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敵
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「そろそろ行こうか」
ようやく汗が引いた所でまた外に出るのがだるいと思いながら利休はかばんを肩にななめにかけた。
帽子を深くかぶって会計を済ませた沈の後に続いて店を出る。案の定さっき飲んだお茶が汗となって吹き出した。
太陽の光と人の熱気でのぼせそうな夏の暑さだった。
「もーホテルから出たくない」
口を尖らせて横で文句を言っている利休を呆れた顔で見る。
「そうだな。中にいれば目障りな人間は目につかないし気が楽だ」
「ん?」
護衛のほかに尾行している連中に気がついてはいたが利休は特に気にしていなかった。
親戚に狼の幹部がいるから監視対象であることは昔からで、家の前に不審な車が長時間いたり、学生時代からつけてくる大人がいて、機嫌がいいときは巻いてからかっていた。
はじめはうす気味悪いと思っていたがそれが日常になってしまった今は何も感じない。
「この日本で暗殺されることなんかないよ」
黒い扇子をパタパタと扇ぎながら横断歩道の信号が赤になり大勢の人と一緒に止まる。
久しぶりに履いたジーンズが余計肌にまとわりついている気がして足が熱い。
「それより熱中症のほうが怖いで」
Tシャツの首まわりを引っぱって中に空気を送りながら扇子を動かしていると、隣にいる見知らぬ男が密着するほど近づいてきた。
利休はパタパタと扇で自分に風を送り続ける。
「佐川悠人25歳。京都出身。高校卒業後叔父上原祐樹を頼って上京する。日本の暴力団とは直接の関係はないが韓国人の構成員繋がりで銃の密売の一部を取り仕切っている。密航歴多数。叔父と狼という韓国系暴力団数十人の謎の失踪に関与している」
ふたりは目を合わせず、横断歩道の向こう側を見ながら立っていた。
利休は男を見ず、さりげなく男の首の後ろに指をまわす。
「と、いうことです」
信号が青に変わると人間が一気に動いて沈の背中を利休が早足で追いかけた。
利休に話しかけた男は人の流れについてこないまま立ちすくんでいる。
正面から近づいてすれ違っていくスーツ姿の男たちが異変に気がついて彼に近づいた時、男は膝から崩れた。
宿泊しているホテルに到着するまで利休と沈は無言で少し距離を置いて歩いていく。
「お見事だ」
自動ドアをくぐって人がまばらになった時ようやく沈が口を開いた。
「暑くてイライラしてたんだもん」
「針か」
「……」
扇いでいた扇子をかばんに放り込んで利休は廊下を進んでいく。
「殺すのなんてそんな難しくないやろ。さっきの人は殺してないけど」
「片手に扇子持ったままで、本当に片手間だな」
「日本の公安は情報収集は優秀でもそれ以上はなんてことない。今頃慌てふためいているだけや。病院で調べたって本人の体調不良で片付く」
面倒くさそうに説明している。機嫌がよかったらどうするつもりだったのだろう。
「僕を脅すとどうなるか。そろそろ教えとかないと」
尾行してきたり家の前で張り込みしたり精神的に攻撃してくる。不機嫌な時は相手してやると思いながらエレベーターで高層の部屋にたどり着く。
「パパこそ意地悪いと思うけど」
部屋のドアを指差して利休はにやっと笑った。
「一流ホテルは客のプライバシーを守る。公安も警察の方も炎天下の駐車場でパンでもかじって見張ってていただこう」
「性格悪…」
スリッパに履き替えて利休はパタパタと室内に入っていく。
こんな子どもっぽくて女のような顔の男に瞬殺されて運が悪かったなと思いながら、手際の良さに背筋が凍る思いがした。
だが利休が不機嫌な本当の理由はほかにある。
「藤堂サンに連絡しなくていいのか?」
ツインベッドのひとつに転がっていた利休に言う。
