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05.私もここから、動けない
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「……え?」
「僕が君を選んだんだよ。君に拒否権がないこともわかっていた。君に嫌われたくなくて、君のことは本当に大切にしてきたつもりだよ。君を悪く言う人間は片っ端から潰してまわったしね。……それでも君はずいぶんつらそうだった。見ていられなかった。このままだと君が壊れてしまうと思ったんだ。それは嫌われるよりもつらい。僕のわがままのせいで、君が壊れるようなことがあったらと思ったら怖くて」
ジョエルが自身の右手で顔を覆う。
ジョエルの告白に圧倒され、サラは何も考えられなかった。
ただ、ジョエルが苦しんでいるのはわかった。
それだけは痛いほど伝わってくる。
「僕が君の自由を奪っていたんだよな。思った通り、自由になった君はすごかった。びっくりしたよ。異国でバリバリ働いて、修復士となって戻ってきた」
僕が君の足かせになっていたんだね、と……呟く声が聞こえた気がして、サラは首を振った。
「違います。私が至らなかったから。私ではジョエル殿下に足りないと思ったから」
「今なら?」
ジョエルが手を外し、視線をこちらに向ける。
その強い視線に怯みそうになる。
「今……?」
「いや。いい。君は君の力で翼を得た。君の道を行きなさい。僕はここから動けない。……君の幸せを願っているよ、サラ」
諦めたように視線を外し、そう言って去ろうとするジョエルの腕を慌てて掴む。
ジョエルが驚いたように振り返る。
そうだ、自分はもうジョエルの婚約者でもなんでもないからこんなに気軽に触れてはいけないのだった。サラは大慌てで手を離した。
わかったことがある。
ジョエルはずっと自分の気持ちを抑えていた。
サラと同じように、ずっと、自分の気持ちを抑えていたのだ。
サラと同じように、相手に嫌われたくなくて。
五年前、きちんと話をしていればお互いの気持ちは通じ合っただろうか?
わからない。でも、五年前なら決定的に行き違っていたのではないかと思う。なぜならサラの心が今よりも頑なで、迷子になっていたから。ジョエルの言葉を素直に受け取れなかったと思うから。ジョエルの隣に立つ自信がなかったから。
今は?
自分に自信なんて、今も持っていない。
でも、あの頃よりは世の中を知ったぶん、冷静に自分の心を見下ろせる。
何よりゼロから踏み出した経験がある。
だから、今まで躊躇していたその一歩を踏み出せる。
私は五年前とは違う。
今ならジョエルと向き合える。
サラは目をあげてジョエルの青い瞳を見据えた。
「わ、私はこの国から正式な要請を受けて、ここへ来ました。王宮のギャラリーのすべての修復作業が終わるまで、私はここにいます。きっと、何年もかかる。全部終わるまで、ここにいます。私もここから、動けないんです。ジョエル殿下と一緒です」
しどろもどろと説明をする。自分でも何を言っているのかわからない。ジョエルが怪訝そうな顔をするのも当然だ。
「だから、もし、ジョエル殿下にその気があるのでしたら、私を直接雇ってください。今の私なら、絵画の修復もできるし、風景画も肖像画も描けます。それから、私もジョエル殿下の幸せを願っています。……それはもう、心から、本当に。初めてお会いした時から。婚約者になる前のお茶会に招かれた時から、ずっと」
「……」
「ずっと……私は、ジョエル殿下をお慕い申し上げておりました」
ジョエルが目を見開く。
さっきのサラと同じ。固まっているようだ。
「サラ」
ややあって、ジョエルがぎこちない動きで手を差し伸べてくる。
サラはその手に自分の手を差し出した。
引っ張られる。抱き締められる。
ああ、サラだ、本物だ……とジョエルが耳元で呟く。
「僕もずっと、サラのことが……」
「僕が君を選んだんだよ。君に拒否権がないこともわかっていた。君に嫌われたくなくて、君のことは本当に大切にしてきたつもりだよ。君を悪く言う人間は片っ端から潰してまわったしね。……それでも君はずいぶんつらそうだった。見ていられなかった。このままだと君が壊れてしまうと思ったんだ。それは嫌われるよりもつらい。僕のわがままのせいで、君が壊れるようなことがあったらと思ったら怖くて」
ジョエルが自身の右手で顔を覆う。
ジョエルの告白に圧倒され、サラは何も考えられなかった。
ただ、ジョエルが苦しんでいるのはわかった。
それだけは痛いほど伝わってくる。
「僕が君の自由を奪っていたんだよな。思った通り、自由になった君はすごかった。びっくりしたよ。異国でバリバリ働いて、修復士となって戻ってきた」
僕が君の足かせになっていたんだね、と……呟く声が聞こえた気がして、サラは首を振った。
「違います。私が至らなかったから。私ではジョエル殿下に足りないと思ったから」
「今なら?」
ジョエルが手を外し、視線をこちらに向ける。
その強い視線に怯みそうになる。
「今……?」
「いや。いい。君は君の力で翼を得た。君の道を行きなさい。僕はここから動けない。……君の幸せを願っているよ、サラ」
諦めたように視線を外し、そう言って去ろうとするジョエルの腕を慌てて掴む。
ジョエルが驚いたように振り返る。
そうだ、自分はもうジョエルの婚約者でもなんでもないからこんなに気軽に触れてはいけないのだった。サラは大慌てで手を離した。
わかったことがある。
ジョエルはずっと自分の気持ちを抑えていた。
サラと同じように、ずっと、自分の気持ちを抑えていたのだ。
サラと同じように、相手に嫌われたくなくて。
五年前、きちんと話をしていればお互いの気持ちは通じ合っただろうか?
わからない。でも、五年前なら決定的に行き違っていたのではないかと思う。なぜならサラの心が今よりも頑なで、迷子になっていたから。ジョエルの言葉を素直に受け取れなかったと思うから。ジョエルの隣に立つ自信がなかったから。
今は?
自分に自信なんて、今も持っていない。
でも、あの頃よりは世の中を知ったぶん、冷静に自分の心を見下ろせる。
何よりゼロから踏み出した経験がある。
だから、今まで躊躇していたその一歩を踏み出せる。
私は五年前とは違う。
今ならジョエルと向き合える。
サラは目をあげてジョエルの青い瞳を見据えた。
「わ、私はこの国から正式な要請を受けて、ここへ来ました。王宮のギャラリーのすべての修復作業が終わるまで、私はここにいます。きっと、何年もかかる。全部終わるまで、ここにいます。私もここから、動けないんです。ジョエル殿下と一緒です」
しどろもどろと説明をする。自分でも何を言っているのかわからない。ジョエルが怪訝そうな顔をするのも当然だ。
「だから、もし、ジョエル殿下にその気があるのでしたら、私を直接雇ってください。今の私なら、絵画の修復もできるし、風景画も肖像画も描けます。それから、私もジョエル殿下の幸せを願っています。……それはもう、心から、本当に。初めてお会いした時から。婚約者になる前のお茶会に招かれた時から、ずっと」
「……」
「ずっと……私は、ジョエル殿下をお慕い申し上げておりました」
ジョエルが目を見開く。
さっきのサラと同じ。固まっているようだ。
「サラ」
ややあって、ジョエルがぎこちない動きで手を差し伸べてくる。
サラはその手に自分の手を差し出した。
引っ張られる。抱き締められる。
ああ、サラだ、本物だ……とジョエルが耳元で呟く。
「僕もずっと、サラのことが……」
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