毒姫達の死行情動

文字の大きさ
上 下
59 / 71
特別警戒区域アリス 制圧戦

久遠 アリス

しおりを挟む
 足の付け根付近まで伸びた金色の明るい髪、久方振りに光を取り込んだであろう紺色の双眸、そして色白の細い四肢。久遠アリスは、弥夜と歳も近いであろう少女だった。

「戦闘に感化されて目醒めたか。これで我々の勝ちだ柊。夜葉 茉白は最早不要となった」
 
 桐華の弾丸を受けたであろう右太腿には風穴が空いており、そこを起点として広がる黒い毒素が、右脚全体を侵食するように蝕んでいた。アリスと目を合わせた弥夜は唐突に死のイメージに犯される。圧倒的な魔力量、否、魔力という概念すら超越した何かが胸中を掻き乱した。 

「随分長いこと眠っていたみたいだけれど、目醒めはいかが?」

「……身体が重い」

 まるで幼い少女のような声だった。濡れた髪をかき上げるアリス。首を左右に鳴らし、何度か瞬きが行われる。紺色の瞳は弥夜を映し敵と認識したのか、針の如く鋭い殺意を発した。

「そう。起きて早々悪いけれど死んでくれるかな? 貴女はこの世界にってはならない存在なの」

「それは出来ない。私は全ての能力者を殺して新たな歴史を創り上げる」

「新たな歴史? 笑わせないで。この先の未来にお前は必要無い」

「それは私が決めること」

「いいから消えろよ……久遠 アリス!!」

 最期の力を振り絞り全ての魔力が放出された。空間の境界線を曖昧にするほどの魔力が虚空を泳ぎ、拡散し、弥夜を護るように纏わり付く。靴底を滑らせて体勢を低く落とした弥夜は、胴体と下半身を両断せんと断鎌を薙ぐ。だが刃が身体へと至る寸前、アリスは小さな手を弥夜へと突き付ける。螺旋を描きながら収束する漆黒。猶予なく爆ぜた魔力は前方を尽く削り取った。

「──ッ!!」

 粉々に砕け散った四肢裂きの断鎌ワスレナグサ。激烈な衝撃をその身に受けた弥夜は埋まる勢いで壁面へと叩き付けられた。衝突した勢いで壁面は亀裂を生じ、暫らくおいて小さな瓦礫が剥がれ始める。圧倒的な力の差。胸中に充満する絶望。脳内を犯す最悪の結末に、膝を付いた弥夜は為す術なく崩れ落ちた。

「アリ……ス……」

 霞む視界が、これ以上の戦闘は死を招くと警鐘を鳴らす。それでもなお立ち上がることを試みる弥夜。地面を引っ掻く指先が裂け、噛み締められた下唇からは一筋の血液が流れ落ちた。

「此処で退いたら……戦って来た意味が無いんだよ……」

 妹の仇を討ってくれた夜羅、道を抉じ開けてくれた瑠璃、身体を蝕む毒に抗う茉白。

 その誰しもに示しが付かない。

「明けない夜は無いと……その答えを示さなきゃならないの」

 弥夜を歯牙にも掛けないアリスは、表情一つ変えずに建物の外へと向かう。素足での歩みは装置より漏れ出した液体を踏み、ひたひたと不気味な音を奏でていた。

「ねえ、待ちなよ……」

 ここを通してしまえば全てが終わる。外で戦う瑠璃の元へ行かせる訳にはいかないと、言うことを効かない身体を無理矢理に律した。身体中を滴る深緑の血が照明に照らされて光沢を帯びる。まさに満身創痍。それでいてなお、両の脚はしっかりと地を踏み締めていた。

「貴女では私を止められない。所詮は無駄な足掻きに過ぎない」

「いいからおいでよ。ねえ、私とろ? 久遠 アリス」

 目を細めたアリスは先程と同じく腕を突き出す。放たれた漆黒の魔力を側方へ躱した弥夜は、小細工抜きで直線的に距離を埋める。心臓目掛けて突き出された脇差が宙を切った。身体の右半分を後方へ引いて、半身を捻ることでやり過ごしたアリスは、体勢を崩した弥夜の頭部目掛けて左脚を振り上げる。即座に腕を交差して防御体勢を取った弥夜。腕に迸る衝撃が身体の芯へと伝わり、骨にひびが入ったような歪な音が脳裏に響いた。

