私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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恋人ごっこまでの経緯

指使い、細い足首

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 マリーが持参したサンドイッチはなかなかの出来だった。
 サンドイッチをほうばりながら、マリーはまじまじとリシャールをのぞき込む。
 リシャールは案外ふつうにサンドイッチを手で掴み、食べていた。
 あんなに毒だとか、気にしていたのが嘘みたいに豪快に食べ進め、マリーの分も少しわけてあげた。


「ほんと今日も晴れわたる天気、端正なお顔で、しみしとつない……」
「口説かれようがモデルにはならない」

(やはりだめか)

 謀反人と誤解されていた出会いに比べ、世間話する程度に、ちょっと打ち解けたかな? と思い、再度絵のモデルになってくれないかと淡い期待を持ったが無駄だった。
 速攻で拒否されてしまう。

「リシャール様は社交界参加されていますよね。どんな感じですか? やっぱり皆さんダンスとお上手で――」
「あんなん、関係あるようにみえるか?」

 リシャールの受け答えは意外な物だった。
 人々から畏怖の感情を持たれようとも、非情な化け物と言われようとも、第一王子であるリシャールが社交界に不参加というのは予想もしない事実だった。

「最低限、他国の来賓が居る時ぐらいしか参加したことないな」
「勿体ないです。さぞおモテになるでしょうに……」

 マリーは社交界で優雅に踊るリシャールを想像する。
 ぜひ、傍らの観客として拝見し、デッサンしたいと思っていた。

(きっとすごくいい絵がかけるわ。殿下、なんていっても、正真正銘の美形の王子さまなんだもん。隣に美しい姫が居れば、なお完璧)

 リシャールは意外そうに顔をしかめた。

「私が? モテる……? 貴様、からかっているのか」
「からかうなんて、まさか。もし、私が社交界でリシャール殿下にお会いしたら素敵な方だと惚れてしまうと思います」

 もし、マリーが修道女ではなく、本当の令嬢でリシャールに見合う身分があればの話だけれど。
 実際にマリーは、恋は遠い昔に放棄しているので、本当にたとえ話だ。

「馬鹿か。化け物だと言われているんだぞ? すこし容姿がよくったって……誰も近づかない」
「じゃあ、その人たちは見る目がないですね」

 リシャールは眉をひそめるが、マリーは屈託なく笑う。

「リシャール様はもちろん容姿も肖像画の様に美しいですが、それだけじゃないです。底なしに強いですし、言葉足らずな面もありますが、優しい所もあって、素敵な方です。もし、社交界でお会い出来たら、一緒にダンスを踊って欲しいくらいです。……まぁ、迷惑でなければの話ですが」
「……」

 リシャールは真っ直ぐマリーを見つめていた。

「実は私、来月社交界デビューなんです」

 嘘はついていない。
 仮にもマリーは令嬢としてデビューを控えている。
 リシャールと社交会で会うことは今の話からすれば限りなく確率は低いが、一応マリーは彼の弟子となったわけだから報告しておいた。
 来月からはそちらが忙しくなるため寂しいが、マリーは今までのように毎日リシャールに会うことが難しくなる。

「ずっと地方でデビューもせず過ごしていましたので、ダンスの練習中ですが」
「下手そうだな」

 リシャールは言われなくてもわかるとも言いたげに、くすっと笑う。

「あ、わかります?」
「運動神経というか、あまりそちらの才能を感じない」
「練習相手の足ばかり踏んでしまいます……どうすればダンスが上手くなりますかね」

 事実、マリーはブラン侯爵の屋敷で、使用人相手に練習しているが全く進歩が見られなかった。

「……私に聞いてどうする」

 そう言って、リシャールはサンドイッチを食べ終え、紅茶を飲み干すと、立ち上がった。
 出口の方へ向かって歩いていく。
 マリーがどこに行くんだろうと眺めていると、入り口の扉を開け、門番をしていた兵の真面目そうな方に言った。

「お前、確かダンスうまかったな? 見張りはいいから中に入れ」

 リシャールに促され、兵は教会の中に入った。
 ちなみにチャラい方は入れてもらえなかった。

「この男はダンスが上手いから、習え」

 リシャールの連れてきた兵は、光栄だと言わんばかりに涙を流した。

「で、殿下に、殿下にわたしなんかのことを覚えて頂き、光栄です。わたしは代々ダンスの振り付け師の家系でして、ダンスには自信があります」
「と、いうことだ。この小娘の相手してやれ」
「はっ!」
「あの、殿下。お気持ちは嬉しいですが、いったいどこで踊れと……」

 当たり前だが、教会の中にマリーたちが踊れるスペースなどない。

「ああ、椅子が邪魔だな」

 ぱちんとリシャールが指を鳴らすと、空中に霜が降り、氷でできた兵士がざっと20体現れた。

「命令だ、椅子をどかせ」

  氷でできた兵たちがせっせと椅子を壁際に寄せて積んでいく。
  なんて便利な術なんだろう、とマリーが感心しているとあっという間にダンスの練習スペースができた。

「ここで思う存分、練習しろ。私は仕事に戻る」

 リシャールはいつも仕事をしている机に戻って公務を再開した。
  マリーはせっかくの兵の好意もあり、ダンスの練習をする。リシャールの監視下で。
 時々横目でマリーはリシャールを見ると、目が合い、「……ふふ、ふ」と笑いをかみ殺しているのが見えた。

