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一朗
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『…もしもし』
仕事用のスマホ画面は室内に切り替える。
プライベート用のスマホから、弱々しくて懐かしい声を聞いた。
『ごめん、だめだと思ったんだけど…‥、ずっと思っててそれで…』
「それで?」
『…‥』
暗い廊下の壁にもたれて直也は懐かしさで思わず笑みを浮かべた。
「俺に電話してきたってことは」
かつて「スズラン」で働いていた鈴木一朗。
連絡先を教えておくか、最後まで迷った相手だった。
「また俺に抱かれたくなった?」
直也はわざと突き放すように冷たく言う。
この番号を知っているのは樹。
情報がどうやって流れたか、悩まなくても答えは簡単だ。
あの櫻井が、一朗を表の社会に戻すために自分たちとは縁を切れと散々言って、助力もしたのに。
「それとも様子見てこいって言われた?」
お願いだからこちらの世界へ戻ってくるな。
陽のあたる場所を、堂々と胸をはって生きていってくれ。
『そうだよね。そう受け止められるよね。だから連絡できなかった』
最初の緊張がとけたのか、おどおどした口調が消えた。
「大学は卒業できた?」
直也は話題を変えて、車へ向かって歩き出す。
靴音が低く響いた。
『うん。休学していた分を取り戻して、なんとか就職もした』
「それで相変わらず彼氏できなくて、今度は客側になったってか?」
こんなこと言いたくない。
言葉が自分に刺さって心臓が痛くなる。
裏社会に戻ってきてはだめだ。
『そうだよ。客になった』
直也は運転席に乗り込んで、荒々しくドアを閉めた。
「じゃあ俺に何の用だよ!金なくなったから俺ならタダで出来ると思ったのか?」
俺を軽蔑して、嫌いになってくれ。
直也は新と客が写っているスマホの音を最大にした。
『あ‥っ!‥あ‥は…‥っあ‥や…っ…』
新の艶めかしい声が車内に響く。
「うちもいい子いるから俺のインスタ見てよ。気に入った子いたら指名して」
一朗の哀しい泣き声が聞こえる。
性癖のせいで、孤独を抱えている寂しい男だ。
かわいいし、いいヤツなんだ。
いいやつなんだよ…。
直也は自分の負けを認めるしかなかった。
だが今はロウの事で非常事態だ。
「一朗くん、俺いま病院にいるんだ」
『…え?』
「俺達もよく病院に担ぎ込まれたな。そんな感じ」
一朗は同業だったから、事情を飲み込むのが早かった。
彼も一度SMプレイと薬物で病院送りになった。それが原因で一度仕事を辞めている。
だが田舎に帰っても閉鎖的な環境で恋人を見つけることが出来ず、また戻ってきた。
その時櫻井が出した条件は、学業優先、就職までに反社会勢力とは手を切ること。
つまり仕事は大学生の間だけ。
画面には騎乗位で腰をふっている新が写っている。
『う‥ん…‥、あ‥あぁ…』
ゆらゆらと揺れて声を出す新。
「眠剤盛られた子を病院に運んで、今仕事中の人をスマホで確認中」
『ごめん、そんな時に…』
「電話番号でLINEに自動登録出来る?」
『うん』
「そっちで後から連絡するから今日はもう寝な。俺は朝までホテルの駐車場で待機だ。それから検査結果を聞きに戻って、退院許可が出たら家まで送る。けっこうハードスケジュール」
『櫻井さんもよく言ってたね忙しいって』
「忙しいよ。だからエロいスタンプでも送って俺を元気つけて」
『あははは、エッチだなあ』
おやすみを言って通話を切る。
『‥ああん…気持ちいい…‥』
画面の中で父親より年上の男に抱かれて新が狂っている。
新もパートナーが見つからなくて、この仕事は趣味と実益だと言っていた。
『あ…あぁ‥‥ん…そこ、もっと…』
だからロウほど気を使うことはない。
大人が自分の意思でやっている事だし、真面目な性格の新なら安心して任せられる。
ただそのいやらしい姿態を見ているのが、なんだか悪い気がした。
一朗を跳ね返すことは、結局出来なかった。
小動物のようにくるくる動く目を、のばした前髪が影をつくるかわいい一朗の顔。
