封魄画帖

ちゃあき

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前編

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「先生あの女郎とは?」
「まさか」
「……へ?じゃ他の女の子と……」 
「全然ない。うまれてこのかたまったく」

僕は驚いて石動画伯の美しく男前な顔をみた。

パブのサヨも彼にはやさしかった。しかし彼はたしかにサヨをよく見もしていなかった。

「先生、男色家ですか?」
「まさか……しかし色恋沙汰には縁がないよ」

おどろいた。
あの臨場感あふれる淫らでいやらしい酒場の猥画をうみだした美しい男は、もしかしたらひときわ清らかなのだ。

アテがはずれたかもしれない。
僕はそう考えながら手元のスケッチのつづきを見た。

……——スケッチの裏になにかある。



そこには不思議な図柄がかかれていた。

三角形に耳と尾がはえていて目とひげがある。

目つきの悪い大きなサビ柄のさんかくねこと小さな白いさんかくねこだ。

そのイラストは連作になっていて、二つの握り飯に似た猫がころころ転がって穴に落ちるところで終わる。思わず紙をひっくり返して下の画帖を見てしまった。

転がり落ちたねこおにぎりを探したのだ。

お友達になれない絵に描かれた女より、この落書きのほうがむしろかわいくておもしろい。

「石動先生。ねこおにぎりのつづきはないんですか?」
「なんだねこおにぎりって」

おにぎりをさがし開いた次のスケッチブックには石動のものでない絵が描かれていた。



それは風景画だが一部が欠けて空白になっている。

「これはなぜこうなってるの?」
「ああ、それか。ちょっと見てろ」

石動は持っていた絵筆でそこに棒人間を書き足した。

するとそれはやにわにすっと消えてしまう。
僕は目を見張った。

「これは"封魄画帖ほうぱくがちょう"というらしい。街の古道具屋でスケッチブックと間違えて買ったんだが、その帰り流しの占い師に言われたのだ」

占い師いわくこの画帖の欠けたところには人の魂魄の陰の部分が入る。
それは恨みや妬みや嫉みや未練なのだと。それをここへ閉じ込めてはじめて絵は完成するらしい。


「それを信じてるの?」

「まさか。しかし不思議な仕掛けの本だろう。油か、なにかの薬品でも塗ってあるんだろうか。どんな画材でも弾いて消してしまうんだ」


その頁には月に照らされた橋の欄干と柳の木が描かれている。

石動氏が棒人間をかきたしたところに本来はこの絵の主役がいるのだ。

絵からは夏の夜風の匂いでもしそうだ。
しかしそれが欠けているせいではたして未完成のままだった。
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