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失踪

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ラーラントの騎兵達を引き連れた
アウグスト王が、正面から駆けて来る
騎兵の集団を確認したと同時に、騎兵の槍の先についた
ラーラントの軍旗が上がる。

正面から、駆けて来た騎兵の集団からも
答えるように、槍の先についた軍旗が、より高く掲げられた。

ミストラルの軍旗だ。

騎兵の集団の先頭には、上半身の鎧を脱ぎ捨てた人物が見える

ベルナルドだ。

騎士と横に並んだ、ベルナルドの後ろには
濃い青色のマントを纏った魔道師達が
複数人見えて、その後ろには
騎兵の集団が見える。

理由はわからないが、ミストラルは
護衛をつけて、水の巫女を初めとした、魔道師隊を
先に送りこんだとしか考えられない。

向こうからも、正面に見えるはずの王が率いる
ラーラント軍の騎兵達が見えているはずだが
馬の足を止める気配もなく、まっすぐに突き進んでくる。

誰が降らしたかも、わからない雪と同じで
ラーラントにとっては都合のいい
奇跡のような事が、立て続けに
起こっているのは不可思議だが
ベルナルドは、見事に、目的を、果たしたとしか考えられない。

ならば、先を急いでいるはずだ
こちらを見つけても、止まるはずはない。

自分の言う事を、聞かず
素直ではなくなった、次の王に
余計な事は、何も言うべきではない。

ラーランドの騎兵達に、道を譲らせるために
大げさに、従える騎兵達の進路を変えさせ
目も合わせずに、そのまま、すれ違う事にする。

正面から来る、ベルナルド達の邪魔に
ならないようにするためだ。

このまま、互いに止まらずに
すれ違う意思が、しっかりと通じたのか
ベルナルドの後ろにいた
水の巫女アリアと12人の青星(しょうせい)の魔道師達が
すれ違いざまに、できうるかぎりの
最低限の敬意を同盟国の王に
示すために、一斉に、深く被っていた
フードを取り去り、全員が、素顔を見せた。

ベルナルドのすぐ後ろにいた
ミストラルの魔道師達も
全身に黄金の鎧を纏って、目立っている
ラーラント王までもが
自ら先頭に立って、騎兵を率いて来たので
安全なのを、確信したのだろう。

魔道師達も、ベルナルドと同じで
そのまま、こちらに顔を向ける事もなく
前だけを向いたまま、走り去っていく。

アウグスト王と騎兵達は、そのまま
まっすぐ、駆け続けていくことにした様だ。

撤退したシーザリア軍が、また襲ってきたり
渓谷で、待ち伏せをしたりしないように
危険を考え、渓谷の入り口付近で、留まって
敵の警戒をしながら、デュランが率いて来るはずの
残されている、ミストラル軍を命がけで、出迎える為だ。



ガリバルドは、近隣の町や村から駆けつけた者達の代表から
挨拶を受けていた。

町や村には、戦場の後始末のための準備はしておくように
前もって、連絡はしておいたはずだが
まだまだ、近隣から、かけつけてくるだけで、精一杯だ。

「魔道師達による癒しの力が尽きた場合、仕方あるまい」

「ガリバルド様、それでは、法に触れてしまいます」
「処罰を、恐れて、誰もやりたがりません」
「罰は厳しいはずです」
「罰は、おかんよりも、こわいわな」


「全ての責任は私が取る、そう申し渡すんだ」
「恐れながら、申し上げますが、ガリバルド様だけでは、ご無理かと思います」


「貴族達も後ほど、全員集めて、私の考えを支持させる、王もだ」
「でも……」


「当然、ベルナルドも、私と同じ立場だ」
「王太子さまもですか、なら、承知いたしました」


「とにかく、構わん、持たして見せるんだ」

「しかし、未熟な者の癒しの力で、何かと問題もありましょう」
「いや、中には不法を承知で、隠れて癒しの力を使える者もたしかにいます」
「ワシも、治してもらった事はあるな…… いや、ここだけの話だが」
「けっこう、うまいやつもおんで」


