毒姫達の死行情動

文字の大きさ
上 下
6 / 71
デイブレイク始動、還し屋の脅威

還し屋

しおりを挟む
「良かったね茉白、可愛いぬいぐるみだね」
  
 茉白の胸元で抱き抱えられた愛らしい熊のぬいぐるみ。柔らかいピンクの真ん丸ほっぺを何度かつついて見せた弥夜は目を輝かせる。

「ならお前にやるよ」

「あの子がせっかくくれたのだから大切にしてあげなきゃ」

 差し出されたぬいぐるみが優しく押し戻される。「事務所に飾れば?」という提案に大人しく納得した茉白は再びぬいぐるみを抱き締めた。

「それで、どうしてあの子の目を塞がせたの?」

「結果的に逃げられたが、男を殺すつもりだったからな。餓鬼の前で人を殺せばトラウマになるかもしれないだろ」

「なんだ、案外優しいじゃん。私には目を瞑れなんて言ってくれなかったくせに」

「お前はもう餓鬼じゃないだろ」

 気怠そうに踵を返した茉白は周囲を警戒しながら元の道へと進路を正す。多少の目撃者はあった為、必然的に突き刺さるような視線が二人へと集まっていた。

「茉白、改めてありがとう」

「だから呼び捨てにすんな」

「ごめん、気を付けるね。いやあ、それにしても茉白は強いね。あんな巨大な質量の塊を一刀両断なんて惚れちゃうかも。あーん惚れちゃう惚れちゃう惚れちゃう」

 早速呼び捨てにするなという抗議は都合良く無視。声を弾ませながら後に続く弥夜は、先程の戦いを思い返して嬉しそうに表情を綻ばせていた。

「お前も見てただろ? 相手が弱かっただけだ」

「素直じゃないね。まあ、今日は出会った祝いに何か美味しいものでも食べようか」

「カップ麺以外にしろよ」 

 煙草に火をつけ紫煙を燻らせる茉白の隣で、弥夜は飴を取り出し満足気に咥える。白い持ち手の飴はタバコと酷似しており、傍から見ればどちらも大差は無かった。

「こら、煙草はやめなよ」

「だったらお前も飴をやめろ」

「やだ。死んじゃう」

「うちも同じだ」

 大通りへと辿り着く寸前、茉白は何かに気付き足を止める。先程の戦いからは死角になる物陰へと視線をやった彼女は、顎を引いて鋭い眼差しを向けた。その行為が示すは第三者の発見。歳が近いであろう、全身黒基調の服を纏った少女は二人を静かに見据える。ショートパンツから覗く色白の脚が、纏われた黒を更に深いものへと際立てていた。

「またお前かよ、稀崎きざき。相変わらず執拗い女だな」

 稀崎と呼ばれた少女は二人の元へ歩むと無言のまま視線を交互にやる。瞳に一切の光や感情を宿さない少女を見て、弥夜は小さく首を傾げた。

「茉白、知り合い?」

「知り合いも何も、かえの女だ。うちを追い回していやがる」

 還し屋、と聞いた弥夜は悟られないよう僅かに目を細める。舐められることによって楽しげに動いていた飴の持ち手。その動きが嘘のようにぴたりと止まった。

「ようやく見付けましたよ、死灰姫しがいき夜葉よるは 茉白ましろ

 「いや……」と自ら発言を否定した稀崎は大人びたサイドテールの髪を靡かせる。明るめの茶色い髪が、何かに引かれるようにしてふわりと虚空に尾を引いた。

「毒蛇、と言った方がいいですかね」

「さっさと成仏しろよサイコ女。いや……幽霊女と言った方がいいか?」

 端的な皮肉返し。「仲わっる」などと言えるはずもなく、弥夜は黙って事の行く末を見据える。

「悪態をつくのは相変わらずですね」

 前髪に覆い隠された右目。露になっている、深い闇のような漆黒の左瞳が弥夜へと向けられる。

「貴女とこうして対面するのは初めてですね。私は還し屋の稀崎と申します。ご存知かどうかは知りませんが、貴女が共にいる夜葉は死灰姫や毒蛇と呼ばれる能力者であり、これまでに数え切れない人を殺めてきました」

「能力者が人を殺すのは、悲しいけれど今や日常茶飯事。別に私は、だからと言って茉白を嫌いになったりはしないよ」

「人殺しが隣に居るというのに、やけに肝が据わった方ですね」

 目を細めた稀崎は怪訝そうな表情で続ける。

「還し屋はご存知でしょうか? 大災害、命の再分配により人々は大幅な減少を見せた。生き残った者は死した者の命を吸い取ったかの如く異能に目覚め、この世界は大きく荒れてしまいました。輪廻に異常をきたした世界の是正、本来生まれるはずの無かった能力者を輪廻の輪に還すこと……それが我々、還し屋の由来です」

「何が輪廻の輪に還すだ、殺すの間違いだろうがサイコ女」

 吐き捨てた茉白は足元の角張った石を蹴り上げた。眼前で瞬き一つすること無く受け止めた稀崎は、やれやれと言わんばかりに石を投げ捨てる。こんな状況下でも足癖の悪さを軽く叱った弥夜は、すぐに稀崎へと視線を戻した。

