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プロローグ
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優れた写真家とは、きっと被写体の心の中の魂の美しさまでも見抜き、その瞬間をけして逃がさず、その瞳で被写体を囚える事ができるのだろう……。
そして写真という絵画の中に永遠にその姿を閉じ込め、美しき標本として、この世界に繋ぎとめる事が出来るのだろう。
写真家を目指していた幼馴染の紗殼 一嗣との美しくも淡い恋……。
あたしは彼の撮る写真が大好きだった。
彼の撮る写真の中で、あたしが絵画のように自然に美しく輝いている。
写真とは、もう二度と巡り会う事の出来ない、過去の輝いていた自分自身に再び出会えるという奇跡。その輝く美しい瞬間を生きていた証だ。
彼の瞳に支配された、美しいパズルのピースのように彼の視界に切り取られた写真の中のあたしは……まるで絵画で描かれた肖像画の芸術作品のようにしなやかに煌めきたって美しく、そこにはあたし自身の魂の姿すら可視化されているのではないかと錯覚させるほど、あたしの心に幻想的に美しく浸透し、まばゆいほど印象的にしなやかにあたしの心に映っていた。
そして写真家を夢見る紗殼 一嗣の瞳に囚われた瞬間、あたしは一瞬で彼の世界の虜となった。やがてあたしの夢は、幼馴染の彼の才能につりあえるような、彼に認められるようなしなやかな美しい被写体に……いつしかそんな存在になりたいと少しずつ夢を見始めるようになった。できることなら将来、彼の隣で被写体として寄り添い、美しいあたし自身の姿を魂ごと彼に可視化してもらいたい、そんな贅沢で美しくも甘い夢だ……。あたしは一嗣の瞳を見つめながら、いつしかそんな夢をずっと想い描くようになっていった……。
被写体の魂の姿すら可視化し写し出す純真な彼の瞳に映る世界は美しく……あたしはその瞳に永遠に囚らわれていたかった……。
そんな一嗣は学生の頃から、どこか遠くを見るような美しい眼をして、いつも窓の外をじっと見ているような青年だった。そして何か美しい幻にでも取り憑かれたかのように思い立ち、写真を撮りにいつの間にかその場から消えてしまうような、そんな印象を周りの人間にあたえるような青年だった。
彼の父親が世界中を旅するようなジャーナリストだった事がきっかけで、写真に影響をうけてきたのかもしれないが、父親とは違い、彼の瞳がとらえていたものは、絵画のように美しく被写体の生命を写真に映しだすような写真……それは魂の姿を映像のように写しだす、美しい魂の可視化、一嗣はそんな写真を被写体から引き出す事が出来る、不思議な写真を撮ることができる稀有な才能を持った人間だった。
大自然の風景や、行き交う人々の写真、幼馴染のあたしの心の奥に潜む魂の姿までをも美しく写真として可視化し、その生命の本質をも写し出すかのように、彼の写真には被写体が自分自身では気付く事の出来ない、被写体自身の輝くような精神の美しさというものを絵画のように写真として映し出す力があり、その写真はあたし本人ですら気が付かなかったであろう、あたし自身の本質の自然な美しい魂をも写しだしてくれるような姿を、写真として気づかせてくれたものだった。
透き通るような写真を撮る時の、一嗣の透明感のある眼が好きだ。
あたしと一嗣は、そんな淡い思い出を紡ぐような夢のような日々を幼少時代からずっと一緒に過ごし送っていたものだった……。
……やがて時を重ね、高校を卒業し、同じ大学に受かった頃、きっとお互いを強く意識するようになったのもその頃……、今思えば、それはきっとあたしの初恋だったのかもしれない。
大学生活のサークルで彼は写真研究部に入り、勿論あたしは彼に付き添った。彼の撮る世界を見ていたかった。いや、あたしは彼の側から離れたくはなかったのだろう……。
大学時代の写真研究部員の中にはいろいろな美しい視点を持った写真家を目指す仲間が多くいたもので、そんな中、特に一嗣とあたしの間に入り込んできた、素晴らしい才能を持った運命的な仲間に巡りあうことも出来た。後に業界で写真家として名を馳せる彼の名は世良 恭二、写真に関しては一嗣の素晴らしき良きライバルであり、当時あたしと一嗣のよき親友でもあった。
