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01.エレオノーラの憂鬱

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「国王陛下からの知らせがあった。妃にはおまえを指名するそうだ。エレオノーラ」

 二十歳になって少したったある日。
 私は父に呼び出され、唐突にそう告げられた。

「……私が、アルトウィン様の、妃?」
「国内のゴタゴタも落ち着いてきたし、隣国との国境線も確定した。アルトウィン様が急逝された先の国王陛下の後を継いで六年、十九歳だった陛下ももう二十五歳になるし、おまえも二十歳だ」
「ま……待ってください、お父様」

 私は慌てた。

「コリンナは……コリンナはどう言っているのです!?」
「チェスター侯爵の娘か。確かにおまえ同様、陛下の妃候補として名が挙がっていたが、妃になれるのは一人だけだとはわかっているはず。我が家に妃内定の連絡が来ているのだから、向こうには断りの連絡が届いているだろう」
「そんな……」

 青ざめる私に、父は怪訝そうな顔をした。

「何を驚くことがある? チェスター家の娘と我がウェストリー家の娘が妃候補になったのは、陛下が即位された六年前のことだぞ。いずれはどちらかが選ばれることくらい、おまえだって承知していたことだろう?」
「それは、そうですが」

 父は王家と親戚になれるので、私に王妃になってほしいようだが、私としてはコリンナが選ばれると思っていたし、選ばれてほしかったのだ。
 別にアルトウィン様が嫌いだというわけではない。むしろ逆。私にとってアルトウィン様は、初めてお会いした時から「憧れの王子様」だった。すぐに、王様になったけれど。

 父と先代の国王陛下はもともと同じ騎士団に所属していたこともあり、旧知の仲だ。だから私は幼い頃から兄とともに父に連れられて王宮を訪れていた。アルトウィン様との面識はある。
 アルトウィン様は私より五歳年上。少年の頃のアルトウィン様は際立って美しい顔立ちをしていて、所作も洗練されていて、とにかく私に優しく接してくださって。
 私の憧れの王子様そのものだった。
 初めて会った時からアルトウィン様は私の特別になったわ。

 私の長い長い片想いの始まり。
 でもこの片想いは実らせるわけにはいかないものでもある。
 だってアルトウィン様が見ているのは、私ではないのだもの。
 私が焦るのも当然というもの。

「お父様、この話、正式に決定されたものでしょうか?」
 こんな話が正式に決定しないうちに来るわけがないと思いつつ聞いてみると、
「もちろん、正式なものだ」
「お受けするのですよね」
「当たり前だろう?」
 何をばかなことを、と父に半眼で睨まれ、それ以上は何も言えず。私はすごすごと父の部屋を辞した。



 妃候補の話が来たのは今から六年前。アルトウィン様が即位されたばかりの十九歳、私、エレオノーラ・ウェストリーともう一人の妃候補であるコリンナ・チェスターがそれぞれ十四歳の時だ。
 アルトウィン様が出された条件に合う貴族の令嬢が、私たち以外にいなかったからである。
 妃候補になったことは嬉しかったけれど、コリンナも一緒に妃候補になっていると知って「いやだな」と思ったことを覚えている。

 私はコリンナのことも小さい時から知っている。アルトウィン様と私、コリンナは、いわば幼なじみ同士なのだ。
 そしてコリンナは元気でやかましい私とは異なり、おとなしくて賢い女の子だった。
 彼女と比べられるのがいやだったのだ。
 でも私たちを比べる人はいなかった。

 妃候補という立場上、私とコリンナは王宮で妃教育ともとれる上質な教育を受けた。王宮の大人たちに接する機会も多かった。誰一人として私たちを比べなかった。今思うと、あれは誰かから――おそらくはアルトウィン様から――私たちを比べる発言を禁じる指示が出ていたのではないかと思う。

 アルトウィン様にお会いする機会も多く設けられた。その機会は平等に。でも、いつの頃からか、アルトウィン様とコリンナには私の知らない共通の話題があることに気付いた。それは読書だったり、美術品のことだったり、音楽のことだったりと、私の教養不足ゆえにピンとこないものもあったけれど、そうではない、明らかに二人だけの秘密の会話も時々耳にした。

