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01.あなたに結婚を命じる
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「ロイシュネリア様、陛下がお呼びでございます」
「陛下が?」
女官の一人にそう告げられ、ロイシュネリアは顔を上げた。
場所は王宮内にある月と豊穣の女神シアの神殿。シアの女神官であるロイシュネリアのために、主君ルクレシウスが城の一部を改造してわざわざ作ってくれたのだ。
「今、参ります」
ロイシュネリアは白い法衣を払うと立ち上がり、女官についていくことにした。
弱冠十六歳の国王ルクレシウスが即位して半年、一時は大混乱に陥っていたここエランジェ王国もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「もうすっかり夏ね」
長い廊下の窓から外を見つめロイシュネリアが呟くと、
「そうですね」
女官も頷いた。
案内されたのはルクレシウスの執務室だ。
ドアをノックして中に入ると、すでに来ていた二人が振り返る。
二人とも背の高い成人男性だ。
一人は燃えるような赤い髪の毛に金色の目を持つ「炎の将軍」ことクレオメデス。背が高く体つきががっしりしており、いかにも武人といった風情だ。精悍な顔立ちをしており、太い眉毛が意志の強さを、くりくりとした目が愛嬌を添えている。
もう一人は銀色の髪の毛に淡い青色の目を持つ「氷の宰相」ことリフェウス。少し前までは宰相ではなく軍師として名をとどろかせていた。こちらもクレオメデスと同じくらいの背の高さだが、クレオメデスとは対照的にほっそりした体躯に整った顔立ちをしている。切れ長の目に宿る光は冷たく、見る者を凍えさせる。
二人の向こうにある執務席には、琥珀色の髪と目を持つエランジェ王国の若き国王ルクレシウスが座っている。大人になる前の中性的な雰囲気を持つ、優美な顔立ちの少年王だ。
「全員そろったね」
ドアを閉じて炎の将軍と氷の軍師の間に立つのは、長い黒髪に新緑の瞳を持つ「先視姫」ことロイシュネリア。月と豊穣の女神シアに仕える女神官だ。
「俺たちをこうして改めて呼び出すなんて、何か起きたのですか? またルウォールが侵攻を企てているとか?」
クレオメデスがたずねる。
「ルウォールはエランジェには手出しできないよ。こっちはノドス帝国と同盟を結んでいる。エランジェに侵攻すると、自動的にノドスがルウォールを攻撃する。ルウォールも戦争で疲れているから、しばらくはどことも戦う気にはなれないんじゃないかな」
「では一体、どんな用事でオレたち三人を呼んだのでしょうか?」
リフェウスが目を細める。
「実は、ロイシュネリアのことなんだけれど」
ルクレシウスに名を呼ばれ、ロイシュネリアは思わず目を見開いた。自分のことで国王が最側近たちを呼びつけるとは思わなかったからだ。
「あなたの主は僕で三人目、だったよね」
「……そうですね」
ルクレシウスのうかがうような眼差しに、思わず怪訝な声が出てしまう。
「ロイシュネリアは僕の前の二人にも誠心誠意、仕えていた」
琥珀色の瞳がじっとロイシュネリアを見つめる。
「……そうしなければ生きていけませんでしたから」
なんだか雲行きがあやしい。嫌な予感がする。
「うん、知ってる。そしてロイシュネリアの能力の高さもね。クレオメデスもリフェウスも、異論はないね?」
ルクレシウスの確認に、炎と氷の二人が頷く。
「今、この国はルウォールとの戦争を終えたばかりだし、僕も国王に即位したばかりだ。まだまだ不安定で、何が起こるかわからない。誰かがロイシュネリアを奪い去る可能性はなくなっていない。そうなるとあなたは新たな君主に仕え、再び僕たちの脅威となる」
「陛下。それはロイシュネリアに対して失礼というものですよ」
ルクレシウスを諫めたのは炎のクレオメデスだった。
「この一年半、ロイシュネリアは陛下のために身を削って先視を続けてきました。ロイシュネリアの痛みなくして我々の勝利はありませんでした。彼女の献身を疑うおつもりですか」
「わかっている。ロイシュネリアには感謝している。でも、僕は不安なんだ」
ルクレシウスが立ち上がり、ゆっくりと三人の前にやってくる。
「ロイシュネリアが、どこかに行ってしまうのがとても不安なんだ」
「私はどこにも行きませんわ、陛下」
ルクレシウスの不安を追い払うように、ロイシュネリアは微笑んでみせた。