一嗣は恭二の才能を認め、恭二も又一嗣の撮る写真の美しさを認めていた。二人はまるで相反する考えを持つ、質の違う写真を撮る存在であったが、お互いを認め合った良きライバルでもあった。
二人はプロの写真家を志し、あたしは二人に囲まれてモデルになる道を夢見ていた。あの頃の私達三人は毎夜のように将来の夢について、熱く夜通し飽きずに語りあったものだ。
そして多感な時期だったこともあり、二人がある時に、当時有名なとあるモデルについて語り合っていたこんな話をわたしは覚えている。
恭二「被写体の柊 梨花、ヌードモデルのほうが向いているとは思っていたけど、やっぱりその方向へ転身したらしいな」
一嗣「ヌードモデルに? 彼女ならその存在だけで十分に魂や生命の美しさを表現できていたじゃないか」
恭二「なぁ一嗣、被写体を撮り続ける写真家が女性美を深く探求していくその先には、いつかは女性の裸体美に行き着くものさ。美しいものをより深く表現したいという探求心は美へ対する必然な敬意だよ。それはきっと被写体の彼女自身も望んでいた事さ。それに俺はその美しさを追及し求め続ける事ができる稀有な存在だけが、女性の被写体をより美しく写しだす事ができると思っているよ」
一嗣「俺は人の目が捉える美の本質は生命の美しさだと思っているよ。それは全てを超える美しさだと思っている。だから裸体の先にそれを超える美しさがあるとしたらそもそもそこには人間の精神性や、生命に美しさが備わっていると思うからだよ。俺は裸体に拘るよりもその魂をレンズで可視化したいと思うよ」
恭二「お前は本当に面白いヤツさ。一体目に見えない美しさに拘る意味は何だい? どうやって可視化していくというんだ? ……まぁいい。俺は将来的には女性の美しさを追及していく写真家になるつもりだよ女性の裸体美を通してまでもね」
一嗣「俺は人間の生命の美しさや魂までもを可視化した写真を撮ってみせるさ、裸体美さえ超える本物の美しさをね」
そう言って笑みを交わし熱く語りあう一嗣と恭二。
恭二「ははは。大きく出たな。超えて見せてくれ、いつかそんな写真を世にだしてな」
……一嗣らしいと思った。彼はあくまでも純真な心の瞳で被写体を捉えていた。
被写体として裸体美を通して女性の美しさを可視化しようと考える嗜好の恭二と、人間の生命、魂や精神性、神秘性。その心の姿、在り方の美しさを究極的に可視化させようとする一嗣
写真家として思考の違う二人の関係は興味深く、お互いにとても素敵なライバルだとも思った。
……ところでそんなあたし達の大学から近くの畑には、広大に広がる向日葵畑があった。夏になると、背の低い向日葵が大地いっぱいにひしめき合っていた。あたしと一嗣はその向日葵畑が大好きで、恭二に内緒で、二人でよく授業を抜け出し、向日葵畑で語らう二人だけの時間を大切にしていた。
彼の夢は将来、プロの写真家として名を馳せて……
あたしの夢はいつまでも彼の夢に連れ添いたくて……何よりも彼の写真に抱かれる美しき被写体になる事。
向日葵畑で夏の風に吹かれながら一嗣と語らい過ごした時間はあたしの宝物だった。
瀬奈「一嗣は将来、著名な写真家になって……美しく綺麗な被写体になったあたしを迎えに来てくれるのでしょう?」
向日葵畑で風を受けながら、長い髪を抑えて一嗣に微笑むあたしがいる。
一嗣「ああ。迎えにいくよ。だから瀬奈も今の生き方と夢を大切に、美しく生きるんだ」
瀬奈「ふふ、勿論、そう生きるわ。だってあたし一嗣の専属の被写体になるんだもん」
一嗣「その時は二人で写真集をだそう」
瀬奈「ねぇ、いつか一嗣が認めてくれるような、美しいしなやかな被写体にあたしがなれた時には、この向日葵に包まれた美しいあたしを被写体として必ず撮ってね」
一嗣「ああ。必ず撮る。瀬奈の理想を可視化できるような写真家になって、瀬奈の綺麗な魂を可視化する」
……しかし突発的な事件というものは実に突然訪れるものだ。
それはヒロインと恋人を引き裂くドラマか映画のように。或いはあたしと一嗣の身の上に必然的に降りかかるように。
彼のジャーナリストの父親が、国際的な事件に巻き込まれた。
一嗣は突然に大学を卒業する事もなく、突然あたしの前から姿を消した。別れの言葉もなく……それは急な引っ越しだった。
その直後で分かった事だが、ジャーナリストの彼の父親が取材中、国際問題を巻き込むほどの事件に巻き込まれ、様々な状況に見舞われ、死活的事情で急遽に地元を離れなければいけない事情に陥ってしまっていたのだという。
その事実にあたしは絶望した。あまりにも突然の事に目の前が真っ暗になった。幼馴染みの頃より普段と変わらず、今までずっと当たり前のように一緒に彼と居たあの時の若かったあたしにその衝撃は大き過ぎて、あたしの心には月面のクレーターのようにまるで大きな穴が心を突き抜けてしまったかのように感じるほどであった……。
それから二カ月ほどの時が経ってからだろうか、すっかり心の中にぽっかりと穴があいてしまったあたしの元に一通の手紙が届いた。あて先は不明。その手紙には一言、
お互いにプロになった時、向日葵畑で又再会しよう。
そんな約束にも似た、短い短文の手紙、それは間違いなく一嗣からの手紙だった。そこには私と一嗣にしか知りえない約束の言葉がつづられていたからだ。居場所を告げられないのは、おそらく父親の諸所の都合で居場所を告げる事を止められていたのだろう。
だが、そんな短文の手紙が、一方通行の文通のように、彼が撮った写真と共にそれから毎月あたしの元に届いた。
瀬奈、頑張ってるか? 夢をあきらめるなよ
辛い事があっても負けるなよ。自分を信じて生きろ
いつか向日葵畑での再会を夢見てお互い頑張ろう
素直に嬉しかった。一嗣との日々に、彼の写真に影響を受け、将来、被写体を目指す夢を得たあたしにとって、そんな恋文のような手紙が、これ以上のないエールだった。そして一嗣からの手紙はずっと続いていた。……もう何年も。
辛い時、苦しい時も彼の手紙のお陰で、勇気を貰えた。彼から送られてくる写真で
前に進めた。背中を押してもらえた。
そして当時のあたしはこの手紙を希望にひたむきに彼を追い、純真に自分の夢を追った。彼からのこの手紙だけを楽しみに、信じ、励みにして……いつか彼と再会した時に彼に撮られる為だけに……
……だけど、今は……今の私には
彼の手紙は……私にとって何よりも、甘く切ない棘のように胸に刺さり、苦痛となっていた
……それは……やさしく切ない痛みを与えにくる、心に深く刺さる棘だ。
そして写真という絵画の中に永遠にその姿を閉じ込め、美しき標本として、この世界に繋ぎとめる事が出来るのだろう。
写真家を目指していた幼馴染の紗殼 一嗣との美しくも淡い恋……。
あたしは彼の撮る写真が大好きだった。
彼の撮る写真の中で、あたしが絵画のように自然に美しく輝いている。
写真とは、もう二度と巡り会う事の出来ない、過去の輝いていた自分自身に再び出会えるという奇跡。その輝く美しい瞬間を生きていた証だ。
彼の瞳に支配された、美しいパズルのピースのように彼の視界に切り取られた写真の中のあたしは……まるで絵画で描かれた肖像画の芸術作品のようにしなやかに煌めきたって美しく、そこにはあたし自身の魂の姿すら可視化されているのではないかと錯覚させるほど、あたしの心に幻想的に美しく浸透し、まばゆいほど印象的にしなやかにあたしの心に映っていた。
そして写真家を夢見る紗殼 一嗣の瞳に囚われた瞬間、あたしは一瞬で彼の世界の虜となった。やがてあたしの夢は、幼馴染の彼の才能につりあえるような、彼に認められるようなしなやかな美しい被写体に……いつしかそんな存在になりたいと少しずつ夢を見始めるようになった。できることなら将来、彼の隣で被写体として寄り添い、美しいあたし自身の姿を魂ごと彼に可視化してもらいたい、そんな贅沢で美しくも甘い夢だ……。あたしは一嗣の瞳を見つめながら、いつしかそんな夢をずっと想い描くようになっていった……。
被写体の魂の姿すら可視化し写し出す純真な彼の瞳に映る世界は美しく……あたしはその瞳に永遠に囚らわれていたかった……。
そんな一嗣は学生の頃から、どこか遠くを見るような美しい眼をして、いつも窓の外をじっと見ているような青年だった。そして何か美しい幻にでも取り憑かれたかのように思い立ち、写真を撮りにいつの間にかその場から消えてしまうような、そんな印象を周りの人間にあたえるような青年だった。
彼の父親が世界中を旅するようなジャーナリストだった事がきっかけで、写真に影響をうけてきたのかもしれないが、父親とは違い、彼の瞳がとらえていたものは、絵画のように美しく被写体の生命を写真に映しだすような写真……それは魂の姿を映像のように写しだす、美しい魂の可視化、一嗣はそんな写真を被写体から引き出す事が出来る、不思議な写真を撮ることができる稀有な才能を持った人間だった。
大自然の風景や、行き交う人々の写真、幼馴染のあたしの心の奥に潜む魂の姿までをも美しく写真として可視化し、その生命の本質をも写し出すかのように、彼の写真には被写体が自分自身では気付く事の出来ない、被写体自身の輝くような精神の美しさというものを絵画のように写真として映し出す力があり、その写真はあたし本人ですら気が付かなかったであろう、あたし自身の本質の自然な美しい魂をも写しだしてくれるような姿を、写真として気づかせてくれたものだった。
透き通るような写真を撮る時の、一嗣の透明感のある眼が好きだ。
あたしと一嗣は、そんな淡い思い出を紡ぐような夢のような日々を幼少時代からずっと一緒に過ごし送っていたものだった……。
……やがて時を重ね、高校を卒業し、同じ大学に受かった頃、きっとお互いを強く意識するようになったのもその頃……、今思えば、それはきっとあたしの初恋だったのかもしれない。
大学生活のサークルで彼は写真研究部に入り、勿論あたしは彼に付き添った。彼の撮る世界を見ていたかった。いや、あたしは彼の側から離れたくはなかったのだろう……。
大学時代の写真研究部員の中にはいろいろな美しい視点を持った写真家を目指す仲間が多くいたもので、そんな中、特に一嗣とあたしの間に入り込んできた、素晴らしい才能を持った運命的な仲間に巡りあうことも出来た。後に業界で写真家として名を馳せる彼の名は世良 恭二、写真に関しては一嗣の素晴らしき良きライバルであり、当時あたしと一嗣のよき親友でもあった。
一嗣は恭二の才能を認め、恭二も又一嗣の撮る写真の美しさを認めていた。二人はまるで相反する考えを持つ、質の違う写真を撮る存在であったが、お互いを認め合った良きライバルでもあった。
二人はプロの写真家を志し、あたしは二人に囲まれてモデルになる道を夢見ていた。あの頃の私達三人は毎夜のように将来の夢について、熱く夜通し飽きずに語りあったものだ。
そして多感な時期だったこともあり、二人がある時に、当時有名なとあるモデルについて語り合っていたこんな話をわたしは覚えている。
恭二「被写体の柊 梨花、ヌードモデルのほうが向いているとは思っていたけど、やっぱりその方向へ転身したらしいな」
一嗣「ヌードモデルに? 彼女ならその存在だけで十分に魂や生命の美しさを表現できていたじゃないか」
恭二「なぁ一嗣、被写体を撮り続ける写真家が女性美を深く探求していくその先には、いつかは女性の裸体美に行き着くものさ。美しいものをより深く表現したいという探求心は美へ対する必然な敬意だよ。それはきっと被写体の彼女自身も望んでいた事さ。それに俺はその美しさを追及し求め続ける事ができる稀有な存在だけが、女性の被写体をより美しく写しだす事ができると思っているよ」
一嗣「俺は人の目が捉える美の本質は生命の美しさだと思っているよ。それは全てを超える美しさだと思っている。だから裸体の先にそれを超える美しさがあるとしたらそもそもそこには人間の精神性や、生命に美しさが備わっていると思うからだよ。俺は裸体に拘るよりもその魂をレンズで可視化したいと思うよ」
恭二「お前は本当に面白いヤツさ。一体目に見えない美しさに拘る意味は何だい? どうやって可視化していくというんだ? ……まぁいい。俺は将来的には女性の美しさを追及していく写真家になるつもりだよ女性の裸体美を通してまでもね」
一嗣「俺は人間の生命の美しさや魂までもを可視化した写真を撮ってみせるさ、裸体美さえ超える本物の美しさをね」
そう言って笑みを交わし熱く語りあう一嗣と恭二。
恭二「ははは。大きく出たな。超えて見せてくれ、いつかそんな写真を世にだしてな」
……一嗣らしいと思った。彼はあくまでも純真な心の瞳で被写体を捉えていた。
被写体として裸体美を通して女性の美しさを可視化しようと考える嗜好の恭二と、人間の生命、魂や精神性、神秘性。その心の姿、在り方の美しさを究極的に可視化させようとする一嗣
写真家として思考の違う二人の関係は興味深く、お互いにとても素敵なライバルだとも思った。
……ところでそんなあたし達の大学から近くの畑には、広大に広がる向日葵畑があった。夏になると、背の低い向日葵が大地いっぱいにひしめき合っていた。あたしと一嗣はその向日葵畑が大好きで、恭二に内緒で、二人でよく授業を抜け出し、向日葵畑で語らう二人だけの時間を大切にしていた。
彼の夢は将来、プロの写真家として名を馳せて……
あたしの夢はいつまでも彼の夢に連れ添いたくて……何よりも彼の写真に抱かれる美しき被写体になる事。
向日葵畑で夏の風に吹かれながら一嗣と語らい過ごした時間はあたしの宝物だった。
瀬奈「一嗣は将来、著名な写真家になって……美しく綺麗な被写体になったあたしを迎えに来てくれるのでしょう?」
向日葵畑で風を受けながら、長い髪を抑えて一嗣に微笑むあたしがいる。
一嗣「ああ。迎えにいくよ。だから瀬奈も今の生き方と夢を大切に、美しく生きるんだ」
瀬奈「ふふ、勿論、そう生きるわ。だってあたし一嗣の専属の被写体になるんだもん」
一嗣「その時は二人で写真集をだそう」
瀬奈「ねぇ、いつか一嗣が認めてくれるような、美しいしなやかな被写体にあたしがなれた時には、この向日葵に包まれた美しいあたしを被写体として必ず撮ってね」
一嗣「ああ。必ず撮る。瀬奈の理想を可視化できるような写真家になって、瀬奈の綺麗な魂を可視化する」
……しかし突発的な事件というものは実に突然訪れるものだ。
それはヒロインと恋人を引き裂くドラマか映画のように。或いはあたしと一嗣の身の上に必然的に降りかかるように。
彼のジャーナリストの父親が、国際的な事件に巻き込まれた。
一嗣は突然に大学を卒業する事もなく、突然あたしの前から姿を消した。別れの言葉もなく……それは急な引っ越しだった。
その直後で分かった事だが、ジャーナリストの彼の父親が取材中、国際問題を巻き込むほどの事件に巻き込まれ、様々な状況に見舞われ、死活的事情で急遽に地元を離れなければいけない事情に陥ってしまっていたのだという。
その事実にあたしは絶望した。あまりにも突然の事に目の前が真っ暗になった。幼馴染みの頃より普段と変わらず、今までずっと当たり前のように一緒に彼と居たあの時の若かったあたしにその衝撃は大き過ぎて、あたしの心には月面のクレーターのようにまるで大きな穴が心を突き抜けてしまったかのように感じるほどであった……。
それから二カ月ほどの時が経ってからだろうか、すっかり心の中にぽっかりと穴があいてしまったあたしの元に一通の手紙が届いた。あて先は不明。その手紙には一言、
お互いにプロになった時、向日葵畑で又再会しよう。
そんな約束にも似た、短い短文の手紙、それは間違いなく一嗣からの手紙だった。そこには私と一嗣にしか知りえない約束の言葉がつづられていたからだ。居場所を告げられないのは、おそらく父親の諸所の都合で居場所を告げる事を止められていたのだろう。
だが、そんな短文の手紙が、一方通行の文通のように、彼が撮った写真と共にそれから毎月あたしの元に届いた。
瀬奈、頑張ってるか? 夢をあきらめるなよ
辛い事があっても負けるなよ。自分を信じて生きろ
いつか向日葵畑での再会を夢見てお互い頑張ろう
素直に嬉しかった。一嗣との日々に、彼の写真に影響を受け、将来、被写体を目指す夢を得たあたしにとって、そんな恋文のような手紙が、これ以上のないエールだった。そして一嗣からの手紙はずっと続いていた。……もう何年も。
辛い時、苦しい時も彼の手紙のお陰で、勇気を貰えた。彼から送られてくる写真で
前に進めた。背中を押してもらえた。
そして当時のあたしはこの手紙を希望にひたむきに彼を追い、純真に自分の夢を追った。彼からのこの手紙だけを楽しみに、信じ、励みにして……いつか彼と再会した時に彼に撮られる為だけに……
……だけど、今は……今の私には
彼の手紙は……私にとって何よりも、甘く切ない棘のように胸に刺さり、苦痛となっていた
……それは……やさしく切ない痛みを与えにくる、心に深く刺さる棘だ。
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