豪華客船の乗船リストはどこで漏れたか公安が入手した。下船してから全員が監視対象になっているはず。
バレているなら今さら隠れなくてもいいのにと思うが、利休は神経質になっていた。
「…パパならどうする?」
天井を見たまま、利休は聞いてくる。
「こういう事があるから長くは付き合わない。俺だったらもう会わないな。このまま帰国してそのままだ」
「それが正解だよね」
ごろりと寝返りを打って、沈の顔をじっと見た。
想い人のことを考える時人間はこんなに色気が出るのか、一度鏡で自分の顔を見てこいと言いたくなってしまう。
そしてその顔が答えだった。
シーツをすべる手がまるで恋人の体をまさぐるように動く。
「別に正解ばかりを追うのが人生じゃないぞ」
自分の髪をぐしゃぐしゃと乱しながら沈は隣のベッドに座った。
汗が引いて乾いてきた髪がふわりとウェーブを描いてはっきりとした骨格の顔が見える。
この容姿で落ちない女なんかいないだろうなと端正な顔をみつめながら思った。
「パパってモテるでしょ」
「ヤクザが女にモテなかったら終わりだぞ」
後ろに手をついてあははと笑う。
「なんで僕を助けてくれたの?」
「今日は質問ばかりだな」
重心を前にして両手を足の上で組んで沈はじっと利休を見る。
「お前いつもひとりで寂しそうだったからな。誰か力を貸してくれる人いないのかと思って。酔った勢いで狼を乗っ取るってポロッとこぼした時まずいと思ったよ。だから作戦聞いたの覚えてるか?」
「うん」
「寝首を掻くって言うから爆笑した」
「それが手っ取り早いと思ったんだもん」
「向こうは気づいてるよ。馬鹿だなあと思って手を貸した。俺が欲しかった日本の拠点も作れるし一石二鳥だ。それで次は恋愛相談?落差激しいな」
人の話を聞いているのか利休はうつ伏せでそこに誰かいるかのようにシーツを強く握っている。
店の常連と店長、それだけの関係なのに組織を動かしてまで手を貸した理由をここで口にしろと言うんだろうか。
「俺達は明日死ぬかもしれない稼業だ。だから思い残すことのないようにしている」
利休の背中を押すのはこれくらいでいいだろうと思って沈は立ち上がった。
ようやく汗が引いた所でまた外に出るのがだるいと思いながら利休はかばんを肩にななめにかけた。
帽子を深くかぶって会計を済ませた沈の後に続いて店を出る。案の定さっき飲んだお茶が汗となって吹き出した。
太陽の光と人の熱気でのぼせそうな夏の暑さだった。
「もーホテルから出たくない」
口を尖らせて横で文句を言っている利休を呆れた顔で見る。
「そうだな。中にいれば目障りな人間は目につかないし気が楽だ」
「ん?」
護衛のほかに尾行している連中に気がついてはいたが利休は特に気にしていなかった。
親戚に狼の幹部がいるから監視対象であることは昔からで、家の前に不審な車が長時間いたり、学生時代からつけてくる大人がいて、機嫌がいいときは巻いてからかっていた。
はじめはうす気味悪いと思っていたがそれが日常になってしまった今は何も感じない。
「この日本で暗殺されることなんかないよ」
黒い扇子をパタパタと扇ぎながら横断歩道の信号が赤になり大勢の人と一緒に止まる。
久しぶりに履いたジーンズが余計肌にまとわりついている気がして足が熱い。
「それより熱中症のほうが怖いで」
Tシャツの首まわりを引っぱって中に空気を送りながら扇子を動かしていると、隣にいる見知らぬ男が密着するほど近づいてきた。
利休はパタパタと扇で自分に風を送り続ける。
「佐川悠人25歳。京都出身。高校卒業後叔父上原祐樹を頼って上京する。日本の暴力団とは直接の関係はないが韓国人の構成員繋がりで銃の密売の一部を取り仕切っている。密航歴多数。叔父と狼という韓国系暴力団数十人の謎の失踪に関与している」
ふたりは目を合わせず、横断歩道の向こう側を見ながら立っていた。
利休は男を見ず、さりげなく男の首の後ろに指をまわす。
「と、いうことです」
