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02.二人の未来を私に視せて……!
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残されたのは、クレオメデス、リフェウス、ロイシュネリアの三人。
「最後の、オレがネリの婚活を邪魔しないこと、という念押しはなんなんだ?」
リフェウスが首をひねる。
「あれだろ。リフェウスはロイシュネリアを何かと目の敵にするから、ロイシュネリアの婚活も邪魔しそうだと思ったんだろう」
「……するわけがないだろう。王命なんだから」
「そう、王命。……ネリ、結婚するのか。あの小さかったネリが」
しみじみとクレオメデスが呟く。
「小さかったって。クレオ様と初めてお会いしたのは一年半前ですよね。私、今とそんなに変わらないと思うんですが」
ロイシュネリアは苦笑いを浮かべた。
「ところでネリはいくつになるんだ?」
「今、二十歳です。今度の冬で二十一になります」
「ネリ、二十歳過ぎてるのか。陛下と変わらないくらいかと思ってた」
クレオメデスが目を丸くする。
「私、年齢については前にお話しした記憶があるのですが……」
「ネリ。こいつは陛下以外のことには関心がないんだよ。こいつ自身何人もの女に『ルクレシウス様と私とどっちが大切なの』と聞かれ『ルクレシウス様』と答えてはフラれてきているからな」
「何人もの女にそんな質問をされた覚えは一切ないが、家族と陛下を天秤にかけるなら俺は陛下を選ぶ。あの方に剣を捧げているからな」
リフェウスのツッコミを華麗にかわしてクレオメデスが腰に佩いている剣に手をやる。
「ところでリフェウス、ネリの結婚話、ネリだけを呼んで話をすれば済む話なのに俺たちをまとめて呼んだということは、暗にネリに俺かリフェウスも候補に入れろと言っているように聞こえたんだが、おまえはどう思う?」
「さあ、オレには単に不器用なネリの手伝いを頼むとしか聞こえなかったけど」
「なあ、ネリ」
クレオメデスがロイシュネリアを振り返る。
「自分のことは先視できないんだよな? だったら、俺かリフェウスの嫁が誰になるかくらいは先視できないか? それくらいの先視ならそこまで負担にならないだろう? どうしてもいやだというのなら別にしなくてもいいけど」
「いや、ということはないですが……。しばらく先視も行っておりませんし」
先視はロイシュネリアの体に負担をかける。そのことをクレオメデスはもちろん、ルクレシウスもリフェウスも知っている。
「たぶん陛下は俺かおまえかをネリの夫の第一候補として考えてるんじゃないかと思って。そうなら話が早いだろ?」
「話が早い?」
ロイシュネリアが首をひねると、
「俺たちのどっちかであれば、とっととくっつけば済むもんな。まあ、俺の未来には陛下しか視えなさそうだけどな! ってことは、リフェウスだけ先視すれば済むな!」
クレオメデスが豪快に笑って答えた。
「おっと、俺もそろそろ失礼するよ。将軍たちと剣を合わせる予定があるんだ」
そう言って執務室から出ていく。
ここに残ってもしかたがないので、クレオメデスと一緒にロイシュネリアとリフェウスも執務室を出た。
クレオメデスは右に、ロイシュネリアとリフェウスは左に。
「あいつはああ言ったが、オレの未来に関しては視ないでくれるか。おまえに未来なんて視られたくない。何か、弱みを握られそうだ」
廊下を歩きながらリフェウスが言う。
「視ませんよ、あなたの未来なんて。弱みって、何。だいたいリフェウス様は私に興味なんて持っていないでしょう。何より信用できないんですから。そんなあなたが私と結婚するとは思えないし。……リフェウス様、どちらへ行かれるのですか? この先はシア神殿しかありませんが」
渡り廊下に差し掛かったところでロイシュネリアは立ち止まり、リフェウスに向き直った。
「陛下の突然の命令のせいでぼんやりしてしまった」
ちっともぼんやりしている感じではない口調でリフェウスが言う。
となると、なんらかの意図があって自分についてきたということだろうか?
