毒姫達の死行情動

文字の大きさ
上 下
12 / 71
相方として生きること

嘘偽りの無い素直な気持ち

しおりを挟む
「ねえ、もしかして茉白って口からも毒を吐けたりするの?」

 再び舌を触ろうと茉白の口元に伸ばされた手は即座にはたき落され、弥夜は残念そうに肩を落とした。
  
「毒蛇なんだから当たり前だろ」

「こらこら、そんな皮肉を言わないの。じゃあカップ麺を半分残してくれた時、毒を混ぜて私を殺そうと思えば殺せたの?」

「ああ、灰になって死んでただろうな」

「それでも毒を混ぜずに素直に譲ってくれた茉白が可愛い。あーん、可愛い可愛い超可愛い」

 身を寄せた弥夜が上手い具合にやり過ごされる。行き場を失った両腕が何かに触れる訳もなく悲しげにくうを抱き締めた。

「少なくともお前よりは可愛いだろうな」

「何それ、私の方が可愛いもん。まあ何にせよ、けどね」

 勢い余ってソファに顔面ダイブをした顔を上げながら舌を突き出す弥夜。はいはい、と言わんばかりに面倒臭そうに後頭部を掻いた茉白は大きな欠伸あくびをする。普段の態度からは想像もつかない可愛げな声が響いた。

「風呂も入ったし眠くなってきたな。誰かさんのせいで今日は疲れた」

「私も疲れたもん、誰かさんのせいで。あと、風呂じゃなくてお風呂って言った方が女の子らしいよ」

「どの口が言うんだよ」

 煙草の火を消した茉白は熊のぬいぐるみを抱いてベッドへと倒れ込む。ナイトガウンから覗く色白の肌が、仄かな照明に照らされて艶やかな表情を魅せた。

「もう寝るの?」

「お前も風邪引く前に風呂入って寝ろ」

 大きめの布団を独り占めした茉白は静かに目を瞑る。 静かな部屋内には秒針の音だけが取り残され、互いに何かを言う訳でもなく数分の沈黙が流れた。

「ねえ茉白、えっちしよっか」

「……うっざ。一人でしてろ」

 話しかけるなと言わんばかりに背を向けた茉白。その際、胸元で抱かれているぬいぐるみが体重を受けてぺちゃんこに潰れた。

「十四の頃にそういう店で働かされたって言ってたよね? いくらで他の人としてたの? 払うから」

「はあ? 馬鹿かお前。経験も無い奴が調子に乗るな」

 僅かに陰る表情。手を後ろに回して自身の腰を優しく撫でた弥夜は切なげに視線を落とした。

「……うん、無いよ。こんな身体だから誰も相手にしてくれなかった。気持ち悪いって言われたから」

「まだ十八だろ、そういうのは焦るものじゃない。第一、お前もうちも女だろ」

「女の子でもいいよ。茉白なら、いい」

「変態かお前は。さっさと寝ろ鬱陶しい」

「……私は本気だよ」

 ため息をついた茉白は勢い良く起き上がり、驚いて目を丸くした弥夜を押し倒す。身体に跨って腕を拘束した彼女は、威圧を含む深紫の瞳で弥夜を見下ろした。

「いいか? お前とは違ってうちは何十人、何百人と相手をしてきたんだ。その中にはもちろん女も居たよ。この歳でお前よりも卑猥なことやエグいことも知ってるし、お前が知らないようなことも大体はしてきた。全ては金の為、生きる為だ。それでもうちとやりたいなら相手してやるよ」

「うん……いいよ? 出来れば痛くしないでね」

 流麗な黒髪が胸中を代弁するようにシーツの上で乱れる。押し倒されたまま抵抗を見せない弥夜は、僅かに頬を紅潮させて目を逸らした。

「……いくらでしてくれる?」

「それ以前に身体が震えてるだろ。ビビるなら最初から言うな」

「ビビってなんかないもん」

 拗ねて尖る口元。解放された弥夜は、未だ少し紅潮したままの頬を煩わしく思いながらも、自由になった身体を起こし立ち上がる。

「お風呂入るね」

「寝てたら起こすなよ」

「はいはい、解りましたよっと」

 くしゃみを何度かした彼女は身体の冷えを懸念して即座にシャワーを浴びる。出てきた時には夜も遅く、外の喧騒も嘘のように静まり返っていた。

「起きてるじゃん、眠れないの?」

 横になったままの茉白は、何かを思考しているのか静かにまばたきを繰り返している。部屋内にはまだ新しいであろう煙草の煙が漂っていた。

「……少し考え事をな」

「へえ? 茉白でも考え事するんだ」

「お前はうちは何だと思ってるんだ」

 布団に飛び込む弥夜。その反動で大きく跳ねながらも茉白の隣に並び、独り占めされている掛け布団を無理矢理に半分取り返した。

「それで、考え事って?」

「お前には関係ない」

「ひっど。相方でしょ?」

「だからなった覚えなんてないだろ」

「じゃあ考え事だけでも聞かせてよ」

 僅かな間が訪れ、視線が交差する。短い思考を巡らせた茉白は観念して胸中を晒した。

「うちは今まで、還し屋の連中を数え切れないほど殺してきた。その中には、お前みたいに家族を大切に想う奴も居たのかと思うと……何とも言えない気持ちになった。還し屋を殺せば、その後ろで囚われている関係の無い奴まで殺していたことになるだろ」