「何故、そこまでしてこの世界を護ろうとするの」

「護る? 世界なんてどうだっていい。私はただ……明けない夜が無いことを証明しに来た」

「……解せない」

「解せなくていい。お前には一生解らない。黙って這い蹲ってろよ蛆虫野郎!!」

 交差した腕を押し出すことにより蹴りが弾かれる。僅かに生じた隙。即座に肉薄した弥夜は脇差を水平に振り抜いた。それはアリスの左頬を掠めて僅かな血液を滴らせる。

「えへへ、やっと一撃……!!」 

 浮かぶ不敵な笑み。瞳より漏れ出た、殺意を孕んだ銀色の残光が虚空に尾を引く。次いで振り抜かれた二撃目はアリスへと届くことは無い。脇差を躱して振り抜かれた拳が腹部を撃ち抜く勢いで穿ち、重過ぎる衝撃をその身に受けた弥夜は、地に何度も身体を打ち付けて引き摺られるように転がった。

「あ……ぅ……」

 呼吸すらままならない衝撃。手放された脇差が、まるで弥夜を喚ぶように刃を煌めかせる。「夜羅……すぐに行くからね」と苦しげに声を発しながら地を這う弥夜は、渾身の力で脇差へと右手を伸ばした。だが想いは届かない。手の甲を強く踏み付けられたことにより動作は容易く静止した。徐々に掛かる荷重に骨の軋む音が響く。

「無駄。貴女如きでは戦いにすらならない」

「頬に傷を負っておきながら強がり? 強さはともかく、内面は年相応なんだねえ糞餓鬼が」

 低俗な煽りを諸共せず、アリスは弥夜の手の甲を踏み抜いた。鈍い音が発せられ、それに伴い表情が苦痛に染まる。だが弥夜は歯を食い縛り声一つ漏らさなかった。想いも虚しく先に脇差を拾い上げたのはアリスであり、様々な角度から得物を眺め「良い武器だね」と抑揚の無い声を発した。

「夜羅に触んなよ……!!」

「そんなに大事?」

「返して……返せよ……!!」
 
「これで殺してあげる。あの世で仲良くすれば?」

 振り上げられた脇差が悲しげな色をする。まるで一筋の涙のように、刃先に付着した血液が零れ落ちた。



 ──夜羅に殺されるのなら本望。



 敵わないと知ってなお足掻き続けた弥夜は、この場において穏やかな想いを抱く。自然と閉じられた瞳。その表情に一切の恐怖心は無い。だが、双眸より伝う涙が暗闇の中で微かに煌めいていた。

「ごめんね茉白……傍に居られなくて……相方失格だね」

 振り下ろされた切っ先が弥夜の額へ突き刺さると思われたが否。暗闇を穿ちながら飛来した漆黒の蛇が、アリスの腕を喰い千切り獰猛な咆哮をあげた。地に落ちた脇差が奏でる金属音。驚愕に蝕まれたアリスは蛇が飛来した暗闇へと目を凝らす。そこに浮かぶ二つの深紫。それが瞳であることを認識したアリスは、同時に対象が距離を埋めて来た事実に鼓動を跳ね上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【お天気】スキルを馬鹿にされ追放された公爵令嬢。砂漠に雨を降らし美少女メイドと甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い

月城 友麻
ファンタジー
公爵令嬢に転生したオディールが得たのは【お天気】スキル。それは天候を操れるチートスキルだったが、王族にはふさわしくないと馬鹿にされ、王子から婚約破棄されて追放される。 元々サラリーマンだったオディールは、窮屈な貴族社会にウンザリしていたので、これ幸いと美少女メイドと共に旅に出た。 倒したドラゴンを従えて、広大な砂漠を越えていくオディールだったが、ここに自分たちの街を作ろうとひらめく。 砂漠に【お天気】スキルで雨を降らし、メイドの土魔法で建物を建て、畑を耕し、砂漠は素敵な村へと変わっていく。 うわさを聞き付けた移民者が次々とやってきて、村はやがて花咲き乱れる砂漠の街へと育っていった。 その頃追放した王国では日照りが続き、オディールに頼るべきだとの声が上がる。だが、追放した小娘になど頼れない王子は悪どい手段でオディールに魔の手を伸ばしていく……。 女神に愛された転生令嬢とメイドのスローライフ? お楽しみください。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ヒト堕ちの天使 アレッタ

yolu
ファンタジー
天使であるアレッタが、大罪である【天使の羽斬り】を行ったとして、ヒトの地へと堕とされた─── アレッタにとってそれは、冤罪のなにものでもない。だが7日間生き抜けば罪が晴れ、冤罪であったことを証明できる。しかし、転生した体は、あまりにか弱い『幼女』 果たしてヒトであり、幼女である彼女は7日間無事に生き抜くことができるのだろうか…… 幼女となったアレッタは、食べて、食べて、走って、戦います! ぜひアレッタと一緒に、ヒトの世界を楽しんでください!

処理中です...