毒姫達の死行情動

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救いの街 攻街戦

一時的な共闘

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「お前が人を殺すことに、一切の躊躇いを見せないのは意外だった」
 
「こんな世界なんだから殺らなきゃ殺られる……至極当然だよ」

「解っていればいい。殺さなければ傷はいつか癒えてしまう。情けをかければ次に殺されるのは自分だからな。我が身を傷付けた奴の顔なんて一生忘れないだろうからな」

 脅威は去り、茉白は周囲を見渡すと刀の血を振り払いながら一息つく。死体や血液で混沌とする中、無駄のない最低限の動作で納刀した弥夜が相槌を打った。

「ここは制圧出来たけれど、結局は外に出ないと何も情報は得られないよね。さすがに一階の機械でしらみ潰しに探す訳にもいかないし」

「探してる間に囲まれて終わりだろうな」

「ねえ、やっぱり夜羅と合流しない? 何か情報を持っているかもしれないし」

「お前は馬鹿か? 稀崎がうち等に向かって来ない保証は無いだろ。自ら敵を増やしてどうするつもりだ」

「それは大丈夫。救いの街を出たらどうなるかは解らないけれど、あの子は少なくともここでは私達の敵じゃない。さっき囲まれていたのが何よりの証拠だよ」

 弥夜の視線が真剣さを増す。こうなれば折れないことを茉白は知っている。割れた窓から射し込む陽の光に目を細めながらも、茉白は面倒臭そうに賛同した。

「ったく……好きにしろ」

「さっすが私の相方、超優しい」

 特大の舌打ちは当然の如く女の子らしくないと叱られる。後頭部を雑に掻いた茉白は弥夜の横を通り過ぎると、念には念をと言わんばかりに振り返り口を尖らせた。

「いいか? 稀崎が何か情報を持っている可能性があるから加勢するだけだ。助ける為じゃないからな」

 今度は飛び降りずにエレベーターを使って一階へと下りた二人は、エントランスに敵が居ないことを確認すると安堵する。壁伝いに身を隠しながら進み、時折顔を見合せては小さく頷き合い周囲の把握に務めた。

「もしも情報を持っていなかったら、一度退く選択も視野に入れないといけないね。宛も無く動いていたらただ死に急ぐだけ……それほど馬鹿な話は無い」

「この数から逃げられると思うのか?」

「私の相方は最強だから」

「……くそが、うち任せかよ」

「こら、口悪いよ」

「どの口が言うんだよ。東雲に蛆虫うじむしだとか言ってただろ」

「茉白だって豚って言ってたじゃん」

 夜羅が交戦中のD区画に辿り着いた二人は、未だ囲まれている彼女の姿を発見する。場は均衡寄りの劣勢。蒼白の霊魂に触れて凄まじい速さで敵は溶けていくも、押し寄せる数が遥かに上回っていた。

「遅れるなよ弥夜」

「……あのね、私に考えがあるの」

 刀を振るい集団に切り込んだ茉白は、喚び寄せた無数の蛇で辺りを無差別に喰らい尽くす。第三勢力の乱入にどよめく集団。未だ中央部分では夜羅がたった一人で持ち堪えている。魔力による蛇達は、獲物を見付けたと言わんばかりに嬉々として牙を剥いて暴れ狂った。
 
 そんな中、茉白は気付く。
 弥夜の姿を見失ったことに。

「あの馬鹿が……」
 
 だが現状は敵陣ど真ん中、探しに行ける状況で無いことは確か。解っているからこそ、茉白は中央まで無理矢理に道を抉じ開け夜羅との合流を最優先とした。

「よう稀崎。ざまあねえな」
 
 嫌らしい笑み浮かべる茉白に対し、夜羅は完全に予想外と言わんばかりに目を丸くする。互いは迫り来る敵をなしながらも目を合わせた。

「夜葉……? 何故ここに……?」

「うちの馬鹿の用事、その付き合いだ」

「母親を救いに来たという訳ですか」

「話は聞いた、お前も似たようなもんだろ」

 夜羅の背後に迫った男を切り裂いた茉白は、次いで広範囲に刀を薙ぐ。即座に死という事実を突き付けられた集団は為す術なく灰と化した。

「もっと素直に生きろと、私に対して生意気な説教を垂れた者がいましてね。己の心に従って……素直に生きてみようかと思った次第です」

「その割には囲まれてんだろ。サイコ女もとうとう成仏ってか?」
 
「餓鬼が減らず口を。貴女から殺しましょうか? 毒蛇」

 霊魂が茉白のすぐ横を通過し、刀を振り下ろそうとしていた男が溶解する。悲鳴すら赦されずグロテスクな溶け様を晒した男は、熱された蝋の如く液体と化して地に馴染んだ。

「上等だやってみろよ」

「冗談ですよ。ここは共闘しましょう。今、私は時間稼ぎをしていたのです」

「……時間稼ぎ?」

 小さく頷いた夜羅は逆手に持った二本の脇差を振り抜く。一振りで相手の得物をへし折り、二振り目で完全に息の根を止める。その一部始終において、まばたきは一度足りとも行われない。明らかに場数を踏んで来た戦いぶりに、周囲の者達は明白な警戒を示した。

