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11.王都にて

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 エヴァンが王都に戻ってきた時には、すでに日はだいぶ傾いていた。
 忙しい時間帯だというのは承知で、エヴァンはメイド長を呼び出す。

「単刀直入に言う。アンナ・ベッセルを捜している。この娘との面接の内容を教えてくれ」
「今朝、こちらの事務官の問い合わせに答えた通りですわ、アルデバラン閣下。アンナ・ベッセルは、ベッセル伯爵家の遠縁で、両親を亡くしたあとベッセル家で下女をしていたと聞いています。言葉遣いもきれいでしたし、面接態度も悪くありませんでした。給仕の実技試験も問題なく。ベッセル家の紋章が入った指輪を持っておりましたので、縁がある者と判断して採用しました」

 メイド長は不機嫌にはならなかったが、表情のない顔で淡々と答える。
 お偉方を相手にしているので、淡々とした対応が身についているのだろう。
 実に王宮の人間らしい。

「住んでいる場所や、今何をしているかとかは……」
「現在どこに住んでいるかは確認しておりません。臨時のお手伝いなので、指定された日に指定された動きをしてくれればいいだけですから」
「この娘は王宮メイドを希望していたはずだが、どうなった?」

 午前中の調査書にも「王宮メイドへの採用はない」と記してあったが、念のために聞いてみる。

「残念ながら、体調管理と勤務態度に問題点が見られましたので、王宮メイドへの採用は見送りました」
「俺が迷惑をかけたせいでも?」
「閣下。王宮は、剣のない戦場なのです。私は王宮メイドには常にベストパフォーマンスを求めます。私はあらかじめ、働きによっては王宮メイドに採用すると、臨時バイトの子たちには伝えておりました。それを生かせなかったのは彼女の落ち度です」
「俺が外で倒れているなんて、予測不可能だろう。彼女に落ち度はないはずだ」
「落ち度はありませんが、運もありませんでした。ほかにもよく働く良家の子女は何人もいました」

 メイド長の言葉にイライラする。
 まるでアンナを使えないモノみたいに言うな。

「アンナ・ベッセルを王宮メイドにということでしたら、どなたかの紹介状があれば検討できます。アルデバラン閣下の推薦であっても大丈夫ですよ」

 エヴァンの苛立ちを感じ取ったらしいメイド長が、取ってつけたように言う。

「……俺はアンナ・ベッセルを捜している。アンナの居場所を知りそうな人間はいないか?」

 王宮にアンナを置きたくないな、と思いながらエヴァンはメイド長を呼び出した目的を口にした。

「そうですね。臨時バイトは二人一組で仕事に取り組ませました。アンナ・ベッセルのペアの子なら居場所を知っているかもしれません」
「アンナとペアを組んでいたのは誰だ?」
「主計局に名簿が残っているはずです。持ってこさせましょう」
「いい、俺が取りにいくから君はここで待機していてくれ!」

 エヴァンはそう叫ぶと、部屋を飛び出した。

 十分後。

「ああ、この娘です」

 エヴァンが主計局から強奪してきた臨時バイトの名簿の一部を指さし、メイド長が頷く。

「ソフィア・マクレガー。南部の豪農の娘で、王都の学園に通っている子ですね。寮ではなくタウンハウス住まいということでした。王宮メイドへの志望はなく、王宮の中を見るために臨時バイトに応募したのだとか」

 メイド長が答える。

「学園か……」
「学園に問い合わせれば、ソフィア・マクレガーの住まいもわかるでしょう。しかし本日はもう遅いので、確認するのなら明日になさったほうがよろしいかと」
「……」
「お役に立てましたか? 忙しいのでそろそろ失礼させていただきます、閣下」

 そう言うと、エヴァンが答えるよりも前にメイド長は頭を下げて踵を返し、団長室を出て行った。

 ――学園に確認するのは、確かに明日でないと無理そうだな。

 手元に残された名簿を見ながらエヴァンもそう思うが、

 ――手段がないわけではないんだよな。

 一刻も早くアンナをつかまえたい。

 エヴァンは団長室を飛び出すと、仕事終わった帰ろう~♪ と鼻歌を歌っていた事務官(今朝がたさんざん睨みつけた彼女である)に名簿を主計局に返すように言いつけ(彼女は固まっていた)、王宮を飛び出した。
 向かう先は贔屓にしている雑貨店である。

***

 なんでも扱っているその店にいるのは、かつてのメーアの部下、エヴァンの先輩にあたる「元魔術師」だ。メーアの死後、エヴァンが助けを求めた人物でもある。大ケガをして戦場の魔術師を引退したあと、王都の真ん中で雑貨店を開いた。頼めばなんでも仕入れてくれる、大変心強い存在だ。

「だからって閉店間際に駆けこんで情報売れはないだろうがよ」

 シャッターを閉めようとしていた片足が義足の中年男性――店主である――が、その閉めかけたシャッターに足をねじ込んで店じまいを阻止してきた後輩を睨む。

「急ぎなんだ」
「おまえ自身がここに来るんだから、急ぎなのはわかる。だからって、五分後にハイどうぞってわけにはいかないぞ? まあ、ものによるがな」
「ソフィア・マクレガーという娘の居場所を知りたい。南部の豪農の娘で、学園に通っている。何時間かかる?」
「……一時間ってところだな。それだけわかればじゅうぶんだ。だが、高くつくぞ?」
「かまわん」

 戦場に立てなくなった魔術師は国の組織からお払い箱にされるのがオチだ。為政者たちが魔術師をどう見ているのかがよくわかる。自分たちは戦争の道具でしかない。
 戦場の魔術師は個人主義者が多いが、メーアの配下は絆が強い。お払い箱になったあとも、ネットワークを築いている。メーアが部下たちを気にかけてくれていたおかげだ。

***

 それから一時間半後、エヴァンは王都のマクレガー家を訪れ、アンナのペアだったソフィアに会うことに成功した。
 だが、ソフィアもアンナの行方は知らないという。
 気落ちして玄関を出た時だった。

「どうして本当のことを言わなかったの?」

 開けっ放しになっていた居間の窓から、女性の声が聞こえてきた。
 はっとしてエヴァンは居間の窓に近付き、聞き耳をそばだてる。
 すでにあたりは暗いため、エヴァンの不審な行動は誰にも見られていない。

「アンナが、もし魔術師団長が自分のことを聞きにきても何も教えないで、って言ってたのよ。どうやらアンナは酔っぱらって寝ていた魔術師団長を介抱してあげたらしいのよね。魔術師団長は、介抱してくれた女の子にお礼を言いたくて捜しているんだそうだけど、その子がすぐに姿を消した理由までは知らないみたいで。おなかをこわしてトイレにこもっていたなんて知られたくないんだって」

 こちらは先ほどまで会って話をしていたソフィアの声だ。

「でも魔術師団長に嘘をつくのはどうかしら……お礼を言いたいのでしょう?」
「もしかしたらだけど、アンナに会いたくない理由があるのかなって。魔術師団長は酔っぱらっていたそうだから。でなきゃ、私に釘を刺したりしないでしょ」
「ああ……」

 相槌を打つ女性はソフィアの母親だろうか。
 失礼だな、と思いながらもその通りなのがつらい。

「なんにしても明日にはアンナもラストンよ」

 ――ラストン?

 南部の地名だ。

「兄さん、アンナのこと気に入るかしらね~」
「だといいわね」

 母娘の会話に、エヴァンは目を見開いた。
 血が沸騰するかと思った。

 ――アンナをソフィアの兄の……何にする気なんだ?

 アンナはそれを知っていてラストンに向かうことにしたのか?

 許せない。
 彼女は俺のものだ。
 俺が転生させた、メーアの今生の姿。
 誰にも渡さない。
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