私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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恋人ごっこまでの経緯

雨音に紛れて①

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 マリーがリシャールに出会ったあの日。
 しばらくして、一時的に雨が止んだ隙をみて、マリーは馬車を捕まえ、帰路に着いた。
 上着からする仄かな薔薇の香りは、マリーが教会で出会ったあの美しい人を思い出させた。
 いい匂いだ。心地よくさえある。落ち着ける香りだった。

 リシャールは御伽噺の王子様より冷たい眼差しに、完璧すぎる端正な顔、優雅な立ち姿だった。

 表情や態度、意地悪い笑い方は悪役そのものであったが、不思議と不快ではなく、マリーは男性なのにリシャールが綺麗だと思ってしまった。

 見惚れるとはこういうことなのだろう。
 女だったら絶世の美女。それを妖艶というのは下品だ。
 正統派の美男子でありながら、温度を感じさせない鋭利な美しさ。
 声はこの世であることを忘れさせるような、甘く切ない吐息のよう。
 マリーは思い出しただけでゾクゾクしてしまった。

 話し言葉だけを聞いたらただの単純そうで正直な短気な人だったけど。

(案外、優しい、気がする。行動は。不遜な口調は頂けないけど)

 いや、そんなことよりーー。

(ああ、どうしよう、クビかなぁ)

 マリーは、王族に術を使ったという、やらかしてしまった出来事を思い出すと焦燥感で変な汗が出た。
 昨日から綺麗なリシャールの回想とクビ知らせが来ないかと言うドキドキがマリーの頭の中をぐるぐるしていた。

 クビだったら数日中にユートゥルナ様から鳩電報が届くだろう。
 ユートゥルナ様のことだから、もう明日か明後日くらいには引き上げの命令がくるはずだ。

(なんだかんだで短かったな、王都)

 マリーは、フレッドとマリアも応援してくれたのに、こんな任務に着く前に失態をしでかすとは彼らに合わず顔がなかった。
 やっとみんなと肩を並べられる予定だったのに。やってしまったな、と。
 今更悩んでも仕方ないけれど。

(それにしても、立派な服。オーダーメイドだよね)

 昨日、リシャールがマリーにくれた(捨てた)服はきちんとハンガーにかけてクローゼットの中にあった。
 マリーは彼を思い出すように何度もクローゼットの開け、服を眺める謎の行動をするのだった。
 
 すこし服の匂いを嗅いでーー頬を赤らめた。何度も。

 上衣は背の高いリシャール仕様。
 サイズは特注品なので、上衣を見ると彼のスタイルのよさがわかった。

 腕も長く、細めだが肩幅はある。
 リシャールは確かに足も長くて、指は長く、爪の形も美しかった。

 そして髪は、子ども以外で稀なさらさらの煌めくプラチナブロンド。

 鼻筋は通り、薄い形の良い唇、見たものを飲み込むような青とも緑とも言えない深い色の瞳。

(ほんとうに完璧だったなぁ)

 マリーは嘆息が止まらなかった。

(最高のモデルだった)

 最早、マリーにとって彼が氷華殿下であることはどうでもよかった。

 ただ、側でその姿を眺めていたいだけ、願いはそれだけ。
 それは、ファンの心境に近いかもしれない。マリーはフレッド側の人間になったのだ。

 だから、曲がり間違っても、マリーにとってリシャールは恋の対象とかそういうものではなかった。

 彼は、マリーにとって、御伽噺の人物のような、いやそれ以上遠い人だった。

 マリーはまじまじと上衣をながめ、またため息が出た。
 立派だ、さすが王子様のお召し物。
 衣服まで完璧。
 マリーは思わず、立派な刺繍に触れてみた。
 全てが美しい。

(ん? ポケットに何か入ってる)

 マリーが微妙に膨らみがあるポケットの中を探ってみると、薬の瓶、紙に包まれた薬、大ぶりな宝石がついた指輪3つ入っていた。

(指輪はわかる気がする。大ぶりなピアスしてたくらいだし。でも、なにこの大量の薬……)

 胃薬、頭痛薬、吐き気どめ、降圧剤、対症療法薬のオンパレード。
 マリーは軍の手当てや医療班もしていたことがあったので、薬の内容がわかった。

(氷華殿下って若かったよね? 確か20代半ばくらいだったような。胃薬ってイメージ全くないのに。降圧剤はなんか中年以降のイメージなんだけどな。あの人、案外身体悪いのかな?)

 大量の薬はさておき、指輪も無造作にポケットに入れるなんて、さすが王子サマだ。
 さすがにこの指輪たちを王宮に返さなきゃいけない、とマリーは思った。
 もしかしたらリシャールは上衣に指輪を入れたことを忘れているのかもしれない。

 マリーはもしかしたらまたリシャールと会えるかも? と思う気持ちの半分、どんな顔をしてリシャールに会えばいいか分からなかった。
 また、怒るかもしれないし。
 マリーは悶々としてその日はなかなか寝付けなかった。
 結局、青ちゃんは朝になっても帰ってこなかった。 


********


 仕方なく、マリーは青ちゃんを探しに街を巡ることになった。
 一通り街を探したあと、最後の心当たりはあの教会だけだった。
 青ちゃんが見つかったら、王宮に直接指輪を持って行かずにユートゥルナ様経由で確実にリシャールに指輪を返す予定だ。
 任務終了の知らせである鳩電報に指輪を持っていってもらい、全てが終了するはずだった。