仕草があざとくて、それが天然なのだからたちが悪い。
あいつは魔性だ。
俺が堕ちたんだから。
仕事用のスマホ画面は室内に切り替える。
プライベート用のスマホから、弱々しくて懐かしい声を聞いた。
『ごめん、だめだと思ったんだけど…‥、ずっと思っててそれで…』
「それで?」
『…‥』
暗い廊下の壁にもたれて直也は懐かしさで思わず笑みを浮かべた。
「俺に電話してきたってことは」
かつて「スズラン」で働いていた鈴木一朗。
連絡先を教えておくか、最後まで迷った相手だった。
「また俺に抱かれたくなった?」
直也はわざと突き放すように冷たく言う。
この番号を知っているのは樹。
情報がどうやって流れたか、悩まなくても答えは簡単だ。
あの櫻井が、一朗を表の社会に戻すために自分たちとは縁を切れと散々言って、助力もしたのに。
「それとも様子見てこいって言われた?」
お願いだからこちらの世界へ戻ってくるな。
陽のあたる場所を、堂々と胸をはって生きていってくれ。
『そうだよね。そう受け止められるよね。だから連絡できなかった』
最初の緊張がとけたのか、おどおどした口調が消えた。
「大学は卒業できた?」
直也は話題を変えて、車へ向かって歩き出す。
靴音が低く響いた。
『うん。休学していた分を取り戻して、なんとか就職もした』
「それで相変わらず彼氏できなくて、今度は客側になったってか?」
こんなこと言いたくない。
言葉が自分に刺さって心臓が痛くなる。
裏社会に戻ってきてはだめだ。
『そうだよ。客になった』
直也は運転席に乗り込んで、荒々しくドアを閉めた。
「じゃあ俺に何の用だよ!金なくなったから俺ならタダで出来ると思ったのか?」
俺を軽蔑して、嫌いになってくれ。
直也は新と客が写っているスマホの音を最大にした。
『あ‥っ!‥あ‥は…‥っあ‥や…っ…』
新の艶めかしい声が車内に響く。
「うちもいい子いるから俺のインスタ見てよ。気に入った子いたら指名して」
一朗の哀しい泣き声が聞こえる。
性癖のせいで、孤独を抱えている寂しい男だ。
かわいいし、いいヤツなんだ。
いいやつなんだよ…。
直也は自分の負けを認めるしかなかった。
だが今はロウの事で非常事態だ。
「一朗くん、俺いま病院にいるんだ」
『…え?』
「俺達もよく病院に担ぎ込まれたな。そんな感じ」
一朗は同業だったから、事情を飲み込むのが早かった。
彼も一度SMプレイと薬物で病院送りになった。それが原因で一度仕事を辞めている。
だが田舎に帰っても閉鎖的な環境で恋人を見つけることが出来ず、また戻ってきた。
その時櫻井が出した条件は、学業優先、就職までに反社会勢力とは手を切ること。
つまり仕事は大学生の間だけ。
画面には騎乗位で腰をふっている新が写っている。
『う‥ん…‥、あ‥あぁ…』
ゆらゆらと揺れて声を出す新。
「眠剤盛られた子を病院に運んで、今仕事中の人をスマホで確認中」
『ごめん、そんな時に…』
「電話番号でLINEに自動登録出来る?」
『うん』
「そっちで後から連絡するから今日はもう寝な。俺は朝までホテルの駐車場で待機だ。それから検査結果を聞きに戻って、退院許可が出たら家まで送る。けっこうハードスケジュール」
『櫻井さんもよく言ってたね忙しいって』
「忙しいよ。だからエロいスタンプでも送って俺を元気つけて」
『あははは、エッチだなあ』
おやすみを言って通話を切る。
『‥ああん…気持ちいい…‥』
画面の中で父親より年上の男に抱かれて新が狂っている。
新もパートナーが見つからなくて、この仕事は趣味と実益だと言っていた。
『あ…あぁ‥‥ん…そこ、もっと…』
だからロウほど気を使うことはない。
大人が自分の意思でやっている事だし、真面目な性格の新なら安心して任せられる。
ただそのいやらしい姿態を見ているのが、なんだか悪い気がした。
一朗を跳ね返すことは、結局出来なかった。
小動物のようにくるくる動く目を、のばした前髪が影をつくるかわいい一朗の顔。
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