(私の下手なダンスを見て楽しんでいる)

「殿下の期待に沿えるよう、頑張りましょう!」

 兵はすごいやる気にみなぎっていた。

「はい、がんば、ります……」

 スパルタレッスンの開始だった。



********



「きゃあ」

 これで何度目だろうか。
 暫く踊っていると、マリーは何度か靴が脱げてしまった。
 少し大きめの靴を履いているせいで、隙間を埋める詰め物がずれてしまうのだ。

「大丈夫ですか?」

 兵は優しい人物で、何度もマリーに駆け寄り手を貸してくれた。
 履き慣れていない高さのある靴で踊るだけでも負担だったが、転ぶ度足首が捻れて痛みを伴った。
 マリーが何度目かの彼の手を取ろうとしたとき、ふわっと体が宙に浮いた。

(えっ……殿下? これはこれは、もしかして……横抱き!?)

 いとも簡単に、マリーは軽々リシャールに持ちあげられ、隅にあった休憩用の長椅子に下ろされた。
 呆気にとられたマリーは言葉も出ず、行儀良く借りてきた猫のように腰掛けていた。

「貴様の足は小さいな。靴のサイズが全然っていない」

 リシャールの言った通りだった。
 本当は靴をオーダーメイドするべきなんだろうが、今回の潜入捜査で多額のお金が使われている。
 すべて修道院のお金だ。
 マリーが令嬢に成りすますための、ドレス、貴金属、習い事、滞在費。様々なお金がかかる。

 王家の依頼は、依頼成功後に支払われる予定だ。
 それにしても、普段質素に暮らし寄付を募るマリーにとってはどれもがもったいない。

 マリーにとってオーダーメイドなんて贅沢過ぎた。

 マリーの足は成人にしては小さかったが、詰め物をすればダンスや小走りくらい出来ると思っていた。

 しかし、こんなにも脱げて使い物にならないなら、社交界では使い物にならないだろう。
 ドレスは簡単な裾直しで代用できるが靴はやはりオーダーメイドを注文すべきだった。

 問題は靴代だ。
 頼めばブラン侯爵は快く用意してくれるだろう。
 彼は、信仰に厚く、部屋代や宿泊費も無償で協力してくれているので申し訳ない限りだ。
 やはりここは自費で購入すべきだろうとマリーは考えていた。

「靴擦れもひどいな」

 リシャールがマリーの足を持ち、彼の片膝に足首を乗せ、傷の具合を確認する。
 ただ、怪我の確認だけなのに、片足を持ち上げられているせいか、リシャールに触れられているせいか、マリーはすごく緊張した。

(……なんか、恥ずかしい)

 マリーの気持ちを知ってか知らずか分からないが、リシャールはマリーの足を長い指でなぞり始めた。
 触れるか触れないか分からないほどそっと。

(な、なに?)

 もどかしい愛撫のような手つきだった。
 膝まで行く事は無く、足首からつま先を行ったり来たりしている。

「殿下……?」
「足首もかなり細いなぁ……」

 感嘆のようなつぶやきだった。
 彼の声はもともと色っぽい、低い吐息のようなのに、間近で触れられて、囁かれたら心臓に悪い。
 親指から小指まで形を確かめるように、たどっていく。

「簡単に折れてしまいそうだ」

 緑とも青とも言えない深い色の瞳が、哀れなか弱く力ないものを嘲笑うかのように、微笑んだ。

 ふふっ、と。
 とても魅惑的に。

 一瞬、本当にこの綺麗な人にポキッと折られてしまうんじゃないかと考える程、マリーは自分の力無さを感じた。

 ただ、足首を掴まれているだけなのに。
 大きな手に細い足首を掴まれて怖いのに、何故、甘い、体の奥が痺れる感覚を伴うのだろう。

 マリーは思う。
 リシャール、いや、彼はーーこの男は、誰だろう? 
 いつも世間話とか冗談とか夢とか語っている怒りっぽいけど思いやりがある王子様とは別人だ。
 それはマリーがはじめて感じる異性の色気だった。
 
 リシャールはマリーの足をそっと床に下ろし、また指を鳴らした。 

 パチン。

 氷魔法だ。
 霜が降りてきたと思えば、雪の華が辺りを舞いはじめる。
 リシャールが掌を空中に翳すと、雪の花弁が集まり、小さなサイズの精巧な靴が出来た。

「足をもう一度かせ」
「は、はい……」

 リシャールはかがみこんで、マリーの小さな足に靴を履かせた。
 雪の結晶を編み込んだような細かい模様が入っている。
 繊細で美しい靴だった。

「硝子の靴? ……きれい」

 サイズはぴったりだった。
 先ほどはやけにリシャールが触ってくるなぁ、と、マリーは一瞬でも彼がいやらしいと考えてしまったが、サイズを確かめるためだったのだと気づく。

「まるで、シンデレラみたいですね……」
「ああ、全くだ。じゃあ、私は魔法使いのおばあさんみたいなものだな……まぁ悪い魔法使いじゃないだけましか」

 そういえば、リシャールがなぜ氷華殿下と呼ばれているかと思い出す。
 彼の魔法は、単に雪ではなく、華のように美しいという意味もあったのだ。

「これで舞踏会にいけるだろう?」
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