「これからも陛下のためにのみ、先視の力を使う所存でございます。先視の私にこの力を使わなくてもいいと言ってくださったのは、ルクレシウス陛下だけですから」
ロイシュネリアの言葉にルクレシウスが満足そうに頷く。
「僕は、ロイシュネリアには幸せになってほしい。あなたが今まで失ってきたもの、流してきた涙、知らないわけじゃない。そしてそんなあなたが生き抜くために自分の力を使うことを、僕は止められない」
「前に仕えていたルウォールの情報も包み隠さず、我々に提供してくれたくらいだからな」
右隣にいる銀髪の男、「氷の宰相」リフェウスがちらりとロイシュネリアを見る。
むか。
「お言葉ですが、私はルウォールのことは好きではありませんでした。彼らは私の家族の命を奪った。先視をしなければ私の命はないと言われたら、力を差し出すのは当然でしょう?」
「おまえは主が変わるたびに同じことをしてきた。そのおまえが忠誠心を語っても、いまいち信用できないな」
再びリフェウスが揚げ足を取ってくる。
むかむか。
「二人ともそれくらいに。喧嘩なら、よそでやってくれるかな」
何か言い返してやろうと考えていたところに、ルクレシウスの声が飛んでくる。おっと、主君の気分を害するようなことはしてはいけないのだ。ロイシュネリアは居住まいを正した。腹が立つからといってここでリフェウスの挑発に乗ると、さらにひどいことになる。大人にならなくては。
ルウォールに囚われていたところをルクレシウスに連れ出されてからこっち、ロイシュネリアはリフェウスと行動を共にすることが多かった。ルクレシウスはロイシュネリアの左隣にいる赤髪の男、「炎の将軍」を始めとした将軍たちと行動していた。
ロイシュネリアの未来を垣間見る「先視」の力は、当時は軍師だったリフェウスと相性が良かったのだ。
能力の相性がいいからといって、性格の相性もいいとは限らない。
リフェウスが前々からロイシュネリアの力を危険視しているのは知っている。未来を視る力は誰にとってもたまらなく魅力的だ。そしてロイシュネリアは今まで仕えてきた人間には惜しまずその力を差し出してきた。
生きていくためにはそうせざるを得なかったのだが、そうしてきた過去がここにいる三人に不信感を与えているのもわかっている。特にリフェウス。
「だからこそ、あなたは僕の元で幸せになってほしい。ロイシュネリア、あなたに結婚を命じる」
「……け、結婚ですか……?」
いきなりの命令に、ロイシュネリアは驚きを隠せなかった。
「あなたに結婚を命じる理由は二つ。一つ目はさっき言ったように、あなたには幸せになってほしいこと。二つ目は、確か、月の女神シアの力は処女でなくなれば失われるものであること。あなたが結婚してシアの力を失えば、あなたを誰かに利用されなくて済む。あなたは僕の脅威にはならない。僕はあなたを狩る側には回りたくない。あなたは大切な友達だから」
ルクレシウスの言葉にロイシュネリアは目を伏せた。
この国の王に友達と言ってもらえた。嬉しい。
「もったいないお言葉でございます」
「というわけで、ロイシュネリアは早々に婚活を始めて。相手は誰でもいいけれど、結婚前には僕の前に連れてきてね。僕のかわいいロイシュネリアを奪っていく男には一発お見舞いしてやらないと気が済まない」
「陛下、言っていることがめちゃくちゃですよ」
ふん、と鼻を鳴らしてこぶしを握り締めたルクレシウスに、クレオメデスが呆れる。
「それなら陛下がネリを娶ればいいのでは?」
リフェウスが冷静に進言する。ネリはロイシュネリアの愛称で、ここにいる三人しか使わない。
「そうしたいのはやまやまだけど」
「やまやまなんですね」
「やまやまだけど僕は同盟強化のため、ノドスの姫との結婚が決まっているから。ロイシュネリアを愛人にするという選択肢がないわけではないけれど」
「十六歳のセリフとは思えないですよ、陛下」
クレオメデスが額を押さえる。
「遠くから嫁いでくるノドスの姫に対して、誠実でありたいと思うんだ。――ロイシュネリア、今まで僕のために命を削ってくれてありがとう。今度は、自分のためにその命を使って。で、クレオメデスとリフェウスはロイシュネリアの婚活に協力すること。いいね? これも国王命令だよ。特に、リフェウス。ロイシュネリアの婚活を邪魔しないこと」
「なぜオレだけ……」
コンコンと執務室のドアがノックされる。ルクレシウスが返事をすると侍従長が予定を告げに来た。
