7 / 71
デイブレイク始動、還し屋の脅威
走行戦
しおりを挟む
「鬱陶しい……おい、こっちだ!!」
信号待ちをしていた車の運転手を引き摺り下ろした茉白は、内側から助手席のドアを蹴り開けて弥夜に合図を出す。放り出された運転手の男は口を大きく開けて放心していた。
「すみません、少しお借りしますね」
両手を合わせて申し訳なさそうに会釈した弥夜は、そのまま車に乗り込むと甘ったるい芳香剤の香りに顔を顰めた。
「おい、どれがアクセルだ」
慣れていないのか、まるでくじ引きでもするように足元でガチャガチャと感覚が確かめられていた。
「茉白、貴女運転出来るの!?」
「出来る訳ないだろ十七だぞ!!」
「だったら変わってよ!!」
「お前は出来るのかよ!!」
「出来るに決まってるだろ十八だぞ!!」
口調を真似た弥夜は無理矢理に運転席を取り上げると、茉白を乱雑に助手席に押し込む。そのまま下がり過ぎたシートに浅く腰掛けてアクセルへと右足を伸ばす。
「届かないのか? 足みじか」
「あ? 何だって?」
「お前絶対うちより口悪いだろ」
車内の設備把握の為、神経が極限にまで研ぎ澄まされる。低い声で唸りながらも、短時間で全てを把握した弥夜の肩がガクリと落ちた。
「うげ、マニュアル車じゃん」
「無理なら変われ、うちがやる」
「ついさっき出来ないって言ってたでしょ、支離滅裂なこと言わないで」
「はあ? こんな時に下ネタかよ、センスが無いにも程があるだろ」
「お尻じゃない!! し・り・め・つ・れ・つ!! 解ったから今は話し掛けないで。半クラ失敗したらエンストするでしょ」
専門用語に頭が回らなくなり、舌打ちをした茉白は懐に手を忍ばせる。
「茉白? 車内は禁煙だよ」
「お前の車じゃないだろ」
「後で返すもん」
「……嘘つけ!!」
喫煙が牽制されると共に、車は排気音を轟かせながら発進する。慣れない操作でギアを上げていく弥夜は、ようやくスピードに乗ると交差点を曲がり爆走の限りを尽くした。荒過ぎる運転に車内は天変地異の如く荒れ、視界ですら曖昧と化す。目を回す茉白は外に弾き出されないよう、必死で車内にしがみ付いた。
「おい、お前絶対免許持ってないだろ!!」
「仮免許で路上を走る条件は、隣に誰でもいいから同乗者を乗せること」
「そんな訳ないだろ!! 誰でもいいって道連れの話か!? 変われ、うちの方がマシだ!!」
「ちょっと触らないで!! エンストするでしょ!!」
伸ばされた手を叩き落とした弥夜は無我夢中で公道を爆走する。左右のミラーをぶつけては飛ばし、歩道に並んだ店の看板を薙ぎ倒し、更には中央分離帯にまで乗り上げ、順調にテクニカルなドライブが繰り広げられた。
「茉白の刀で斬られた手のひらが痛いよ」
「だったら代われ」
「あ、やばいかも……!!」
バックミラーを確認した弥夜は焦燥を含んだ声を発する。理由は至極単純であり、先程と同じ蒼白の霊魂が二人を追うように無数に迫っていた。だが数が桁違いであり、到底やり過ごせる状況では無い。
「全部避けろ、仮免許所持者」
「無茶を言わないで、無免許運転未遂」
ふわりと不規則に浮遊する霊魂は他には見向きもせず、二人の乗る車にだけ狙いを定める。稀崎の魔力精度の高さを物語っていた。
「茉白、少し揺れるよ」
「もともと揺れてるだろうが下手くそ」
雨さながら霊魂が降り注ぐ。車体を左右に揺らしブレーキを駆使してやり過ごす弥夜は、避け損ねた一つが天井部分に衝突したことに気付く。鉄が溶けるような臭いが車内に充満したと思われた矢先、天井部分は虫食いのように大きな風穴を晒した。
「嘘でしょ!? 車まで溶かしちゃうの!?」
吹き込む風に靡くどころか暴れる髪。風圧により僅かに息苦しさを覚えた弥夜は、歯を食い縛りハンドルを握る手に力を込める。
「オープンカーみたいだな」
「意図せぬオープンはオープンカーとは呼ばない!!」
エンジンの駆動音を撒き散らしながら後部に追い付いてきた車より、再び無数の霊魂が解き放たれた。運転席には正真正銘稀崎の姿。感情を宿さない漆黒の瞳は、絶対に逃がさないと言わずと語っていた。
「執拗い女だな……今ここでぶち殺してやる」
「大丈夫、必ず逃げ切ってみせるから」
助手席のシートに土足でしゃがみ込んだ茉白は、そのまま体幹をバネにして飛び上がると天井の穴より車外へと飛び出す。
「はあ!? ちょっと茉白!?」
そんな一部始終を横目で確認した弥夜は素っ頓狂な声をあげる。茉白は僅かな広さしか残らない天井部分に着地すると、迫り来る霊魂を刀で斬り裂いた。裂けては後方へと流れていく霊魂は景色に置き去りにされて静かに虚空へと溶け入った。