「ああ、そうだ、ネリの好みとはどんな男なんだ? 陛下からネリの婚活を応援しろと言われたのだから、知り合いから好みに合いそうなのを見繕ってやる」
リフェウスの言葉に「はーん、これか」とロイシュネリアは内心でぽんと手を打った。
「好み? 突然言われましても……結婚する未来なんて考えたこともなかったから、そういうことは考えたことがないのです」
「そうか。じゃあ、これを機に考えてあとで教えてくれ。クレオメデスのヤツに後れを取ることだけはプライドが許さんからな」
そう言ってリフェウスは踵を返した。
クレオメデスとリフェウスは同い年で、何かと比較されることが多い。二人とも妙にライバル心を持っていることも知っているが、まさかそのダシに自分が使われるとは。
――勝負をしているのなら、リフェウス様が負ければいいんだわ。リフェウス様が紹介してきた人と結婚することになったら、なんだかずっと恩着せがましく言われそうだし。
そんなことになったら腹が立ってしょうがない。
クレオメデスはそんなことは言わないだろうから、うん、やっぱりクレオメデスの紹介のほうがいい。
ロイシュネリアは身も踵を返して渡り廊下に踏み出した。
この先にあるのはルクレシウスが作ってくれたシア神殿のみ。
ロイシュネリアは月と豊穣の女神シアの血を継ぐ、シアの民と呼ばれる者の末裔である。そしてロイシュネリアはシアの末裔でもごくまれにしか生まれない「女神の愛し子」――特殊な力を持って生まれてきた娘だ。神殿は、そんなシアのためにルクレシウスが用意してくれた居場所だった。
――リフェウス様に会ったのは何日ぶりかしら?
同じ王宮内にいるのに、ロイシュネリアは離れにある神殿に、リフェウスは宰相として国王ルクレシウスのそばにいる。口実がなければ会うことができない。戦場にいたころは理由なんてなく、常にリフェウスと行動を共にしていた。
会えない時間が長くなってくると、どんな顔をすればいいのかわからない。今日もいつも通りに振る舞えただろうか? 以前とテンションが違うなんてことはなかった? それが気になる。私、変じゃなかった? たぶん大丈夫……以前の通り、減らず口で横柄な態度をとれたと思う。
ロイシュネリアは足早に渡り廊下を抜けると建物に入るなり、今度は駆け足になって階段を駆け上がって祈りの部屋に飛び込む。
ここはロイシュネリアの許可がなければルクレシウスですら立ち入ることができない、「女神の愛し子」たるロイシュネリアだけの部屋。
先視のための水盤に目を向ける。
最後に先視をしたのはいつだろう。
法衣をめくり、左腕にはめているカバーを外す。
腕を隠しているのは肌を晒したくないからだ。
無数の切り傷がそこにはある。白い肌がそこだけ醜く引き攣れて、見ていると悔しさで心がいっぱいになる。
こんな切り傷、つけたかったわけじゃない。
右腕と同じ、なめらかな肌のままでいたかった。
けれど先視をするには血が必要なのだ。
――さっきの話、陛下はやっぱり私の結婚相手の第一候補としてクレオ様かリフェウス様を考えているとは思うのよ。
リフェウスは自分の先視をするなと言ったが、敬愛するルクレシウスの意向を無視することはできない。
――だからこれは、正当な理由がある先視。二人のどちらとも私の夫でなければ問題ない。
ロイシュネリアは水盤の傍らにある短剣に手を伸ばし、鞘から引き抜いた。銀色にきらめく冷たい光は、リフェウスのよう。
自分で自分の肌に刃を突き立てるのが嫌いだった。だって、痛いし血が出る。
けれど、リフェウスと知り合ってからは少しだけ怖くなくなった。手当は必ずリフェウスがしてくれたからだ。嫌味ばかりのリフェウスも、さすがに手当てをする時はロイシュネリアを気遣ってくれる。それが嬉しかったから、彼に気遣ってほしかったから、自分で刃物を突き立てる恐怖も痛みも、我慢できた。
――私もとんだ馬鹿者よね。
どれくらいの血がいるだろう。対象物が大きければ大きいほど血が必要だ。今まで敵の陣形や戦略を視ることが多かったから、多くの血を必要とした。でも国王の側近二人の結婚相手くらいなら……?
少し考えて、ロイシュネリアは水盤に手首を掲げて刃を滑らせた。
熱い痛みとともに血があふれる。
透明な水をたたえた水盤に、鮮血がしたたり落ちる。
短剣を置き、ロイシュネリアは血のしたたる左腕と、傷のない右腕を同時に水盤の上にかざした。
――さあ、あの二人の未来を私に視せて……!
