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06.避妊薬

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 用もないのに王宮にいることはできない。

 アンナは言われた通り主計局に寄って昨日一日分の給金をもらい、三日後までにお仕着せを洗濯して戻すことを約束して王宮をあとにした。
 ソフィアとは夕方、ソフィアの生家が所有するタウンハウスで合流することになっている。
 それまでにお仕着せの洗濯をして避妊薬を購入しよう。

 ――メーアの記憶があってよかった。

 つらい記憶も多いぶん、メーアは物知りだ。
 メーアの記憶がよみがえったばかりのころは、メーアの過酷な記憶に悩まされたものだし、思い出したくなかったとも思ったけれど、メーアの記憶に助けられることも多い。

 メーアは自分の人生にむなしさを覚えていたけれど(それをエヴァンで埋めている節もあったけれど)、あなたの人生は決して無駄ではなかった。いつだって私を助けてくれる。

 宿から王宮までの道のりで見つけていた薬局に立ち寄り、めんどくさそうに対応してきたおばさんに「仕事中に王宮の人間に襲われた」という、だいぶぼかしを入れた理由を話して、避妊薬を出してもらう。
 理由を話した途端、おばさんが急に同情的になったのには驚いた。聞けば、若い娘が襲われて避妊薬を求めてくるケースは少なくないらしいのだ。

 ――王都って、実は治安悪いのね。

 人の多い場所だからしかたがないのかもと思うが、なんだかやるせない。
 魔力がまだ使えないころ、メーアも男たちに乱暴された経験があるからだ。力づくで押さえ込まれると恐怖で体が固まって、まったく抵抗ができないのである。
 あの時のことはトラウマとなって、メーアの心を傷つけ続けた。
 メーアが男装していた理由でもある。

 でもアンナはその時のことはあまりはっきりと思い出せない。「そういうこともあったな……」くらいの認識である。
 それでもあの時の記憶が残っているので、昨夜は何をされるかわからない恐怖だけは少なかった。だからといってまったく怖くなかったかというと、そういうわけではない。やはりむき出しの感情を向けられると体が竦んで動かなくなってしまった。
 相手がエヴァンではなく、見ず知らずの男ならもっと怖かったと思う。
 それにエヴァンは、強引ではあったけれど、メーアへの恋情をずっと吐露し続けていた。そこはせめてもの救いだ。

 ――メーアのことが好きだったのね、エヴァン。

 そういう目で見られているとは思っていなかった。
 ずっと自分のことは保護者、または師匠と思っているものだと。
 だからこそ彼の信頼を裏切らないようにと、メーアは自分を律していたのだ。

 それはともかく、仕事がありそうだと思ってこの国で一番大きな都市を選んで出てきたのだが、思った以上に治安が悪いのなら、ソフィアの紹介で王都を離れられるのはありがたいことなのかも。

 おばさんが店の奥から持ってきたのは、カップに入ったどろりとした黄色い液体だった。鼻を近づけるとなんともいえない不快なにおいがする。飲むのに勇気がいる液体だが、そうもいっていられないので、鼻をつまんで一気にあおる。

「何日かは気持ち悪くなると思うから、無理をしないことだよ」

 カップを返して「おぇぇ……」と呻いているアンナに、おばさんが声をかける。
 アンナは頷いて薬代を置くと、薬屋を出た。

 宿でお仕着せからトランクに詰めて持参してきたワンピースに着替える。
 すっかり使い古した、木綿のワンピースだ。
 粗末な服しか持っていない。持ち出す荷物だってわずかなものだ。これでも元伯爵令嬢なのだから笑ってしまう。
 世の中は不公平だ。

 ――そういえば家には置手紙をしてきたけれど、どうなったのかしら。

 別にアンナがいなくても困ることはないだろうが。
 脱いだお仕着せを持って、近所の洗濯場に向かう。
 洗濯を終えたあと、何も食べていなかったことを思い出して、露店でおいしそうなサンドイッチとボトル入りの水を買い込んで宿に戻り、洗濯ものを干す。そして買ってきたサンドイッチを食べようとしたところで気持ち悪くなり、アンナはサンドイッチをテーブルの上に置いたままベッドに突っ伏した。
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