私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

文字の大きさ
上 下
20 / 169
恋人ごっこまでの経緯

気付いてくれないなら、早く言わせてくれないか?

しおりを挟む
 その日の午前中、マリーは画廊に行き、以前ブラン侯爵に紹介してもらったレオナルドの屋敷に訪問していた。

 レオナルドは中年の線の細い男性で、甘いマスクの男だった。
 彼は絵を売ることはもちろん、国立絵画会館員であり、自らも筆を取る現役の画家だ。
 レオナルドのゆっくりとした口調は穏やかさと優美さを備えた育ちの良さを物語っていた。
 マリーが今年もコンクールに応募する話をしたら、なんと彼は審査員だと言うことがわかった。

「まさか、うちのコンクールに毎年応募してくれていたとは。君の作品も中々素敵だったから、楽しみにしていたんだよ。修道院の暮らしが上手く描かれていて、毎年上達しているね」とマリーはレオナルドにお褒めの言葉を頂いた。
 
 マリーが自分の作品がなかなか恋愛を物描いた作品には及ばない事、どうすれば惹きつけるような作品を描けるのかレオナルドに問うと、
「人は経験したことしか描けないよ。いくら君が甘美な作品を描こうと思っても、想像じゃ描けない。恋の真似事みたいなものだ。だから、君は、君が美しいと思った物を描けばいい。入賞するのはどうしても甘美な作品が多い気もするけど、問題は絵を見た人が何を想像するかが大事なんだ」と語っていた。

 甘美な作品を見て何を想像する? 
 そのようなレオナルドの問いかけだった。

 マリーには、それらの絵が夜の卑猥な情事にしか思えなかったので黙り込むと、レオナルドは付け加える様に、
「一般的にいやらしいと思う絵画でもそこには物語がある。好きな人に出会い、そこまで行きつく中のいくつもの場面があるんだ。一番なまめかしくて、衝撃的なワンシーンにいろいろな時代背景や思い、恋の行く末まで描かれている。それを見て、少なからず恋に落ちるような絵が評価されやすいんじゃないかな」と。

「レオナルドさんも、そんな自分の恋と重ねるのですか?」とマリーは失礼ながら聞いてしまった。

 レオナルドはどこか懐かしむように「ああ、そうだね、君もそのうちわかるよ。もし、君がそんな恋をしたらまた絵を見せてくれないか?」優しく微笑んでいた。

 その時、レオナルドは自身が手掛ける薔薇の凹凸の透かし模様が入ったレターセットをお土産にくれた。
「好きな人が出来たら、これに書いて出せばいい」と。
 さすが画商。ロマンチックだった。

(私は何を描きたい?)

 最近、マリーがもっぱら思い出すのは、教会にたたずむ美しい男性だ。

 深い青緑の瞳、白い陶器の様な肌、形の良い薄い唇。
 やけに響く低くて甘く気だるい声。

(ああ、どうしよう)

 マリーの顔が彼を考えただけで少し熱った。

(今日もやっぱり、殿下を描きたいな)






******************

 マリーが教会についたのは昼過ぎだった。
 リシャールはいつものように壁際の机で書類にサインしていた。
 マリーはリシャールの邪魔しないように静かに中に入り、隅の長椅子に腰かけた。

「今日は遅かったな」

 書類に視線を落としながら、ぽつりと彼はつぶやいた。

「あ、はい。少し用がありまして」

 思えば、マリーはここ最近あまり教会に行けてなかった。ましてや今までは朝イチにリシャールのいる教会に行っていたから、今日のような中途半端な昼下がりははじめてだった。

「来ないかと思った」
「いえ、その……最近、家の用事が立て込んでまして」

 事実、マリーの社交界デビューまで10日を切っていた。
 だからマリーの日々は、令嬢になりきるための習い事やマナーの勉強、ブラン侯爵のサロンなどで大忙しになっていた。

(来ないかと思った、って事は、まさか殿下は私を待っていたの?)