「最後の、オレがネリの婚活を邪魔しないこと、という念押しはなんなんだ?」
リフェウスが首をひねる。
「あれだろ。リフェウスはロイシュネリアを何かと目の敵にするから、ロイシュネリアの婚活も邪魔しそうだと思ったんだろう」
「……するわけがないだろう。王命なんだから」
「そう、王命。……ネリ、結婚するのか。あの小さかったネリが」
しみじみとクレオメデスが呟く。
「小さかったって。クレオ様と初めてお会いしたのは一年半前ですよね。私、今とそんなに変わらないと思うんですが」
ロイシュネリアは苦笑いを浮かべた。
「ところでネリはいくつになるんだ?」
「今、二十歳です。今度の冬で二十一になります」
「ネリ、二十歳過ぎてるのか。陛下と変わらないくらいかと思ってた」
クレオメデスが目を丸くする。
「私、年齢については前にお話しした記憶があるのですが……」
「ネリ。こいつは陛下以外のことには関心がないんだよ。こいつ自身何人もの女に『ルクレシウス様と私とどっちが大切なの』と聞かれ『ルクレシウス様』と答えてはフラれてきているからな」
「何人もの女にそんな質問をされた覚えは一切ないが、家族と陛下を天秤にかけるなら俺は陛下を選ぶ。あの方に剣を捧げているからな」
リフェウスのツッコミを華麗にかわしてクレオメデスが腰に佩いている剣に手をやる。
「ところでリフェウス、ネリの結婚話、ネリだけを呼んで話をすれば済む話なのに俺たちをまとめて呼んだということは、暗にネリに俺かリフェウスも候補に入れろと言っているように聞こえたんだが、おまえはどう思う?」
「さあ、オレには単に不器用なネリの手伝いを頼むとしか聞こえなかったけど」
「なあ、ネリ」
クレオメデスがロイシュネリアを振り返る。
「自分のことは先視できないんだよな? だったら、俺かリフェウスの嫁が誰になるかくらいは先視できないか? それくらいの先視ならそこまで負担にならないだろう? どうしてもいやだというのなら別にしなくてもいいけど」
「いや、ということはないですが……。しばらく先視も行っておりませんし」
先視はロイシュネリアの体に負担をかける。そのことをクレオメデスはもちろん、ルクレシウスもリフェウスも知っている。
「たぶん陛下は俺かおまえかをネリの夫の第一候補として考えてるんじゃないかと思って。そうなら話が早いだろ?」
「話が早い?」
ロイシュネリアが首をひねると、
「俺たちのどっちかであれば、とっととくっつけば済むもんな。まあ、俺の未来には陛下しか視えなさそうだけどな! ってことは、リフェウスだけ先視すれば済むな!」
クレオメデスが豪快に笑って答えた。
「おっと、俺もそろそろ失礼するよ。将軍たちと剣を合わせる予定があるんだ」
そう言って執務室から出ていく。
ここに残ってもしかたがないので、クレオメデスと一緒にロイシュネリアとリフェウスも執務室を出た。
クレオメデスは右に、ロイシュネリアとリフェウスは左に。
「あいつはああ言ったが、オレの未来に関しては視ないでくれるか。おまえに未来なんて視られたくない。何か、弱みを握られそうだ」
廊下を歩きながらリフェウスが言う。
「視ませんよ、あなたの未来なんて。弱みって、何。だいたいリフェウス様は私に興味なんて持っていないでしょう。何より信用できないんですから。そんなあなたが私と結婚するとは思えないし。……リフェウス様、どちらへ行かれるのですか? この先はシア神殿しかありませんが」
渡り廊下に差し掛かったところでロイシュネリアは立ち止まり、リフェウスに向き直った。
「陛下の突然の命令のせいでぼんやりしてしまった」
ちっともぼんやりしている感じではない口調でリフェウスが言う。
となると、なんらかの意図があって自分についてきたということだろうか?