信号が青に変わると人間が一気に動いて沈の背中を利休が早足で追いかけた。
利休に話しかけた男は人の流れについてこないまま立ちすくんでいる。
正面から近づいてすれ違っていくスーツ姿の男たちが異変に気がついて彼に近づいた時、男は膝から崩れた。
宿泊しているホテルに到着するまで利休と沈は無言で少し距離を置いて歩いていく。
「お見事だ」
自動ドアをくぐって人がまばらになった時ようやく沈が口を開いた。
「暑くてイライラしてたんだもん」
「針か」
「……」
扇いでいた扇子をかばんに放り込んで利休は廊下を進んでいく。
「殺すのなんてそんな難しくないやろ。さっきの人は殺してないけど」
「片手に扇子持ったままで、本当に片手間だな」
「日本の公安は情報収集は優秀でもそれ以上はなんてことない。今頃慌てふためいているだけや。病院で調べたって本人の体調不良で片付く」
面倒くさそうに説明している。機嫌がよかったらどうするつもりだったのだろう。
「僕を脅すとどうなるか。そろそろ教えとかないと」
尾行してきたり家の前で張り込みしたり精神的に攻撃してくる。不機嫌な時は相手してやると思いながらエレベーターで高層の部屋にたどり着く。
「パパこそ意地悪いと思うけど」
部屋のドアを指差して利休はにやっと笑った。
「一流ホテルは客のプライバシーを守る。公安も警察の方も炎天下の駐車場でパンでもかじって見張ってていただこう」
「性格悪…」
スリッパに履き替えて利休はパタパタと室内に入っていく。
こんな子どもっぽくて女のような顔の男に瞬殺されて運が悪かったなと思いながら、手際の良さに背筋が凍る思いがした。
だが利休が不機嫌な本当の理由はほかにある。
「藤堂サンに連絡しなくていいのか?」
ツインベッドのひとつに転がっていた利休に言う。
豪華客船の乗船リストはどこで漏れたか公安が入手した。下船してから全員が監視対象になっているはず。
バレているなら今さら隠れなくてもいいのにと思うが、利休は神経質になっていた。
「…パパならどうする?」
天井を見たまま、利休は聞いてくる。
「こういう事があるから長くは付き合わない。俺だったらもう会わないな。このまま帰国してそのままだ」
「それが正解だよね」
ごろりと寝返りを打って、沈の顔をじっと見た。
想い人のことを考える時人間はこんなに色気が出るのか、一度鏡で自分の顔を見てこいと言いたくなってしまう。
そしてその顔が答えだった。
シーツをすべる手がまるで恋人の体をまさぐるように動く。
「別に正解ばかりを追うのが人生じゃないぞ」
自分の髪をぐしゃぐしゃと乱しながら沈は隣のベッドに座った。
汗が引いて乾いてきた髪がふわりとウェーブを描いてはっきりとした骨格の顔が見える。
この容姿で落ちない女なんかいないだろうなと端正な顔をみつめながら思った。
「パパってモテるでしょ」
「ヤクザが女にモテなかったら終わりだぞ」
後ろに手をついてあははと笑う。
「なんで僕を助けてくれたの?」
「今日は質問ばかりだな」
重心を前にして両手を足の上で組んで沈はじっと利休を見る。
「お前いつもひとりで寂しそうだったからな。誰か力を貸してくれる人いないのかと思って。酔った勢いで狼を乗っ取るってポロッとこぼした時まずいと思ったよ。だから作戦聞いたの覚えてるか?」
「うん」
「寝首を掻くって言うから爆笑した」
「それが手っ取り早いと思ったんだもん」
「向こうは気づいてるよ。馬鹿だなあと思って手を貸した。俺が欲しかった日本の拠点も作れるし一石二鳥だ。それで次は恋愛相談?落差激しいな」
人の話を聞いているのか利休はうつ伏せでそこに誰かいるかのようにシーツを強く握っている。
店の常連と店長、それだけの関係なのに組織を動かしてまで手を貸した理由をここで口にしろと言うんだろうか。
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