私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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恋人ごっこまでの経緯

もう、帰りたい。

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 教会の窓ガラスは割られ、硝子の割れた窓から弓が飛んできた。

 リシャールはマリーを庇ったまま抱き寄せた。
 マリーはリシャールの胸に顔があたり、ほのかな薔薇の香りが鼻腔をかすめた。

(矢!? なんで教会に……。もしかして刺客? 殿下が私をかばってくれたの?)

 暫くすると矢が止まり、教会の重い扉がゆっくりと開いた。
 表には兵が見張りをしているはずなのに、刺客はすんなり入ってきた。
 余程の手練れなのかもしれない。

「おやおや、リシャール君。……なんだ、お楽しみの最中かな?」
「……どうしてこれがそう見える?」

 リシャールの呆れた声を向けた先に、赤毛の青年が立っていた。
 青年の顔つきはぱっちりとした瞳に、薔薇のような赤い唇。
 神父の服装をしていなかったら、女性と間違えるほど、線が細い。
 青年は長い髪を三つ編みにし、肩に垂らしており、中性的な雰囲気だった。

「もしかしてリシャール君。今、彼女を無理矢理、襲ってたりする? やっぱりそうか。事の最中だったんだね。真昼間の教会でなんて背徳的! やるな、流石だよ」
「……お前が矢なんて投げるからこうなったんだ」
「あらら、それはそれは、ごめんなさい。女性が居るなら、こんなことしなかったんだ。君、大丈夫?」  

 そういってリシャールを押しのけ、赤毛の男はマリーの手をとり、抱き起した。

(ん? この人、まさか、ジャン先輩?)

 マリーは青年に見覚えがあった。
 七年前、マリーがまだ修道院学校に通っていた時のことだ。
 上級生にひときわ目立つ先輩いた。
 その先輩は王都出身で一際優秀だった。
 彼は入学してから半年で飛び級、低学年から生徒会長をしていた。
 そして彼は見かけは可愛い女顔で小柄だったが、頭脳は男の中の男だった。
 そう。無類の女好き。
 その名はジャンだった。

「執務室にいないと思ったらやはりここにいたのか。まぁ、あの女嫌いなリシャール君がまさか無垢なお嬢さんがいたとは驚きだなぁ」 
「きゃあ、な、なに……?」

 マリーはジャンにあっという間に横抱きにされた。
 
 マリーは忘れもしない。
 昔から、ジャンは無類の女好きですごく手が早くて、ストライクゾーンもむちゃくちゃ広いと有名だった。

「ここは危険ですよ、お嬢さん。早く帰りなさい。よろしければ、僕が送って差し上げます」
「は、はい……?」

 実はマリーも以前、修道院学校時代にジャンに一度口説かれた事があった。
 確かジャンと委員会が一緒になった時の事だ。
 またまたマリーの隣の席にジャンが座った日。
 ジャンは鈍臭くて地味なマリーに気さくに声をかけてくれて、優秀なのに自慢らしいところもないし、いい人だなとマリーが呑気に思っていたら、「君のアメジストのような瞳を独り占めしたい。今夜僕の部屋に来ないか?」と腕を引き寄せられたのだ。

 ジャンは顔に似合わず手が早い事も有名だったから、間に割ってきたアリアが丁重にお断りすると、次の瞬間からジャンはマリアの胸に釘づけになり、あっという間にマリアの後を追い始めた。
 
 忘れもしない、強烈な思い出だ。

「お嬢さん。よく聞いて下さい。ここは教会ですが、悪の住処でもあります。僕は聖職者として迷える子羊であるあなたを守る義務がある」

 悪とはたぶんリシャールしか教会に居ないから、彼のことだろう。
 だいたい、聖職者はこんなにべたべた女に触ってくるのだろうか? とマリーは疑問に思った。

 ちなみにマリーはジャンに横抱きにされていまにも連れていかれそうな感じだった。

(相変わらずだな、ジャン先輩……)

 マリーは修道院学校卒業仲間として、残念な気持ちでいっぱいになった。

 ジャンは男性にしては細いにもかかわらず、マリーが振り解こうとしても、その腕はびくともしなかった。
 このままでは、マリーは大人になってパワーアップしたジャン先輩によからぬことをされそうだった。

