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07.占い師 3

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   ***

 私が館を出ると、待っていると言っていたはずのコリンナがいない。どうしたのかしら、と思っていたら、屋敷の裏手のほうから歩いてやってきた。

「どこに行っていたの?」

 私が聞くと、「お庭を見ていたの」とのこと。一人でぼーっと待っているのが退屈だったらしい。それはそうだわ。

「占いの結果はどうだった?」

 帰りの馬車の中でたずねられる。

「うーん……結局、行動するのは私なのね、という感じだわ」
「願いを叶えたいのなら、それはそうでしょうね」

 私の答えに、コリンナが頷く。

   ***

「気持ちは変わらないのかい?」

 中座した占い師が飲み物を持って戻ってきて、私にたずねる。
 グラスに注がれていたのはほんのり柑橘の風味がする、冷たい水だった。

「どうしても婚約破棄をしたいのなら、悪評を流すのが一番だよ」
「悪名?」
「そうさ。向こうが結婚をためらうような悪評を流すのさ。ただし、おまえさんの将来も潰してしまうことになるよ。結婚もできなくなるし、家族もつらい目に遭う。親しい人からも縁を切られる。それでもいいのかい?」

 占い師の指摘はもっともだ。

「承知の上です。その上で、どのような悪評だと婚約破棄になるのかを教えてくださると助かるのですが……」
「男関係だろうね。男が家柄を重んじるのなら、特にね」

 家柄を重んじる……王家だもの、重んじまくっている。
 ということは、私に、男の人の影があればいいのね……でも、どこでそんなものを手に入れたらいいの?

 妃候補の私にとって、見知らぬ男性と親しくなるというのは、簡単なことではないのだ。どこへでも侍女がついてくるし(今日はコリンナが一緒なので免除されたが)、そもそもこの国の貴公子は私がアルトウィン様の妃候補だと知っているので、近づこうという者はいない。

「ああ、ようやく水晶に何か見えてきたよ。おまえさんの心が定まったからだろうね。マールバラが見えるね。運命を変えたいのなら、マールバラへお行き」

 占い師が水晶を見つめながら言う。

「そこでおまえさんは、一人の若者と出会うだろう。彼がおまえさんの運命を変えてくれる」
「……」
「おまえさんがあまり私を信用していないのはわかる。どうするかは、おまえさん次第だね」

 占いはそこで終わった。
 占い師に礼を述べて謝礼金を置き、部屋を出る。
 中庭が見える回廊を歩いて外に向かいながら、私は占い師の言葉を思い出していた。

 確かに私は占いに対して半信半疑だった。
 でも彼女は私が求めていた答えをくれた。そこはさすが、長生きしているだけあるわ。

 マールバラといえば、夏に行われる仮面祭りがとても有名だ。
 夏に現れる魔物を、仮面をかぶることで惑わして祓うのが起源なのだけれど、現在は仮面をかぶれば生まれも身分も関係なく「自分ではない誰か」に成りすますことができるという一大仮装イベントになっている。
 もうすぐマールバラで仮面祭りが行われる。
 ここに行けば運命の人と出会う……というより、見知らぬ男性と出会うにはもってこいのお祭りである。
 マールバラの仮面祭りを利用しなさいということよね。

 でも、お父様もお母様も、こういった大騒ぎするタイプのお祭りは嫌いだ。連れて行ってくれるとは思えない。
 一人で行くなんてもってのほか。
 さて、どうしましょう……。

   ***

「ねえ、エレオノーラ。あなたの婚約も決まったことだし、結婚前に一度、マールバラの仮面祭りに行ってみない?」

 占い師の館からの帰り道、どうやってマールバラに行こうかと思いを巡らせていたところに、不意にコリンナが切り出す。

「えっ……マールバラ?」

 心を読んだかのような単語に驚いて声がうわずってしまった。

「そう。あなたは陛下のお妃様になるし、私もきっとどこかに嫁がされるでしょう。その前に、友達同士で旅行でもしましょうよ。私たち、長く我慢してきたじゃない? いろいろと」
「……そうね」

 行動を厳しく制限されていたわけではないが、何をするにしてもアルトウィン様の許可が必要ではあったし、常に護衛や侍女もつけられていた。
 窮屈に感じていたのは事実だ。
 でもしかたがないと受け入れていた。
 コリンナも同じ思いだったのね。

「マールバラはさすがに許可が出ないんじゃないかしら」
「そうかしら。お妃様になったら仮面祭りになんて絶対に行けないわよ? 陛下も悪魔ではないのだから、ご理解くださるわよ。大丈夫、私に任せて」

 にっこりと微笑むコリンナに、ああ、この子は陛下を説き伏せられるネタを持っているのだなと思った。
 私にはそんなものは何もない。
 こんなふうにちょくちょく目にする二人のきずなの強さが、私の心を抉るのだ。

 マールバラで悪評を立てる。そうして婚約破棄をしてもらう。
 私は、こんな形でしか、アルトウィン様を幸せにできない。
 アルトウィン様には幸せになってもらいたい。

   ***

 通らないと思っていたマールバラへの旅行は、「独身最後の友達同士の思い出旅なら」ということで許可が下りた。コリンナが直接アルトウィン様に掛け合ったらしい。
 また二人の仲のよさを見せつけられて、地味に傷つく。
 けれどこれで婚約破棄に近づいたわ。
 私の計画はこう。

 マールバラの仮面祭りで見知らぬ男性と恋に落ち、結婚前にもかかわらずアルトウィン様以外の男の人とイケナイことをしてしまうのだ。
 といっても、本当にイケナイことをするわけじゃない。そう思わせることができたらいい。
 なぜって、私は身内や王宮の人以外の成人男性と話をしたことがほとんどない。
 見ず知らずの男性と仲良くなるなんて、まず無理。
 ということで、「フリ」に留める。

 ミエミエの嘘でも、誰かが私を見張っていない限り、「やっていない」ことを立証はできない。私が認めなければ真実になる。

 私は、婚約者がいるのに見ず知らずの男の人になびいてしまう、悪い女になるのだ。
 占い師には私の運命を変える若者に出会う、と予言されたけれど、それについてはあまり期待していない。
 新しい恋をしたいわけじゃないから。

 気がかりとして、私のやらかしたことがお父様やお兄様、そしてウェストリー家に悪影響を与えかねないというのもあるが、このあたりは内密にひねりつぶしてもらえるのではないかと思っている。
 アルトウィン様と九人の評議委員が選んだ娘がとんだ悪女だった、となったら、それを見抜けなかった評議会が悪いということだものね。
 娘を妃にしたい貴族はほかにもいるの。彼らの追及をかわすためにも、大事にはしないはずだ。
 貴族というのは、体裁が何より大切だもの。
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