 マリーが青ちゃんを探して、教会の周りをぐるりと歩くと裏に薔薇園があった。 
 よく手入れの行き届いた薔薇が固く蕾を閉ざしていた。そこにも、青ちゃんは居なかった。
 また小雨が降ってくるが、今日はしっかり傘を用意してあるので大丈夫だ。
 比較的気温が高めだから、雪は降らない。
 上衣はまだ手放せないが、凍えるほどではない。

(あとはここだけなんだよね)

 意を決して、教会の古びた扉を開けると、祭壇まで続く赤い絨毯の先にリシャールはいた。

 神聖な教会は静寂に包まれていた。
 聞こえるのはマリーの足音と雨の音だけが教会に響き、まるで世界は無言の王子様とマリーの二人っきりのよう。
 絵画のように美しいその人はマリーに目もくれず、読書をしている。
 その周りには青鳳蝶は気紛れに飛んでいる。

(指輪はさすがに返さなきゃ。青ちゃんも回収しないと)

 明日明後日にはどうせ修道院に帰ることになる。

「リシャール殿下」

 しばらくの沈黙を置いて、

「……なんだ?」

 と怠そうな低い声した。それは昨日とは違い、響かない小さな呟きだった。

「……今、少しお話ししても、よろしいでしょうか?」

 リシャールは鬱陶しそうに眉を潜めて、マリーを一瞥したかと思うとすぐ本に視線を移す。

「……また貴様か。今日はやめてくれないか」

 リシャールの美しかった声が本人かどうかわからないほど掠れていた。

「あの、もしかして昨日雨に濡れて風」
「私は至って健康だ」

 リシャールは全否定するかのようにマリーが言うのを遮った。
 やはり声が掠れ、昨日より低め。ガラガラしている。

「用は?」
「……は?」

 素っ頓狂なマリーの返事にリシャールは苛立つ。

「用はなんだと聞いているんだ。お前もなかなかしつこい女だからな。私の前にまた現れるくらいだ。聞くまで帰らないんだろう。聞くだけ聞いてやるから手短に言え」
「えっと、昨日頂いた上衣に……」
「昨日捨てた上衣になにか?」

 やはりリシャールは捨てたと強調してくる模様。

「はい、その上衣の中にーー」

 本人がそのように言うのでマリーは反論しない。
 面倒なので、マリーがリシャールの捨てた上衣をたまたま拾ってリシャールの落とし物を見つけたと言うことで、もういいや。
 マリーは急いでカバンから上衣のポケットに入ってた薬たちと指輪を取り出した。しかし。

「いらない。欲しければくれてやる」

 リシャールはきっぱりと言い切った。
 マリーはくれてやると言われても……こんなおじさんが飲むような薬はいらないし、高価な指輪ももらっても困ると思った。でも。

「……わかりました、ありがたく頂戴いたします」

 しかし長い物に巻かれるのが世の常。
 王子様が捨てたとまた申されるので、マリーは仕方なく、ありがたく頂戴することにした。
 ユートゥルナに指輪を返すように頼む必要もなくなったので、一つ仕事は片付いた。
 あとは青ちゃんだ。

 マリーが青ちゃんを回収しようと魔本を開いたその時、リシャールが急に覗き込んできた。

「おい、貴様の魔法は描いたものを具現化できるんだろう? ふつうはすぐ消えるはずなんだが、なぜこの蝶は消えない?」

 リシャールは不意にマリーの術について、質問してきたのだ。

「え、なんの、事でしょう? この子は初めて私が描いて、具現化してくれた蝶で、愛娘なんです。10年は生きてますが……」

 マリーは攻撃魔法の才能がなく、結界も人並みだったので、試行錯誤をしてやっと自分なりの術を生み出したのだ。
 その結果、蝶魔法はひらひら舞う光景が綺麗で、攻撃性はなく、行事や結婚式の催しに重宝される芸になった。

「まさか、10歳だというのか……」
「そうなんです。だから、どんどん知恵がついて……夜遊びを覚えちゃって。こら、青ちゃん、リシャール殿下に止まらない! ママずっと探してたのよ、おうちに帰ろう?」

 リシャールの周りを行ったり来たり、時にはぴったり肩に止まったりする愛娘、青鳳蝶青ちゃんに声をかける。
 マリーからしたら青ちゃんは大事な子どもみたいなものだった。

「まぁ、いい。とにかく……貴様の虫、なんとかしてくれないか? ずっと着いてくるんだ、あれからずっとだ。……どこにいても、何をしていても……食事にも止まるし、夜中も飛び回るし、気が散る」

 リシャールは実に迷惑そうに青ちゃんを眺める。
 青ちゃんはリシャールの周りを回転するかのように猛スピードで飛んでいた。反省の色なし。
 御転婆さんで困る。

「申し訳ありません、青ちゃん殿下が気に入ったようです。この子、カッコいい男性が大好物なんです」

 マリーはリシャールに深々と頭を下げた。

「青ちゃんだめだよ、いくら好みでも、かっこよくても知らないひとについて行ったら危ないよ?」


 よりによってあの冷血非道の氷華殿下だ。
 屍を築くと有名な戦闘狂い。


「とっとと帰れ。男好きとは好色な虫だ。ローゼ、お前の躾がなってないから、ふらふらほっつき歩くようになるんだ。今回は標本にされないだけありがたく思え、今度来たらつぶす」


 修道士マリーと第一王子リシャールは真剣に虫相手に話していたが、後日この光景を滑稽だと友人たちに指摘されるのはまた違う話である。

 リシャールは真剣な脅しによってしぶしぶ? 観念したのか、青ちゃんはマリーの魔本に帰っていった。

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