない演技に笑ってしまった。
「なんか人間臭いですね。ここは後宮ありませんよ」
軽く返す。
なんだかんだで、マリーにとって、ユートゥルナはちょっとドジで、憎めないお兄ちゃんみたいな存在だった。
それなのにさっきの貴族みたいな変な演技に一種ドキッとしなくもなかったが、似合わなすぎて失礼だが笑いが込み上げてきた。
それにそんな寵愛は要らなかった。
マリーは理解していた。
ここは修道院。神は平等。
特別は要らない。愛も恋も生まれない。
あるのは、人類に対する博愛のみ、だと。
神を先頭に、皆が立場関係なく人々のために尽くすための場所だ。
「最近流行っているんですか、恋人ごっこ。マリアも最近ハマっているみたいですけど」
「どうだろうね。でも……なんか悔しいなぁ、もうちょっとドキドキして欲しかったなぁ。まぁ、無駄話もこれくらいにしておいて、マリーに頼みがあるんだ」
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