「おい揺らすな!!」
「仕方ないでしょ我慢して!!」
脚を縺れさせた茉白は間一髪しがみ付き落下を回避する。激烈な向かい風に半目で前方を見据えた彼女は、大型トラックが真正面より迫っていることに気付いた。
「前からトラックが来てるぞ!!」
天井部分の穴から顔を突っ込んで車内の様子を確認した茉白は、冷や汗をかいた弥夜と視線が合う。まさか、と思考する茉白の嫌な予感が的中した。
「やっば……色々ぶつけ過ぎてブレーキ壊れちゃった」
「はあ!? どうすんだよ!!」
コンマ数秒思考を巡らせた弥夜は、生存本能に従いハンドルを強く握る。もはや考えている余裕など無かった。
「何処でもいいから掴まって!!」
大きく左に切られたハンドルに併せて、サイドブレーキが強く引かれる。後輪が即座に回転を失い、前輪を中心として歪な弧が描かれた。身体が千切れそうになるほどの激烈な遠心力。起死回生のドリフトが行われ、凄まじいスキール音が辺りに響いた。交差点を曲がりきって停止した車に安堵した二人は、追い討ちのように響いた爆音により身体を脈打たせて驚愕する。音の出処は先程まで二人が走っていた道路であり、トラックと稀崎の乗る車が正面衝突した際に発せられたものだった。
「ざまあねえな、稀崎」
迸る火柱。ガソリンに引火した炎が瞬く間に灼熱の領域を拡大させてゆく。肌を焼く押し寄せる熱風。地面にはっきりと刻まれた轍が、極限状態で掴み取られた生の儚さを物語っていた。
信号待ちをしていた車の運転手を引き摺り下ろした茉白は、内側から助手席のドアを蹴り開けて弥夜に合図を出す。放り出された運転手の男は口を大きく開けて放心していた。
「すみません、少しお借りしますね」
両手を合わせて申し訳なさそうに会釈した弥夜は、そのまま車に乗り込むと甘ったるい芳香剤の香りに顔を顰めた。
「おい、どれがアクセルだ」
慣れていないのか、まるでくじ引きでもするように足元でガチャガチャと感覚が確かめられていた。
「茉白、貴女運転出来るの!?」
「出来る訳ないだろ十七だぞ!!」
「だったら変わってよ!!」
「お前は出来るのかよ!!」
「出来るに決まってるだろ十八だぞ!!」
口調を真似た弥夜は無理矢理に運転席を取り上げると、茉白を乱雑に助手席に押し込む。そのまま下がり過ぎたシートに浅く腰掛けてアクセルへと右足を伸ばす。
「届かないのか? 足みじか」
「あ? 何だって?」
「お前絶対うちより口悪いだろ」
車内の設備把握の為、神経が極限にまで研ぎ澄まされる。低い声で唸りながらも、短時間で全てを把握した弥夜の肩がガクリと落ちた。
「うげ、マニュアル車じゃん」
「無理なら変われ、うちがやる」
「ついさっき出来ないって言ってたでしょ、支離滅裂なこと言わないで」
「はあ? こんな時に下ネタかよ、センスが無いにも程があるだろ」
「お尻じゃない!! し・り・め・つ・れ・つ!! 解ったから今は話し掛けないで。半クラ失敗したらエンストするでしょ」
専門用語に頭が回らなくなり、舌打ちをした茉白は懐に手を忍ばせる。
「茉白? 車内は禁煙だよ」
「お前の車じゃないだろ」
「後で返すもん」
「……嘘つけ!!」
喫煙が牽制されると共に、車は排気音を轟かせながら発進する。慣れない操作でギアを上げていく弥夜は、ようやくスピードに乗ると交差点を曲がり爆走の限りを尽くした。荒過ぎる運転に車内は天変地異の如く荒れ、視界ですら曖昧と化す。目を回す茉白は外に弾き出されないよう、必死で車内にしがみ付いた。
「おい、お前絶対免許持ってないだろ!!」
「仮免許で路上を走る条件は、隣に誰でもいいから同乗者を乗せること」
「そんな訳ないだろ!! 誰でもいいって道連れの話か!? 変われ、うちの方がマシだ!!」
「ちょっと触らないで!! エンストするでしょ!!」
伸ばされた手を叩き落とした弥夜は無我夢中で公道を爆走する。左右のミラーをぶつけては飛ばし、歩道に並んだ店の看板を薙ぎ倒し、更には中央分離帯にまで乗り上げ、順調にテクニカルなドライブが繰り広げられた。
「茉白の刀で斬られた手のひらが痛いよ」
「だったら代われ」
「あ、やばいかも……!!」
バックミラーを確認した弥夜は焦燥を含んだ声を発する。理由は至極単純であり、先程と同じ蒼白の霊魂が二人を追うように無数に迫っていた。だが数が桁違いであり、到底やり過ごせる状況では無い。
「全部避けろ、仮免許所持者」
「無茶を言わないで、無免許運転未遂」
ふわりと不規則に浮遊する霊魂は他には見向きもせず、二人の乗る車にだけ狙いを定める。稀崎の魔力精度の高さを物語っていた。
「茉白、少し揺れるよ」