 リシャールに靴をプレゼントされて以来、マリーは彼と会う機会がなかった。
 これからマリーが社交界デビューすれば、リシャールと会う機会はもっと減るだろう。
 社交界に滅多に顔を出さないリシャールと会う事はないかもしれない。
 マリーの本来の仕事である潜入捜査も始まるし、偽の婚約者と過ごす時間が多くなるはずだ。

「殿下、あの、私」

 マリーはリシャールの机に歩み寄り、彼の背後に立った。

「なんだ?」
「この前は靴を頂き、有難うございました」

 ドレスは消えてしまったけど、硝子の靴はマリーの手元に残ったのだ。

「大切にします」

 今まではリシャールが公務中に話しかけることはなかった。
 だから、マリーは彼から話かかけてきた機会にお礼を言った。

 実は今日もあと一時間ほどしかマリーは教会に居られないのだ。
 予定がたくさん詰まっている。
 楽しい休暇はもう終わりが近づいていた。
 もしかしたら、今日で彼とお別れになるかもしれない。

 マリーの婚約者がたとえ偽物でも、こんな風にリシャールとマリーが二人でいるのはどう考えてもおかしいし、未婚の王子であるリシャールにとってもこの状況は迷惑なはずだ。
 マリーが社交界に出たら、リシャールとそういう仲だという噂が立てば、大変だった。

 リシャールはゆっくり机から立ち上がり、マリーに向き合った。
 彼は無表情でマリーを見下ろしていた。

「まるで、お別れの挨拶みたいだな」
「あ、いえ。お別れというか、これからはなかなか会えないかもしれないので、お礼を言っておきたかったんです」
「律儀だな」
「殿下にはお世話になりましたし」
「別に何もしてない。なぜ、かしこまる?」
「いえいえ! 家庭教師みたいなこともして頂いたり……とても勉強になりました」

 マリーはお辞儀をした。

「できれば、もし、もし、殿下が迷惑でなければ――文通でもしませんか?」
「……」

 リシャールは無言だった。
 やはり一国の王子に文通して欲しいなどとおこがましかったか。
 ちょっと仲良くなれたからって、調子に乗りすぎたか、とマリーは思った。

「あ、ごめんなさい。迷惑でしたね、殿下、戦とか公務とか大忙しですもんね」

 言った後に急に恥ずかしくなって、マリーは踵を返した。

 別に告白したわけじゃない。
 よいお友達、そいうか子弟として、これからも交流があれば楽しい嬉しいみたいな感じだ。

「おい、待て、どこへ行く?」

 マリーはリシャールにガシッと肩を掴まれた。

「今のは忘れてください! 無礼行為でした!」
「いや、そうではなく、こっちを向け。貴様に聞きたい事がある」
「ん? 何でしょう?」

 マリーはリシャールに向き直ると、彼は真剣な顔をしていた。

「貴様、私と文通したいといったな」
「はい」
「何を書くんだ?」

 文通――文章で通信すること。手紙のやり取り。

「何って、今日は天気が良かったとかおいしいケーキを食べたとか?」
「それは日記だろう」
「そうですね、じゃあ、今日も殿下の顔を思い出しました。やっぱり殿下の顔ほど描きたいものはありません」
「それは勧誘だ」

 リシャールはため息をつく。

「貴様はもっと私に言うことはないのか?」
「私は――」

 思考を巡らそうとする前にリシャールが、目を切なげに細めて言った。

「私は、貴様に言いたい事がたくさんあるが、聞きたいか?」

 心臓がドクリ、と波打った。
 マリーは聞いてみたい、と思った。
 普段あまり考えを言わない殿下の心内を。

 たぶん、自分に対しての批判とかお前もっとしっかりしろとかその程度の事だろうけど。

「聞いてみたいような、気がします」
「後悔しないか?」

 後悔するような内容なんですか? と訊く前に、リシャールは言った。

「貴様は、聞いてしまったら、もう、後戻りできない」


 マリーの耳元でひどく甘い声がした。
 その瞬間。

 リシャールはマリーを抱きしめ、床に組み敷いた。

「え、ちょっと……で、殿下?」

 ぶすっと、さっきまでマリーの立っていた背後の壁に矢が突き刺さった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...