「還し屋のことはもちろん知ってるよ。還し屋は能力者を裁く為の能力者集団。つまり貴女も能力者であるということ」

「そうですが、それが何か?」

「命の再分配により異能力に目覚めた者は、死した者の命を喰らったと揶揄やゆされる。揶揄どころか、望まずして能力を授かっただけで人殺しと後ろ指を差される世界だよ」

 自嘲の笑みを見せた弥夜は、ぬいぐるみを大事そうに胸に抱き抱える茉白を正視する。愛おしい家族でも見るように表情が綻んでいた。

「だからね? 今さら茉白が人殺しだとか毒蛇だとか言われても、私の彼女への見方は何一つ変わらない」

 バツの悪そうな顔で目を逸らす茉白。弥夜はそれでも、可愛げな八重歯を覗かせて優しい笑みを向けた。

「能力者は全て人殺し、ですか。確かに貴女の言う通り、我々は誰かの命を糧に生きていると言われていますね。一理あります、しかし一理しかない。そんなものは、生き残った者が唱えた稚拙な空想論に過ぎない」

「まあね。でも稀崎さん? 貴女が此処に来たということは茉白を輪廻の輪に還す為……つまり、殺す為に来たということでしょ?」

 殺す為、という部分が皮肉に強調された。凍った空気を更に煽るように冷たい風が吹き抜ける。髪を抑えた弥夜は、稀崎から一瞬たりとも視線を逸らさなかった。

「仰る通りです。本来ならばかくまう者も同罪ですが、素直に道を開けて下されば貴女は見逃しますよ」

 何かを思考しているのか可愛らしげに唸った弥夜は瞬間的に地を蹴り、茉白の腕を掴んで稀崎と反対方向に駆ける。

「おい、何処行くんだよ!!」

 身体を無理矢理にもっていかれた茉白は慣性でぬいぐるみを落とさないように腕に力を込める。弥夜は出来るだけ足場の悪くない道を選びながら、逃げることだけを最優先に一目散に駆けた。

「茉白? 戦わずして勝つには逃げるのが一番なの。稀崎さん、めちゃくちゃ強そうじゃん!!」

「ふざけんな!! あんなサイコ女ぶち殺してやるよ!!」

「いいから。他の還し屋が来たらどうにもならなくなるよ!!」

 選択されたのは逃げの一手。景色が乱雑に移り変わるさまを横目に、二人の靴音が短い感覚で繰り返される。なるべく逃走ルートを悟られないよう、曲がり角や十字路を複雑に進む二人ではあるが、弥夜が後方を振り返ると同時に目を見開いた。

「茉白!! 何かよく解らない火の玉が来てる!!」

 一言で表すなら、ふわふわと浮遊する霊魂。蒼白の霊魂は不規則な挙動で二人への距離を埋める。微弱ながら魔力が纏われており、霊魂の輪郭が刺々しく波打っていた。

「稀崎の魔法だ。触るなよ、身体が溶けるぞ。あいつの能力でスライムみたいになった奴を何人も見てきたからな」
  
「スライム!? 何それこっわ。でもそんなこと言ったって追い付かれるよ!!」
  
「……これ持ってろ!!」

 ぬいぐるみを無理矢理に押し付けた茉白は靴底を滑らせて立ち止まり、強い力で掴まれた腕を振り払う。そんな彼女を袋のネズミと言わんばかりに取り囲む霊魂。刀を具現化と同時に居合の構えを取った茉白は間髪入れずに振り抜く。たったひと振りで全て切り裂かれた霊魂は灰となり静かに雲散霧消する。残された魔力残滓だけが、虚空に蒼白の余韻を残した。

「さっすが私の相方、超強い」

 ハイタッチの要領で差し出された手は華麗にスルー。「相方になった覚えなんかない」と吐き捨てた茉白は静かに刀を納めた。窮地は脱したと安堵した弥夜は、茉白の肩を叩くと再び走り出し大通りへと出る。そのまま息の詰まるような路地から脱出し、開けた空に僅かな開放感を得た。だが生憎、空は曇天のままだった。

「振り切れたかな……?」

 辺りの景色から精一杯の情報を取り込む。別段変わった様子は無く、普段通りの景色が普段通りに繰り広げられていた。たった一つ、遠くから響く車の排気音を除いては。遠目に確認出来るのは黒のセダンタイプの車であり、今まさに、二人の元へと猛スピードで距離を喰らっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【お天気】スキルを馬鹿にされ追放された公爵令嬢。砂漠に雨を降らし美少女メイドと甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い

月城 友麻
ファンタジー
公爵令嬢に転生したオディールが得たのは【お天気】スキル。それは天候を操れるチートスキルだったが、王族にはふさわしくないと馬鹿にされ、王子から婚約破棄されて追放される。 元々サラリーマンだったオディールは、窮屈な貴族社会にウンザリしていたので、これ幸いと美少女メイドと共に旅に出た。 倒したドラゴンを従えて、広大な砂漠を越えていくオディールだったが、ここに自分たちの街を作ろうとひらめく。 砂漠に【お天気】スキルで雨を降らし、メイドの土魔法で建物を建て、畑を耕し、砂漠は素敵な村へと変わっていく。 うわさを聞き付けた移民者が次々とやってきて、村はやがて花咲き乱れる砂漠の街へと育っていった。 その頃追放した王国では日照りが続き、オディールに頼るべきだとの声が上がる。だが、追放した小娘になど頼れない王子は悪どい手段でオディールに魔の手を伸ばしていく……。 女神に愛された転生令嬢とメイドのスローライフ? お楽しみください。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

処理中です...