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前編
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しおりを挟むよろよろしている石動画伯を引っ張って彼の長屋にもどってきた。
僕は"封魄画帖"をもちだしてあの女を書き足そうと提案してみた。
石動氏は迷っていたがまもなく絵筆をとりあげ、風景画の空白へそのさきをつけた。
二、三筋筆がはしる。
それは女の髪や着物の肩をえがいたと思われた。
……しかし僕が息を呑んで見守るまえで書き足されようとした女の輪郭はまた弾かれ消えてしまった。
「あはは、なんだやっぱりダメですね!期待したけどやっぱり封魄なんてインチキなのかなあ」
「…………いや」
笑った僕に石動氏は神妙な顔をむけた。
そして以下のように語った。
石動氏はやはりあの女こそこの絵に足りない"魄"だろうという。
絵筆を弾かれた理由は彼女の"魄"……——つまり魂の陰部がなんなのか描き手がしらないからだ。
「絵はなにかを伝えるためにある。なにを現すか決められていない絵はただたわむれの落書きにすぎない。お前が気に入ったあのネコの握り飯みたいにね。
例えば伝えたいものが被写体の感情……歓喜や悲嘆や憤怒の感情であれば……描き手はまず被写体がいかにそれを感じているか読み取る力が必要だ。
そして自分を通過させたうえで、それを他人へ表現するのを要求されることになる」
つまり石動氏はあの橋で泣く女がなにを悲しんで嘆くのかしらないのだ。
だからそれを絵にすることはできないという。
その晩彼はそのままなにごとか考えこんで動かなくなってしまった。
温かいからか、あぐらをかいた左右の太腿に兄妹猫が一匹ずつのぼって寝ている。
僕はしばらく隣をのぞいたり、ねこおにぎりのつづきをさがしたりしたあといとました。
"またお土産持参します"と書置きして。
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