「悪い。人に会う約束をしていたから失礼する」
そう言い残してルクレシウスが執務室を出ていく。
「陛下が?」
女官の一人にそう告げられ、ロイシュネリアは顔を上げた。
場所は王宮内にある月と豊穣の女神シアの神殿。シアの女神官であるロイシュネリアのために、主君ルクレシウスが城の一部を改造してわざわざ作ってくれたのだ。
「今、参ります」
ロイシュネリアは白い法衣を払うと立ち上がり、女官についていくことにした。
弱冠十六歳の国王ルクレシウスが即位して半年、一時は大混乱に陥っていたここエランジェ王国もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「もうすっかり夏ね」
長い廊下の窓から外を見つめロイシュネリアが呟くと、
「そうですね」
女官も頷いた。
案内されたのはルクレシウスの執務室だ。
ドアをノックして中に入ると、すでに来ていた二人が振り返る。
二人とも背の高い成人男性だ。
一人は燃えるような赤い髪の毛に金色の目を持つ「炎の将軍」ことクレオメデス。背が高く体つきががっしりしており、いかにも武人といった風情だ。精悍な顔立ちをしており、太い眉毛が意志の強さを、くりくりとした目が愛嬌を添えている。
もう一人は銀色の髪の毛に淡い青色の目を持つ「氷の宰相」ことリフェウス。少し前までは宰相ではなく軍師として名をとどろかせていた。こちらもクレオメデスと同じくらいの背の高さだが、クレオメデスとは対照的にほっそりした体躯に整った顔立ちをしている。切れ長の目に宿る光は冷たく、見る者を凍えさせる。
二人の向こうにある執務席には、琥珀色の髪と目を持つエランジェ王国の若き国王ルクレシウスが座っている。大人になる前の中性的な雰囲気を持つ、優美な顔立ちの少年王だ。
「全員そろったね」
ドアを閉じて炎の将軍と氷の軍師の間に立つのは、長い黒髪に新緑の瞳を持つ「先視姫」ことロイシュネリア。月と豊穣の女神シアに仕える女神官だ。
「俺たちをこうして改めて呼び出すなんて、何か起きたのですか? またルウォールが侵攻を企てているとか?」
クレオメデスがたずねる。
「ルウォールはエランジェには手出しできないよ。こっちはノドス帝国と同盟を結んでいる。エランジェに侵攻すると、自動的にノドスがルウォールを攻撃する。ルウォールも戦争で疲れているから、しばらくはどことも戦う気にはなれないんじゃないかな」
「では一体、どんな用事でオレたち三人を呼んだのでしょうか?」
リフェウスが目を細める。
「実は、ロイシュネリアのことなんだけれど」
ルクレシウスに名を呼ばれ、ロイシュネリアは思わず目を見開いた。自分のことで国王が最側近たちを呼びつけるとは思わなかったからだ。
「あなたの主は僕で三人目、だったよね」
「……そうですね」
ルクレシウスのうかがうような眼差しに、思わず怪訝な声が出てしまう。
「ロイシュネリアは僕の前の二人にも誠心誠意、仕えていた」
琥珀色の瞳がじっとロイシュネリアを見つめる。
「……そうしなければ生きていけませんでしたから」
なんだか雲行きがあやしい。嫌な予感がする。
「うん、知ってる。そしてロイシュネリアの能力の高さもね。クレオメデスもリフェウスも、異論はないね?」
ルクレシウスの確認に、炎と氷の二人が頷く。
「今、この国はルウォールとの戦争を終えたばかりだし、僕も国王に即位したばかりだ。まだまだ不安定で、何が起こるかわからない。誰かがロイシュネリアを奪い去る可能性はなくなっていない。そうなるとあなたは新たな君主に仕え、再び僕たちの脅威となる」
「陛下。それはロイシュネリアに対して失礼というものですよ」
ルクレシウスを諫めたのは炎のクレオメデスだった。
「この一年半、ロイシュネリアは陛下のために身を削って先視を続けてきました。ロイシュネリアの痛みなくして我々の勝利はありませんでした。彼女の献身を疑うおつもりですか」
「わかっている。ロイシュネリアには感謝している。でも、僕は不安なんだ」
ルクレシウスが立ち上がり、ゆっくりと三人の前にやってくる。
「ロイシュネリアが、どこかに行ってしまうのがとても不安なんだ」
「私はどこにも行きませんわ、陛下」
ルクレシウスの不安を追い払うように、ロイシュネリアは微笑んでみせた。
「これからも陛下のためにのみ、先視の力を使う所存でございます。先視の私にこの力を使わなくてもいいと言ってくださったのは、ルクレシウス陛下だけですから」
ロイシュネリアの言葉にルクレシウスが満足そうに頷く。
「僕は、ロイシュネリアには幸せになってほしい。あなたが今まで失ってきたもの、流してきた涙、知らないわけじゃない。そしてそんなあなたが生き抜くために自分の力を使うことを、僕は止められない」
「前に仕えていたルウォールの情報も包み隠さず、我々に提供してくれたくらいだからな」
右隣にいる銀髪の男、「氷の宰相」リフェウスがちらりとロイシュネリアを見る。
むか。
「お言葉ですが、私はルウォールのことは好きではありませんでした。彼らは私の家族の命を奪った。先視をしなければ私の命はないと言われたら、力を差し出すのは当然でしょう?」
「おまえは主が変わるたびに同じことをしてきた。そのおまえが忠誠心を語っても、いまいち信用できないな」
再びリフェウスが揚げ足を取ってくる。
むかむか。
「二人ともそれくらいに。喧嘩なら、よそでやってくれるかな」
何か言い返してやろうと考えていたところに、ルクレシウスの声が飛んでくる。おっと、主君の気分を害するようなことはしてはいけないのだ。ロイシュネリアは居住まいを正した。腹が立つからといってここでリフェウスの挑発に乗ると、さらにひどいことになる。大人にならなくては。
ルウォールに囚われていたところをルクレシウスに連れ出されてからこっち、ロイシュネリアはリフェウスと行動を共にすることが多かった。ルクレシウスはロイシュネリアの左隣にいる赤髪の男、「炎の将軍」を始めとした将軍たちと行動していた。
ロイシュネリアの未来を垣間見る「先視」の力は、当時は軍師だったリフェウスと相性が良かったのだ。
能力の相性がいいからといって、性格の相性もいいとは限らない。
リフェウスが前々からロイシュネリアの力を危険視しているのは知っている。未来を視る力は誰にとってもたまらなく魅力的だ。そしてロイシュネリアは今まで仕えてきた人間には惜しまずその力を差し出してきた。
生きていくためにはそうせざるを得なかったのだが、そうしてきた過去がここにいる三人に不信感を与えているのもわかっている。特にリフェウス。
「だからこそ、あなたは僕の元で幸せになってほしい。ロイシュネリア、あなたに結婚を命じる」
「……け、結婚ですか……?」
いきなりの命令に、ロイシュネリアは驚きを隠せなかった。
「あなたに結婚を命じる理由は二つ。一つ目はさっき言ったように、あなたには幸せになってほしいこと。二つ目は、確か、月の女神シアの力は処女でなくなれば失われるものであること。あなたが結婚してシアの力を失えば、あなたを誰かに利用されなくて済む。あなたは僕の脅威にはならない。僕はあなたを狩る側には回りたくない。あなたは大切な友達だから」
ルクレシウスの言葉にロイシュネリアは目を伏せた。
この国の王に友達と言ってもらえた。嬉しい。
「もったいないお言葉でございます」
「というわけで、ロイシュネリアは早々に婚活を始めて。相手は誰でもいいけれど、結婚前には僕の前に連れてきてね。僕のかわいいロイシュネリアを奪っていく男には一発お見舞いしてやらないと気が済まない」
「陛下、言っていることがめちゃくちゃですよ」
ふん、と鼻を鳴らしてこぶしを握り締めたルクレシウスに、クレオメデスが呆れる。
「それなら陛下がネリを娶ればいいのでは?」
リフェウスが冷静に進言する。ネリはロイシュネリアの愛称で、ここにいる三人しか使わない。
「そうしたいのはやまやまだけど」
「やまやまなんですね」
「やまやまだけど僕は同盟強化のため、ノドスの姫との結婚が決まっているから。ロイシュネリアを愛人にするという選択肢がないわけではないけれど」
「十六歳のセリフとは思えないですよ、陛下」
クレオメデスが額を押さえる。
「遠くから嫁いでくるノドスの姫に対して、誠実でありたいと思うんだ。――ロイシュネリア、今まで僕のために命を削ってくれてありがとう。今度は、自分のためにその命を使って。で、クレオメデスとリフェウスはロイシュネリアの婚活に協力すること。いいね? これも国王命令だよ。特に、リフェウス。ロイシュネリアの婚活を邪魔しないこと」
「なぜオレだけ……」
コンコンと執務室のドアがノックされる。ルクレシウスが返事をすると侍従長が予定を告げに来た。
「悪い。人に会う約束をしていたから失礼する」
そう言い残してルクレシウスが執務室を出ていく。
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