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17.メーアの遺言
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夢を見た。
なぜか夢だとわかった。
この風景には見覚えがある。ここは戦場。魔術師の天幕の中。
自分は少年姿だった。
エヴァンの唐突な質問に、メーアが振り返る。
ああ、思い出した。これは、メーアが死ぬ少し前の風景だ。
なんとなく、エヴァンはメーアに「生まれ変わったら何になりたいか」聞いてみたことがあった。あの時の風景に違いない。
夢というよりは古い記憶を見ているようだ。
でもどうしてメーアの夢を見ているのだろう?
古い記憶も含め、メーアは今まで一度として夢に出てきたことはないのに。
***
「生まれ変わったら?」
エヴァンの唐突な問いかけに、メーアが怪訝そうな顔をする。
「そう。師匠は、生まれ変わったら何になりたい?」
「そうだなぁ……普通の人間に生まれたいね」
「普通の、女の子ですか?」
エヴァンの確認に、メーアが「そうそう」と頷く。
「ちっちゃくて、目が大きな女の子がいいね。金色の巻き毛に、青い目のね。ふわふわのドレスが似合うような」
「……」
「今、らしくない、って思っただろう」
「思ってないですよ」
メーアが軽く睨んでくるので、エヴァンは慌てて首を振った。
「魔力なんて持ってなくてさ。両親がいて、学校に通ってさ。教室で友達と気になる男の子について話したりする、そういう女の子になりたいよね。今の私と正反対の」
「……もし、そういう女の子に生まれ変わったら、師匠は、何をしたいですか?」
「そうねぇ……恋をしたいな。普通のね」
「普通の?」
「そう。そしてその人と結婚して子どもを産んで育てるの。平和で平凡な人生を送りたい。孫娘に、おばあちゃんの人生って退屈ね、って言われるような。なんてね」
言いながら照れてきたのか、メーアがほんの少し顔を赤らめて笑った。
「エヴァンは? 生まれ変わったら何になりたい?」
「俺は……」
少し考えて、
「……年上に、生まれたいです」
「は? 年上? だれの? なんで?」
メーアが不思議そうに聞き返す。
「だって、年下だとたぶんいつまでもガキ扱いされますから。やっぱ年上がいいです」
「はーん? 何、エヴァン、好きな子がいるのぉ? でもって年上なんだ!」
話の流れからそう推測したメーアが突然ニヤニヤ笑いだす。
「そっかー、そっかー、エヴァンにも好きな子がねぇぇ! 応援するよ! 大丈夫だよ、エヴァンは背が高くなりそうだからね。あと二、三年もしたらその子もびっくりするよ。きっと振り向いてもらえる! 振り向いてもらえるように私がばっちりいい男に鍛え上げてあげるから!」
ひとしきり笑ったあと、メーアがふと真顔になる。
「幸せになりなさい、エヴァン。あなたは幸せになるために生まれてきたのよ。誰にも遠慮しなくてもいいんだから」
***
メーアの最期の言葉は「生き延びて幸せになりなさい」だった。
でも俺は、メーアがいない世界で幸せになれるとは思わないんです。
メーアは俺のすべてでした。
ごめんなさい。俺はメーアの遺言を守れそうにない。
転生の術はうまくいきましたか?
ちゃんと生まれ変われましたか?
魔力を視る目を失ったから、メーアを捜す方法がないんです。
でもメーアの最期の言葉が俺を縛る。メーアが助けてくれた命ですから、幸せはともかく、できる限り生き延びようとは思います。それが、俺ができるメーアへのせめてもの恩返しだと思うから。
この空の下のどこかにメーアがいるはず。それを心の支えに生きてきました。
もう一度、会いたかったんです。
会ったら、お礼を言いたい。俺なんかに優しくしてくれてありがとう。
そして好きだと伝えたい。
メーアはなんて言うだろう。困った顔をするかな。俺なんかに好かれても嬉しくないかな。
十八年かかりました。
諦めなくてよかった。
俺はちゃんとメーアを転生させられていた。
そして俺はそのメーアを見つけられた。
魔力が視えなくても、意識が朦朧としていても、俺にはメーアがわかりました。すごいでしょう?
生まれ変わったメーアは、金色の髪の毛に青い瞳の、小柄な女の子でしたよ。
魔力を持たない、普通の女の子です。
メーアの願った通りの姿でした。
メーアっぽい時もあるけど、普段はあまりメーアっぽくありません。
俺より十四歳年下です。
とてもかわいいです。
「へえ、それで?」
メーアが少し首を傾げ、片腕を腰に当て、おもしろそうな色を浮かべた目でこちらを見つめる。
場所は戦場の天幕の中。
でも違和感。
メーアと対峙するエヴァンは少年ではなく、現在の、大人の姿だった。
だからこれは夢だ。古い記憶ではなくて、本当の夢。
「今度、その子と結婚するんです、俺」
メーアにそう告げると、
「よかったわね」
メーアがにっこり笑う。
「ええ。……これで師匠に、報告ができます」
俺はあなたの遺言通り、生き延びて、幸せを手に入れましたよ、と。
エヴァンの言葉にメーアは満足そうに頷き、そしてほどけるように消えていった。
今まで一度もメーアがエヴァンの夢に出てこなかったのは、この報告を聞くためだったのかもしれない。
なぜか夢だとわかった。
この風景には見覚えがある。ここは戦場。魔術師の天幕の中。
自分は少年姿だった。
エヴァンの唐突な質問に、メーアが振り返る。
ああ、思い出した。これは、メーアが死ぬ少し前の風景だ。
なんとなく、エヴァンはメーアに「生まれ変わったら何になりたいか」聞いてみたことがあった。あの時の風景に違いない。
夢というよりは古い記憶を見ているようだ。
でもどうしてメーアの夢を見ているのだろう?