「殺らなきゃ殺られていたんでしょ? それなら仕方ないよ。こんな穢れた世界なんだから……先ずは自分が生きることを優先して欲しい」

「……生きる目的が無くてもか?」

「目的なんて後で見付ければいい。それに今は、茉白は私の相方なのだから。勝手に死ぬのは赦さないし、もしそうなってしまえば私泣いちゃうよ?」

「くっだらねえ」

 儚げな表情で首を振った弥夜は、茉白の口元を人差し指で優しく塞ぎながら続ける。

「下らなくなんかない。私は茉白と生きていたい。それは私の……嘘偽りの無い素直な気持ちだよ」

 バツの悪そうな顔で背を向ける茉白。寝返りをうった際、髪から漂ったシャンプーの甘い香りが弥夜の鼻腔をくすぐり、それが悪戯心に火をつける。

「何で無視するの?」

 自身の腕と脚を目一杯絡める弥夜。「鬱陶しい」と吐き捨てた茉白は布団を頭まで被って姿を隠す。これはチャンスだと言わんばかりに、弥夜の口角が大きく吊り上がった。

「あれあれ茉白? もしかして照れ隠ししてるの?」

「はあ? 何でお前に照れ隠ししないといけないんだよ」

「じゃあその可愛い顔を見せて? 絶対赤くなってるでしょ」
  
「……うっざ。早く寝ろ、うちは疲れてるんだ」

「私の方が疲れてるもん」

 他愛の無いやり取りは暫く続くも、弥夜が先に寝落ちしたことで唐突な終わりを告げる。木にしがみ付くナマケモノのように、茉白に絡み付いたまま寝息が立てられていた。

「ったく、ふざけんな……どんな寝相だよ」

 毒づきながらも起こさないようにと気を遣う茉白は、静かに眠る弥夜の顔に視線をやる。流れるような美しい黒髪に、僅かに口を開けていることによって露になった特徴的な八重歯。整った顔立ちは照明も相まって、更なる妖艶さを醸していた。

「抱き付いたまま寝やがって。よだれ垂らしたら殺すからな」

 枕元に手を伸ばした茉白は、淡い光を発するパネルを操作して照明を落とす。暗くなった部屋の中で茉白の心の内に最初に芽生えたのは、弥夜が自身のことを大切にしてくれているという想いだった。ぶっきらぼうで無愛想な態度を取ってもなお、諦めること無くぶつかってくる。



 ──どうしてうちにそこまでするのか。



 率直な疑問が湧くも、茉白は無意識の内に口元を緩めていた。

「お前がそこまで言うのなら……うちも応えてやるよ」

 必要とされたことなど生まれて初めて。親からも愛されなかった茉白が、初めて弥夜の相方として生きると決めた瞬間だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

性転換スーツ

廣瀬純一
ファンタジー
着ると性転換するスーツの話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

魔女リリアの旅ごはん

アーチ
ファンタジー
森の奥で小さな魔法薬店を営む魔女リリア。 三人いた弟子たちは皆一人前になっていき、ついには三人目の弟子も独り立ちしてしまった。 そして彼女はあることに気づく。今日からごはんどうしよう。 いつも弟子たちにご飯を用意して貰っていたので、今更自炊なんてやってられない。 こうなったら外食するしかない。 もう弟子たちもいないし、せっかくなので一人旅をしながら色々な料理を食べてみよう。 そんな思い付きで魔女リリアは一人旅に出る。 これは魔女リリアがただ食事をするだけのお話。 ※週一土曜更新予定です。 ※小説家になろう様でも掲載しています。

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが当たり前になった世界。風間は平凡な会社員として日々を暮らしていたが、ある日見に覚えのないミスを犯し会社をクビになってしまう。その上親友だった男も彼女を奪われ婚約破棄までされてしまった。世の中が嫌になった風間は自暴自棄になり山に向かうがそこで誰からも見捨てられた放置ダンジョンを見つけてしまう。どことなく親近感を覚えた風間はダンジョンで暮らしてみることにするが、そこにはとても可愛らしいモンスターが隠れ住んでいた。ひょんなことでモンスターに懐かれた風間は様々なモンスターと暮らしダンジョン内でのスローライフを満喫していくことになるのだった。

処理中です...