「もともと揺れてるだろうが下手くそ」
雨さながら霊魂が降り注ぐ。車体を左右に揺らしブレーキを駆使してやり過ごす弥夜は、避け損ねた一つが天井部分に衝突したことに気付く。鉄が溶けるような臭いが車内に充満したと思われた矢先、天井部分は虫食いのように大きな風穴を晒した。
「嘘でしょ!? 車まで溶かしちゃうの!?」
吹き込む風に靡くどころか暴れる髪。風圧により僅かに息苦しさを覚えた弥夜は、歯を食い縛りハンドルを握る手に力を込める。
「オープンカーみたいだな」
「意図せぬオープンはオープンカーとは呼ばない!!」
エンジンの駆動音を撒き散らしながら後部に追い付いてきた車より、再び無数の霊魂が解き放たれた。運転席には正真正銘稀崎の姿。感情を宿さない漆黒の瞳は、絶対に逃がさないと言わずと語っていた。
「執拗い女だな……今ここでぶち殺してやる」
「大丈夫、必ず逃げ切ってみせるから」
助手席のシートに土足でしゃがみ込んだ茉白は、そのまま体幹をバネにして飛び上がると天井の穴より車外へと飛び出す。
「はあ!? ちょっと茉白!?」
そんな一部始終を横目で確認した弥夜は素っ頓狂な声をあげる。茉白は僅かな広さしか残らない天井部分に着地すると、迫り来る霊魂を刀で斬り裂いた。裂けては後方へと流れていく霊魂は景色に置き去りにされて静かに虚空へと溶け入った。
「おい揺らすな!!」
「仕方ないでしょ我慢して!!」
脚を縺れさせた茉白は間一髪しがみ付き落下を回避する。激烈な向かい風に半目で前方を見据えた彼女は、大型トラックが真正面より迫っていることに気付いた。
「前からトラックが来てるぞ!!」
天井部分の穴から顔を突っ込んで車内の様子を確認した茉白は、冷や汗をかいた弥夜と視線が合う。まさか、と思考する茉白の嫌な予感が的中した。
「やっば……色々ぶつけ過ぎてブレーキ壊れちゃった」
「はあ!? どうすんだよ!!」
コンマ数秒思考を巡らせた弥夜は、生存本能に従いハンドルを強く握る。もはや考えている余裕など無かった。
「何処でもいいから掴まって!!」
大きく左に切られたハンドルに併せて、サイドブレーキが強く引かれる。後輪が即座に回転を失い、前輪を中心として歪な弧が描かれた。身体が千切れそうになるほどの激烈な遠心力。起死回生のドリフトが行われ、凄まじいスキール音が辺りに響いた。交差点を曲がりきって停止した車に安堵した二人は、追い討ちのように響いた爆音により身体を脈打たせて驚愕する。音の出処は先程まで二人が走っていた道路であり、トラックと稀崎の乗る車が正面衝突した際に発せられたものだった。
「ざまあねえな、稀崎」
迸る火柱。ガソリンに引火した炎が瞬く間に灼熱の領域を拡大させてゆく。肌を焼く押し寄せる熱風。地面にはっきりと刻まれた轍が、極限状態で掴み取られた生の儚さを物語っていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。
蒼風
恋愛
□あらすじ□
百合カップルを眺めるだけのモブになりたい。
そう願った佐々木小太郎改め笹木華は、無事に転生し、女学院に通う女子高校生となった。
ところが、モブとして眺めるどころか、いつの間にかハーレムの中心地みたいになっていってしまうのだった。
おかしい、こんなはずじゃなかったのに。
□作品について□
・基本的に0時更新です。
・カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、noteにも掲載しております。
・こちら(URL:https://amzn.to/3Jq4J7N)のURLからAmazonに飛んで買い物をしていただけると、微量ながら蒼風に還元されます。やることは普通に買い物をするのと変わらないので、気が向いたら利用していただけると更新頻度が上がったりするかもしれません。
・細かなことはnote記事(URL:https://note.com/soufu3414/n/nbca26a816378?magazine_key=m327aa185ccfc)をご覧ください。
(最終更新日:2022/04/09)
深淵に眠る十字架
ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
悪魔祓いになることを運命付けられた少年がその運命に逆らった時、歯車は軋み始めた…
※※この作品は、由海様とのリレー小説です。
表紙画も由海様の描かれたものです。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる