豆柴彼女。

ちゃあき

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1話 豆柴の恩返し

5.名前と過去1

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「おいしい?」
「おいしいですっ」

 豆柴の彼女は、スプーンで掬った大きいじゃがいもの塊を口に含んだままそう言った。

 ピーが向こうで野菜クズをつついてる。こっそり茹でたえんどう豆を混ぜておいた。機嫌は悪くなさそうだ。

 一方の彼女の方も、思ったより食いっぷりがいい……もしかしたら朝から空腹だったのかもしれない。元はと言えば行き倒れてた訳だし、先に何かあげておけばよかった。

「お腹減ってた?」
「はいっ」
「昨日はなんであんな所にいたの?」

 どこにいましたかと聞かれたので、電信柱の下に落ちてたと答えた。彼女はへぇと唸る。そういえば何かから逃げていたと言ってたような……。

「わたし、ここしばらくは野良犬として公園で暮らしてたんですけど、近所の方に通報されちゃって保健所の人が捕まえにきたんです」

 いわく保健所の職員と思しき人々と大捕物を繰り広げて命からがら逃げ出したはいいが、雨に打たれてるうちにたまたまあそこで力尽きたらしい。

「だからわたし、あなたが助けてくれなかったら昨日死んでましたっ」
「そんな大袈裟な」
「そんな事ないです、野良犬とはそういうものですっ……それで、あのっ」

 何か言いたそうだから、先をうながすと僕の名前を教えてほしいと言われた。
 そういえば自己紹介もまだだったのだ。昨日から起こることが嵐のようで……。

「僕は、小宮こみや きょうだよ」
「……きょうさんですかっ! いいお名前ですねっ。きょうさんっ、わたしの命を助けてくれてありがとうございますっ」

 スプーンを置いて正座した彼女は、そう言ってまた頭を下げた。何て礼儀正しい犬だろう。僕は少し照れて、気にしないでと頭をかいた。

 そう言えば彼女の名前は何なんだろう。きみは? と聞くと、パッと顔を上げなぜか少し悩むような顔をした。

 また眉間に皺が寄ってる。だけど今度のそれはそのまま苦悶の意味に思えた。

「あ、あの」
「なあに?」
「……タマです」
「んっ?」

 タマとよばれてました、と豆柴は言った。
 さっきも思ったけどなんだか昭和の猫みたいな所がある犬だ……。

 他人の名前にとやかく言うべきじゃないけど、怪訝な顔をしたのが彼女にも伝わったようで、気まずそうに目を逸らされた。

「ごめん、珍しい名前だったから……良い名前だよタマって!」
「あ、あのですね……」
「なに?」
「……たぶん、タマって猫さんの名前だと思うんです」
「それはあくまでも一般論で……」
「そ、そうじゃなくってですねっ……」

 彼女は何か言いたそうにもじもじ落ち着かない。次の言葉を待ってみたら、意を決したようにこちらを見上げた。

 わたくしごとでたいへん恐縮なのですが、とかしこまった前置きをされたのでいいよと答えた。
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