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第5章「白紙の手帳」
第5章「白紙の手帳」その8
しおりを挟む誰もいない…。
僕は白ばかりで構成された無人の教室を見渡した。
「今はいないわよ、先生」
白いカーテン越しのベッドから若い女性の声が聞こえた。
これで僕の言葉は嘘になった。
いや、知らなかったわけだから、嘘ではないか。
その声の主が姿を現した。
知らない人をまるで妖怪の出現のように表現してしまった。
ごめんなさい。
「あっ、ありがとうございます」
とりあえず教えてくれたことに僕はお礼を言っておいた。
しかしよく考えると発した言葉と心の中とで
真逆のことをしていることに気づいてなんだか恥ずかしかった。
一目見て、この人が知り合いでないことに気づいたのでなおさらだ。
その少女は僕を見るやいなや、
ベッドの下にそろえて置いてある上履きを履いて、
ぴったり30cm物差しが入るか入らないか、微妙な距離まで小走りで近づいてきた。
「なによ、その顔。元クラスメイトの顔も忘れちゃった?」
いや、知っている。顔もこの少女につけられた名前も。
また嘘をついてしまった。
この少女は文田殊乃(ふみだことの)という名前で、中学が僕と同じ出身なのだ。
髪が耳の下あたりまでのショートカットな黒髪に
くちびるの斜め下にほくろと目の下にくまがあるのが特徴の女の子だ。
その半目まで開かれた瞳にはこの世の全てに飽きたようなけだるさと
人の裏を見通すような鋭さを感じる。
そのせいで言葉を返そうにも怒られるような気がして、気が引けた。
それに急に近づいてきたことに驚いてしまって、言葉がつまってしまった。
その間があだになった。
文田は深くため息をつき、
「ハァ、羽塚がそんなやつとは思わなかった。
中学三年間同じクラスだった女の子と同じ高校で再会したっていうのに…」
勘違いされてしまったようだ。
半分はあきれた、もう半分はがっかりしたような顔だった。
「いや、違うんだ、文田。久しぶりに会ったから、びっくりしただけさ」
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