「こうしてたった一人の鼠を、長時間殺しあぐねていればどうなりますか?」

「上のやつをおびき寄せる為の演技かよ。さすがはサイコ女。罠に引っ掛かったと思わせて、そこにまた別の餌を仕掛けた訳だ」

「蛇とは違い、脳味噌がありますから」

 顳顬こめかみを人差し指で二度叩く夜羅。低俗な挑発だと理解した茉白は、興味無さげに鼻で笑うと眼前の敵を斬り伏せた。

「……絶対後で殺す。それはともかく、最高責任者とやらには会って来た。詳細はこの場を切り抜けたら教えてやるよ。後はそうだな、蓮城れんじょうとかいう奴がお前の鎮圧に来るそうだ」

「そうですか、なら時間稼ぎは終わりですね」

 何かの合図さながら眼前で拳を握り込んだ夜羅。応えるように霊魂が不規則に浮遊し、辺りの者達を無差別に溶かし始める。対する茉白は霊魂が討ち漏らした範囲を的確に援護し、いつしか二人は背中合わせとなった。

「一気に片付けます。死にたくなければ巻き込まれないよう、十分に留意して下さい『草木も溶ける丑三つ時ディーパー・ナイト

 静かに紡がれると同時に、夜羅の握る二本の脇差が不気味な鼓動を刻み始める。強さを増していく鼓動に感化されるように風が不気味に鳴き、周囲の気温が急激に下降した。

「見せるのは初めてでしたね、これが私の力です」

 鼓動は大きさを増しながら、嫌悪感を体現したような心音を撒き散らす。次第に早くなった心音はぴたりと止むと、辺りの霊魂が悲鳴に似た上擦り声を発しながら夜羅へと取り込まれた。ほとばしる蒼白の魔力。僅かに透けた身体は人で在ることを自ら否定するかのよう。新たな五つの霊魂が無より現れて、付き従うように夜羅の周囲を浮遊した。

「身体が透けてんぞ。成仏でもするつもりか?」

「巻き込まれない努力をした方が身の為だと思いますが」

 靴先で軽く地を叩いた夜羅。コツン、と乾いた音がやけに大きく反響した。

現世うつしよ常世とこよの狭間……それこそが私の神域」

 叩かれた一点より、波紋の如く底無しの闇が拡がる。それは瞬く間に広範囲に拡大し、マグマが煮立つような不快な音を奏でて不気味に鳴動していた。

「引き摺り落としなさい、常世の奥底……光すら届かない闇の中へ」

 突如として敵集団の中心部より叫び声があがり、畏怖を孕んだ甲高い悲鳴が連鎖する。この世のものとは思えない光景に目を細める茉白。地より無数に湧き上がった生気の宿らない腕が、辺りの者達に無差別に絡み付いていた。

「おい!!」

 茉白にも例外無く絡み付いた腕は、容赦無く地の底へ引き込もうと身体に負荷を掛ける。怨念や執念、どんな言葉も当てはまらないようなおぞましさに、茉白は形容し難い気色の悪さを感じ取った。

「……失礼しました」

「ふざけんな、絶対わざとだろサイコ女」

 腕から解放された茉白は地獄絵図と化した周囲を見渡す。拡がった闇に引き摺り込まれた者達は原型が判別不可能なほどに溶解しており、夜羅は無言で事の行く末を見据えていた。まさに一掃。無理矢理に齎された静けさを助長するように、緩やかな潮風が吹き抜けた。

「うちの獲物まで殺んなよ」

「心配なさらずとも……」

 半ば呆れ気味に息を吐き出した夜羅は、腕を交差して逆手に持った脇差を構える。茉白もまた彼女にならった。

「どんだけいるんだよ」

「退屈はしなさそうですね」

 再び押し寄せる軍勢。瞬く間に囲まれた二人は、音を立てて迫り来る死に辟易する。数は先程よりも多く、腐っても敵陣ど真ん中であることを再認識した瞬間だった。

「次はうちが喰らい尽くす。巻き込まれるなよ」

 魔力を高めた茉白ではあるが、唐突に木霊したクラクションにより場の空気は一変。二人の元へ二トントラックが猛スピードで突っ込んで来ており、それは救いの街へ来る際に茉白と弥夜が乗って来た車体だった。

「なるほど。柊の姿が無いと思えば、そういうことでしたか」

 運転席には弥夜の姿。ハンドルを左右にめちゃくちゃに切り、無差別に人を轢き殺してゆく。蛇行運転どころではない雑な運転だが、今の二人からすれば心強い助っ人であることに変わりはなかった。

「柊は確か運転が苦手でしたよね? 私から逃亡している時も、素人が運転しているのかと思っていました」

「仮免許だそうだ」

 縦横無尽にアクセルやブレーキを駆使して立ち回る二トントラック。乗りこなすと言うよりは遊ばれている感じではあるが、辺りの敵の数は瞬く間に減っていく。

「おい稀崎!! こっちに来るぞ!!」

 二人へ衝突する直前にドリフトを決めた弥夜は、以前とは違い綺麗な弧を描くと、車体の側面で大量の者達を薙ぎ払った。質量の暴力に敵うはずも無く、吹き飛ばされた者達は全身を強打して微塵も動かない。

「茉白!! 夜羅!! 早く乗って!!」

 叫ぶ弥夜は助手席のドアを強く蹴り開ける。顔を見合せた二人は即座に意志を汲み取ると、トラックへと駆け込むように乗り込んだ。
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