「腕に、自信がある者に、手を上げさせろ」

「わかりました」
「はい」
「今すぐ、集めさせます」
「そら、やり手の、やつが、ええわ」

ステリオ渓谷に近い、ラーラントの町や村から
さっそく、かけつけてきた人々の中から
魔道師隊にいて、町や村の精霊教会を預かっている
メイジを手伝って、癒しを行う事ができるものを集めて
最悪を考え、魔道師達の支援をさせ
魔道師達の力が尽き果てた後、ソフィアへの癒しを
引き継がせるさせる事を、ガリバルドは決断する。

「残されている手があるのに、このまま、何もせず、死なせんぞ!」
「ええで、ええで、やったろうやんけ」


「そうだ、とことん、やるんだ」
「ガリバルド様、まるで、ソフィアさまみたいや」


「許せぬものは、許せんのだ!」
「公爵さま、めちゃめちゃいいやん、むっちゃイカスで!」


「そ、そうか?」
「はっきりって、さいこーや」

ソフィアの状態は普通ではないので
魔道師としては一番下の称号を持つ
メイジより下の者に期待するのは無茶かもしれないが
もはや打つ手もなく
何もしないよりは、良いというだけの最後の手だ。

「巫女殿が最優先なのは、変わらん、徹底させるんだ」
「はっ、承知しました」

「癒しの魔法に、自信のある者が集まったら 魔道師隊に預けろ」
「はっ、急いで」

「あとは、助かりそうな者から、手当しろ」
「急ぎ、兵士達に、指示いたします」

「動けないものの手当てと、遺骸に祈りを捧げ、片付けるのは後回しにしろ」
「はっ」

「負傷した敵兵や、捕えた者については、全て後回しだ」
「すでに、そのように申しております」

負傷して、傷ついてはいるが、騎兵達は
伝令と報告に必死で、連絡役として、駆け回っているが
一人だけガリバルトの近くに、残ったままだ。

「公、あの……」
「なんだ、遠慮なくいってくれ、全て聞くぞ」

「違います、報告ではありません」
「別に構わん、いつもどおり、遠慮するな」

「兵士達からも、ソフィア様を、必ずお助けするようにと」
「そうか、皆には、我慢させている、すまぬな」

「皆、気持ちは同じなのです」
「期待に、答える事ができねば、私が全ての責任を取るつもりだ」

「ガリバルド公、ソフィアさまを、必ず、お助けしましょう」
「必ずか、そうだな」

ガリバルドにとって、戦場で、何度も一緒に戦ったラーマーヤは
巫女であった前に、信頼している友人だ。

「ラーマーヤ、お前さえいてくれれば……」
「ラーマーヤ様が、いらっしゃれば、このようなことには」

ガリバルドが、厚く信頼して、頼りにしていた
前の、火の巫女だった、ラーマーヤは、消息不明となっている。

巫女の継承者の証でもある、魔石のついた白銀の指輪と
ラスマールだけが、見ることが許されている
魔法で、封印されたメッセージを残しているが
何か大きな問題でもあるのか、内容は精霊教会の判断で
秘密とされ、公開はされていない。

ラーマーヤが、ある日、忽然(こつぜん)と姿を消して
いなくなった後を、次の巫女として
育てられていた、ソフィアが急遽、後を継いでいた。

前の巫女の力は、少しも衰えてもいなかったので
本来、ソフィアは、まだまだ、未熟とされ、巫女を継ぐはずではなかった。

「公、ラーマーヤ様にも、我らには、わからぬ事情が、おありなのです」
「それは、わかっておる、だがな」

「最長老にも、何も告げず、突如、いなくなられたとか」
「うむ、何の断りも無く、どこへ行ってしまったのか」

「ここは、我らだけで、なんとしても、最後まで」
「まずは、ベルナルド次第か……」

「では、私も、指示を、伝えて参ろうかと」
「ああ、頼んだぞ」

「ではっ!」
「うむ、行ってくれ」

配下の騎士も、あきらめきれない心境は、同じだ。
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