 私が現れると二人はその会話を止めるのだけれど、二人が目配せしたり、目が合った瞬間にふっと笑ったりするんだもの。

 ――そういうことかぁ……。

 鈍い私にだってわかるというものだ。
 私はアルトウィン様のことが好きだけれど、アルトウィン様との間には見えない壁があるように感じている。

 アルトウィン様はお優しい。気さくに声をかけてくださる。でもどこか遠い。高いところからじっと見下ろされている、というのだろうか。私のことをどう思っているのか、いまいちわからないのだ。
 けれど、コリンナを見つめるアルトウィン様の目には、親しみが浮かんで見える。私には見せてくださらないものだ。

 私はアルトウィン様も好きだけれど、優しくて穏やかで物知りなコリンナのことも大好きだ。妃候補という立場柄、一般的な社交が制限されている私にとって、同じ立場のコリンナは唯一といってもいい友達だ。王宮での妃教育についていけたのは、コリンナがいてくれたからといってもいい。一人だったら、心が折れていたと思う。

 妃教育の内容にも、だけど、何より、アルトウィン様の何を考えているのかわからない笑顔は、堪える。
 私と同じ気持ちではないんだろうな……というのがわかる。
 これが妃ではなく、たとえばお兄様のように騎士としてアルトウィン様にお仕えするのなら、割りきることができたのかもしれない。
 でも、私は、そんなふうに割り切れない。
 私を見て。私の声を聞いて。アルトウィン様にそう求めてしまう自分を抑えられないと思う。けれどそれはアルトウィン様が私に求めていることではない、とも思うのだ。

 とにかく、アルトウィン様のお心は私にはない。
 彼の目はコリンナに向いている。
 だからわざと「妃には向かない娘」を目指した。
 私が選ばれなくてもしかたがないね、と、私も、まわりも、不思議に思わないように。

 もともと室内で穏やかに過ごすよりは外で体を動かす方が好きだったのもあって、剣や乗馬をやりたいと願い出た。
 アルトウィン様は「さすが武門の娘だけある」と鷹揚に許してくださった。
 妃候補の令嬢のすることではない。
 普通は止めると思う。でもアルトウィン様は止めなかった。
 そのあたりからして、私にはたいして興味などないことがわかる。

 一方のコリンナは美しく奥ゆかしく、教養ある令嬢へと育っていた。私と違って日に焼けてもいない。どちらが妃に向いているか、明らかでしょう?

 王宮での評判も、私の思惑通りになった。
 ここまで差をつけたら、アルトウィン様も悩むことなくコリンナを選ぶだろう。まわりだって納得する。
 ……はずだった。
 だからこそ、どうして私なのかしら?
 その理由がわからない。



 部屋に戻り、私は鏡台の前に立った。
 蜂蜜色の癖のある髪の毛に、緑色の瞳。日差しを浴びすぎて、健康的と言えば聞こえはいいけれど淑女にしては日焼けしてますね、という顔。乗馬中は大きな帽子をかぶっているけれど、どうしても日に焼けてしまうのだ。
 運動をよくしたせいか、よく食べてよく寝たため、背も伸びた。体つきも、こう、とても健康的で……決して太ってるわけじゃないわよ? コリンナが痩せすぎなのよ。

 コリンナを思い浮かべる。
 まっすぐな黒髪に煙るような銀色の瞳、白く透明感のある肌。小柄で華奢な体つき。折れるんじゃないかと心配になってしまう細い腰。コリンナの趣味は読書。アルトウィン様に頼んで王宮の書庫の本を片っ端から読んでいるという話だしね。
 銀髪に紫色の瞳のアルトウィン様の隣に立ってしっくりくるのは、日に焼けた私より静謐な美しさを持つコリンナでしょう。
 それにあの二人は相思相愛でもある。

 なのにどうして私なのか。まあ、そこはおいおい探ってみるとして(わかればいいんだけど)、これは国王命令。私はアルトウィン様から王妃に任ぜられたのだ。
 正式なものなら、もうひっくり返すことはできない。でも、アルトウィン様が意見を覆したら、ひっくり返せる……はず。
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