古い記憶も含め、メーアは今まで一度として夢に出てきたことはないのに。
***
「生まれ変わったら?」
エヴァンの唐突な問いかけに、メーアが怪訝そうな顔をする。
「そう。師匠は、生まれ変わったら何になりたい?」
「そうだなぁ……普通の人間に生まれたいね」
「普通の、女の子ですか?」
エヴァンの確認に、メーアが「そうそう」と頷く。
「ちっちゃくて、目が大きな女の子がいいね。金色の巻き毛に、青い目のね。ふわふわのドレスが似合うような」
「……」
「今、らしくない、って思っただろう」
「思ってないですよ」
メーアが軽く睨んでくるので、エヴァンは慌てて首を振った。
「魔力なんて持ってなくてさ。両親がいて、学校に通ってさ。教室で友達と気になる男の子について話したりする、そういう女の子になりたいよね。今の私と正反対の」
「……もし、そういう女の子に生まれ変わったら、師匠は、何をしたいですか?」
「そうねぇ……恋をしたいな。普通のね」
「普通の?」
「そう。そしてその人と結婚して子どもを産んで育てるの。平和で平凡な人生を送りたい。孫娘に、おばあちゃんの人生って退屈ね、って言われるような。なんてね」
言いながら照れてきたのか、メーアがほんの少し顔を赤らめて笑った。
「エヴァンは? 生まれ変わったら何になりたい?」
「俺は……」
少し考えて、
「……年上に、生まれたいです」
「は? 年上? だれの? なんで?」
メーアが不思議そうに聞き返す。
「だって、年下だとたぶんいつまでもガキ扱いされますから。やっぱ年上がいいです」
「はーん? 何、エヴァン、好きな子がいるのぉ? でもって年上なんだ!」
話の流れからそう推測したメーアが突然ニヤニヤ笑いだす。
「そっかー、そっかー、エヴァンにも好きな子がねぇぇ! 応援するよ! 大丈夫だよ、エヴァンは背が高くなりそうだからね。あと二、三年もしたらその子もびっくりするよ。きっと振り向いてもらえる! 振り向いてもらえるように私がばっちりいい男に鍛え上げてあげるから!」
ひとしきり笑ったあと、メーアがふと真顔になる。
「幸せになりなさい、エヴァン。あなたは幸せになるために生まれてきたのよ。誰にも遠慮しなくてもいいんだから」
***
メーアの最期の言葉は「生き延びて幸せになりなさい」だった。
でも俺は、メーアがいない世界で幸せになれるとは思わないんです。
メーアは俺のすべてでした。
ごめんなさい。俺はメーアの遺言を守れそうにない。
転生の術はうまくいきましたか?
ちゃんと生まれ変われましたか?
魔力を視る目を失ったから、メーアを捜す方法がないんです。
でもメーアの最期の言葉が俺を縛る。メーアが助けてくれた命ですから、幸せはともかく、できる限り生き延びようとは思います。それが、俺ができるメーアへのせめてもの恩返しだと思うから。
この空の下のどこかにメーアがいるはず。それを心の支えに生きてきました。
もう一度、会いたかったんです。
会ったら、お礼を言いたい。俺なんかに優しくしてくれてありがとう。
そして好きだと伝えたい。
メーアはなんて言うだろう。困った顔をするかな。俺なんかに好かれても嬉しくないかな。
十八年かかりました。
諦めなくてよかった。
俺はちゃんとメーアを転生させられていた。
そして俺はそのメーアを見つけられた。
魔力が視えなくても、意識が朦朧としていても、俺にはメーアがわかりました。すごいでしょう?
生まれ変わったメーアは、金色の髪の毛に青い瞳の、小柄な女の子でしたよ。
魔力を持たない、普通の女の子です。
メーアの願った通りの姿でした。
メーアっぽい時もあるけど、普段はあまりメーアっぽくありません。
俺より十四歳年下です。
とてもかわいいです。
「へえ、それで?」
メーアが少し首を傾げ、片腕を腰に当て、おもしろそうな色を浮かべた目でこちらを見つめる。
場所は戦場の天幕の中。
でも違和感。
メーアと対峙するエヴァンは少年ではなく、現在の、大人の姿だった。
だからこれは夢だ。古い記憶ではなくて、本当の夢。
「今度、その子と結婚するんです、俺」
メーアにそう告げると、
「よかったわね」
メーアがにっこり笑う。
「ええ。……これで師匠に、報告ができます」
俺はあなたの遺言通り、生き延びて、幸せを手に入れましたよ、と。
エヴァンの言葉にメーアは満足そうに頷き、そしてほどけるように消えていった。
今まで一度もメーアがエヴァンの夢に出てこなかったのは、この報告を聞くためだったのかもしれない。
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