「あの……」

 マリーがジャンに離してほしいと言いかけた時だった。

「君、大丈夫かい? 顔色が悪い。きっと怖かったんだね。何せ、この世の災悪が目の前にいるんだから」

 ジャンはそう言ってリシャールを見た。
 リシャールは眉根を寄せた。

「誰がこの世の災悪だ。私にとったら貴様が最悪だ」

 リシャールは腕を組み、ジャンをにらむ。

「早くローゼを離せ」

 リシャールは険しい顔でジャンに言った。しかし。

「なんてあなたは綺麗な方でしょう。僕たちが会ったのは運命かもしれません、一緒にお茶でもどうでしょう?」

 ジャンはリシャールを無視してマリーに話しかていた。

「あの、私は……」
「僕はユートゥルナ修道院大学院も出ております、怪しいものではありません。この国の神官も各地の教会の管理、神父もしてます。『人生相談、魔物退治、ミサ、あなたのより良い人生のパートナー』をキャッチフレーズにやってます」

 ジャンはマリーを口説いていた。
 リシャールはマリーにはっきりとした口調で忠告した。

「ローゼ、気を付けろ。そいつは根っからの女好きだ。女のあとをつけるのが仕事のような救いようのない男だ。穢れた神父なんだ」
「僕は穢れていません。お嬢さん、あの悪魔の声に耳を傾けてはいけませんよ。さぁ、あんな悪魔はほっておいて、僕と行きましょう」 

 にっこりと微笑むジャンはマリーの事を全然気づいていない様だった。
 教会関係者なのに、以前からマリーを知っているのに、マジャンはマリーが髪色と瞳を変えただけで全然気づかない。

 本当にジャンは女なら手あたり次第なんだろう。
 リシャールは実に嫌そうな顔をしてため息をついた。

「このジャンという男はな、毎週の如く二階個室付きのいかがわしい酒屋に、サービス付きの浴場、娼館に通っている。全財産を投じているんだ」

(わあ、最悪)

 思わず、マリーは眉をひそめてしまった。
 しかしジャンは悪気がないように言い放った。

「何を言う、リシャール君。肌と肌の触れ合いはコミュニケーションだろう。触れて初めて知ることがある!」
「……こんな神父に人生相談したら人生負けというか終わりだ」

 リシャールは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに呟いた。

(なんなのこれ……?)

 畑でも耕してのんびり絵でも描いていればよかったと心からマリーは思った。
 なんか任務が始まる前から、すごく変な事に巻き込まれている。

 リシャールとジャンは知り合いなのかもしれないが、矢を飛ばすくらいだし、物騒な仲なのは間違いない。
 しかもなぜかマリーは神父であるジャンに気に入られて拉致されそうだ。

「リシャール君だって母ちゃんのアソコからうぎゃーと生まれて乳母のちゅっちゅっ乳すってこんなに大きくなったんだろう。だから、僕の言う、女性の存在自体が神秘だ憧れや崇拝は理に叶っている」
「変態の鏡だな、昼間から堂々と教会で下ネタばかりほざきやがってっ」
「なにを恥ずかしがるんだ、リシャール君。人類は女性がいないと成り立たないんだ。命を宿す女性こそ神秘の崇めるべき信仰の女神。女性と出会った時、それは生命のはじま」
「黙れ、変態。恥を知れ」

 リシャールが拳を握りしめる。
 本来なら、リシャールは直ぐにジャンをぼこぼこにしているところだったが、マリーを抱えている為、手が出せなかった。
 その点、今日はジャンの方が一枚上手だった。

「ユートゥルナも女性らしいじゃないか」

 ジャンはにやりと笑った。
 ちなみに王都の神父であるジャンはユートゥルナが現在男だと知らない。

(残念、今は男です)

 マリーは心の中でつぶやいた。
 そしてマリーは心の底から思った。

(ユートゥルナ様。まだ任務は始まってませんが、早く修道院帰りたくなってきました。王都はやっぱり怖い所です。矢が飛んで来たり、口説かれたり、触られたり、押し倒されたり。心臓がもちません……!)

 しばらくして、しびれを切らしたリシャールが殺意のこもった眼でジャンをにらみ、辺りにはちらちらと雪が舞い始めた。
 空中に氷の剣が形成されていく。
 さすがにやばいと思ったのか、ジャンがやっとマリーを降ろしてくれた。

「素敵なお嬢さん、この化け物を倒した暁には一緒に暮らしませんか? 養います。何でも買います。あたながいてくれれば見返りは求めません」
「いや、その……」

 ジャンはさわやかな笑顔、可愛い顔して強烈だった。
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