「ああ、そうだ、ネリの好みとはどんな男なんだ? 陛下からネリの婚活を応援しろと言われたのだから、知り合いから好みに合いそうなのを見繕ってやる」
リフェウスの言葉に「はーん、これか」とロイシュネリアは内心でぽんと手を打った。
「好み? 突然言われましても……結婚する未来なんて考えたこともなかったから、そういうことは考えたことがないのです」
「そうか。じゃあ、これを機に考えてあとで教えてくれ。クレオメデスのヤツに後れを取ることだけはプライドが許さんからな」
そう言ってリフェウスは踵を返した。
クレオメデスとリフェウスは同い年で、何かと比較されることが多い。二人とも妙にライバル心を持っていることも知っているが、まさかそのダシに自分が使われるとは。
――勝負をしているのなら、リフェウス様が負ければいいんだわ。リフェウス様が紹介してきた人と結婚することになったら、なんだかずっと恩着せがましく言われそうだし。
そんなことになったら腹が立ってしょうがない。
クレオメデスはそんなことは言わないだろうから、うん、やっぱりクレオメデスの紹介のほうがいい。
ロイシュネリアは身も踵を返して渡り廊下に踏み出した。
この先にあるのはルクレシウスが作ってくれたシア神殿のみ。
ロイシュネリアは月と豊穣の女神シアの血を継ぐ、シアの民と呼ばれる者の末裔である。そしてロイシュネリアはシアの末裔でもごくまれにしか生まれない「女神の愛し子」――特殊な力を持って生まれてきた娘だ。神殿は、そんなシアのためにルクレシウスが用意してくれた居場所だった。
――リフェウス様に会ったのは何日ぶりかしら?
同じ王宮内にいるのに、ロイシュネリアは離れにある神殿に、リフェウスは宰相として国王ルクレシウスのそばにいる。口実がなければ会うことができない。戦場にいたころは理由なんてなく、常にリフェウスと行動を共にしていた。
会えない時間が長くなってくると、どんな顔をすればいいのかわからない。今日もいつも通りに振る舞えただろうか? 以前とテンションが違うなんてことはなかった? それが気になる。私、変じゃなかった? たぶん大丈夫……以前の通り、減らず口で横柄な態度をとれたと思う。
ロイシュネリアは足早に渡り廊下を抜けると建物に入るなり、今度は駆け足になって階段を駆け上がって祈りの部屋に飛び込む。
ここはロイシュネリアの許可がなければルクレシウスですら立ち入ることができない、「女神の愛し子」たるロイシュネリアだけの部屋。
先視のための水盤に目を向ける。
最後に先視をしたのはいつだろう。
法衣をめくり、左腕にはめているカバーを外す。
腕を隠しているのは肌を晒したくないからだ。
無数の切り傷がそこにはある。白い肌がそこだけ醜く引き攣れて、見ていると悔しさで心がいっぱいになる。
こんな切り傷、つけたかったわけじゃない。
右腕と同じ、なめらかな肌のままでいたかった。
けれど先視をするには血が必要なのだ。
――さっきの話、陛下はやっぱり私の結婚相手の第一候補としてクレオ様かリフェウス様を考えているとは思うのよ。
リフェウスは自分の先視をするなと言ったが、敬愛するルクレシウスの意向を無視することはできない。
――だからこれは、正当な理由がある先視。二人のどちらとも私の夫でなければ問題ない。
ロイシュネリアは水盤の傍らにある短剣に手を伸ばし、鞘から引き抜いた。銀色にきらめく冷たい光は、リフェウスのよう。
自分で自分の肌に刃を突き立てるのが嫌いだった。だって、痛いし血が出る。
けれど、リフェウスと知り合ってからは少しだけ怖くなくなった。手当は必ずリフェウスがしてくれたからだ。嫌味ばかりのリフェウスも、さすがに手当てをする時はロイシュネリアを気遣ってくれる。それが嬉しかったから、彼に気遣ってほしかったから、自分で刃物を突き立てる恐怖も痛みも、我慢できた。
――私もとんだ馬鹿者よね。
どれくらいの血がいるだろう。対象物が大きければ大きいほど血が必要だ。今まで敵の陣形や戦略を視ることが多かったから、多くの血を必要とした。でも国王の側近二人の結婚相手くらいなら……?
少し考えて、ロイシュネリアは水盤に手首を掲げて刃を滑らせた。
熱い痛みとともに血があふれる。
透明な水をたたえた水盤に、鮮血がしたたり落ちる。
短剣を置き、ロイシュネリアは血のしたたる左腕と、傷のない右腕を同時に水盤の上にかざした。
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