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第5章「白紙の手帳」
第5章「白紙の手帳」その16
しおりを挟む授業をほったらかしにした山形先生が颯爽と帰ってくると、
解くように告げた問題の解説を始めようとしたが、
そのタイミングでチャイムがなり、悔しそう顔をしてチョークを置いた。
前にも説明したことだが、
この先生は授業終了のチャイムで授業を終えない先生で
生徒の苦情からチャイム以降はどんなことがあろうと授業を終えるという
制約を結ばされたらしい。
それを聞かされた時、人の行動というのは単純なものだなぁと思った。
嫌なら反発する、そんな当たり前のことを僕はできなくなってきている。
平木が黙って帰ったこと、文田の怒り、妹の理不尽な嫌がらせ、
全てに納得はできないし、反旗を翻すことも今の僕にはむずかしい。
「じゃあ、次回はこの問題の解説から始める」
山形先生はやりきれない思いをした表情で教室を去っていった。
四十年近く生きている先生でも思い通りにならないんだ。
十五年にしか生きていない僕なんかは当たり前なのかもしれない。
それでも好きなこと、興味があることには正直に生きたいものだ。
だから声をかけた。
「平木」
とっくに物理の教科書とノートを直して、二限の世界史の用意をしている。
「何?」
緊張している。でも昨日のことは聞かない。
だから単純でいい。
「今日ノートを買いに行くんだけど、一緒に行かないか?」
急な提案に驚いていたようだったが、表情そのものは変わっていない。
平木はしばらくの間、考えているようだった。
予定を思い返すには長すぎるほど時間が経っていた。
きっと平木の予定は白紙なんだろうと思う。
「いいわよ」
承諾した彼女の顔の端呆れたような笑いが含まれていた。
「そっか。ありがとう」
なぜかお礼を言ってしまった。
いらない気づかいかもしれない。でも言わずにはいられない。
世界は複雑だけれども、人はいつだって単純でいいんだ。
五月の気持ちのいい季節、教室の窓際の席にいた僕は
机の下にある手を握り、誰にも気づかれないようなささやかなガッツポーズをした。
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