7 / 15
07.占い師 3
しおりを挟む***
私が館を出ると、待っていると言っていたはずのコリンナがいない。どうしたのかしら、と思っていたら、屋敷の裏手のほうから歩いてやってきた。
「どこに行っていたの?」
私が聞くと、「お庭を見ていたの」とのこと。一人でぼーっと待っているのが退屈だったらしい。それはそうだわ。
「占いの結果はどうだった?」
帰りの馬車の中でたずねられる。
「うーん……結局、行動するのは私なのね、という感じだわ」
「願いを叶えたいのなら、それはそうでしょうね」
私の答えに、コリンナが頷く。
***
「気持ちは変わらないのかい?」
中座した占い師が飲み物を持って戻ってきて、私にたずねる。
グラスに注がれていたのはほんのり柑橘の風味がする、冷たい水だった。
「どうしても婚約破棄をしたいのなら、悪評を流すのが一番だよ」
「悪名?」
「そうさ。向こうが結婚をためらうような悪評を流すのさ。ただし、おまえさんの将来も潰してしまうことになるよ。結婚もできなくなるし、家族もつらい目に遭う。親しい人からも縁を切られる。それでもいいのかい?」
占い師の指摘はもっともだ。
「承知の上です。その上で、どのような悪評だと婚約破棄になるのかを教えてくださると助かるのですが……」
「男関係だろうね。男が家柄を重んじるのなら、特にね」
家柄を重んじる……王家だもの、重んじまくっている。
ということは、私に、男の人の影があればいいのね……でも、どこでそんなものを手に入れたらいいの?
妃候補の私にとって、見知らぬ男性と親しくなるというのは、簡単なことではないのだ。どこへでも侍女がついてくるし(今日はコリンナが一緒なので免除されたが)、そもそもこの国の貴公子は私がアルトウィン様の妃候補だと知っているので、近づこうという者はいない。
「ああ、ようやく水晶に何か見えてきたよ。おまえさんの心が定まったからだろうね。マールバラが見えるね。運命を変えたいのなら、マールバラへお行き」
占い師が水晶を見つめながら言う。
「そこでおまえさんは、一人の若者と出会うだろう。彼がおまえさんの運命を変えてくれる」
「……」
「おまえさんがあまり私を信用していないのはわかる。どうするかは、おまえさん次第だね」
占いはそこで終わった。
占い師に礼を述べて謝礼金を置き、部屋を出る。
中庭が見える回廊を歩いて外に向かいながら、私は占い師の言葉を思い出していた。
確かに私は占いに対して半信半疑だった。
でも彼女は私が求めていた答えをくれた。そこはさすが、長生きしているだけあるわ。
マールバラといえば、夏に行われる仮面祭りがとても有名だ。
夏に現れる魔物を、仮面をかぶることで惑わして祓うのが起源なのだけれど、現在は仮面をかぶれば生まれも身分も関係なく「自分ではない誰か」に成りすますことができるという一大仮装イベントになっている。
もうすぐマールバラで仮面祭りが行われる。
ここに行けば運命の人と出会う……というより、見知らぬ男性と出会うにはもってこいのお祭りである。
マールバラの仮面祭りを利用しなさいということよね。
でも、お父様もお母様も、こういった大騒ぎするタイプのお祭りは嫌いだ。連れて行ってくれるとは思えない。
一人で行くなんてもってのほか。
さて、どうしましょう……。
***
「ねえ、エレオノーラ。あなたの婚約も決まったことだし、結婚前に一度、マールバラの仮面祭りに行ってみない?」
占い師の館からの帰り道、どうやってマールバラに行こうかと思いを巡らせていたところに、不意にコリンナが切り出す。
「えっ……マールバラ?」
心を読んだかのような単語に驚いて声がうわずってしまった。
「そう。あなたは陛下のお妃様になるし、私もきっとどこかに嫁がされるでしょう。その前に、友達同士で旅行でもしましょうよ。私たち、長く我慢してきたじゃない? いろいろと」
「……そうね」
行動を厳しく制限されていたわけではないが、何をするにしてもアルトウィン様の許可が必要ではあったし、常に護衛や侍女もつけられていた。
窮屈に感じていたのは事実だ。
でもしかたがないと受け入れていた。
コリンナも同じ思いだったのね。
「マールバラはさすがに許可が出ないんじゃないかしら」
「そうかしら。お妃様になったら仮面祭りになんて絶対に行けないわよ? 陛下も悪魔ではないのだから、ご理解くださるわよ。大丈夫、私に任せて」
にっこりと微笑むコリンナに、ああ、この子は陛下を説き伏せられるネタを持っているのだなと思った。
私にはそんなものは何もない。
こんなふうにちょくちょく目にする二人のきずなの強さが、私の心を抉るのだ。
マールバラで悪評を立てる。そうして婚約破棄をしてもらう。
私は、こんな形でしか、アルトウィン様を幸せにできない。
アルトウィン様には幸せになってもらいたい。
***
通らないと思っていたマールバラへの旅行は、「独身最後の友達同士の思い出旅なら」ということで許可が下りた。コリンナが直接アルトウィン様に掛け合ったらしい。
また二人の仲のよさを見せつけられて、地味に傷つく。
けれどこれで婚約破棄に近づいたわ。
私の計画はこう。
マールバラの仮面祭りで見知らぬ男性と恋に落ち、結婚前にもかかわらずアルトウィン様以外の男の人とイケナイことをしてしまうのだ。
といっても、本当にイケナイことをするわけじゃない。そう思わせることができたらいい。
なぜって、私は身内や王宮の人以外の成人男性と話をしたことがほとんどない。
見ず知らずの男性と仲良くなるなんて、まず無理。
ということで、「フリ」に留める。
ミエミエの嘘でも、誰かが私を見張っていない限り、「やっていない」ことを立証はできない。私が認めなければ真実になる。
私は、婚約者がいるのに見ず知らずの男の人になびいてしまう、悪い女になるのだ。
占い師には私の運命を変える若者に出会う、と予言されたけれど、それについてはあまり期待していない。
新しい恋をしたいわけじゃないから。
気がかりとして、私のやらかしたことがお父様やお兄様、そしてウェストリー家に悪影響を与えかねないというのもあるが、このあたりは内密にひねりつぶしてもらえるのではないかと思っている。
アルトウィン様と九人の評議委員が選んだ娘がとんだ悪女だった、となったら、それを見抜けなかった評議会が悪いということだものね。
娘を妃にしたい貴族はほかにもいるの。彼らの追及をかわすためにも、大事にはしないはずだ。
貴族というのは、体裁が何より大切だもの。
12
お気に入りに追加
699
あなたにおすすめの小説
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる