気がついたら呪われてました

希京

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人形

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木杉英人が一番早く戻ってメグや悠人のいるリビングで涼んでいた。
次に戻ったのは安倍宗一郎で、素知らぬ顔でメグに笑顔を向けた。
これは華さんの心に潜ったことはお見通しだなと悠人は感づく。
「何を見た?メグ」
片手をポケットに突っ込んでそこにかけるようにジャケットを持って尋ねる。
「何で?華さんを助けたくないの!?」
慌てて立ち上がったメグをにやにやしながら宗一郎は見ていた。

「なんか俺に怒られるようなことした?」
メグは一瞬しまった、という顔をしたが、目に力を込めて睨み返した。
ソファに座ってペットボトルのお茶を飲んでいた英人が不思議そうに様子を見ている。
「それで何が見えたの」
「暗くて重い雲が広がる岩場のような所に、槍が刺さった華さんがいて、それを抜いた」
悠人も同じ景色を見た。
あれが華さんの心なら随分暗くて重い何かを背負っているんだなと思った。

「ふうん」
決死の思いで告白したメグに宗一郎はこれ以上詰めてこなかった。
「え、なに?華さんにダイブしたの!?」
英人のほうが過敏に反応した。
「何のために太郎君が不確定要素をのぞいて作戦練ったのか意味ないな」
くぼんだ所に座って宗一郎は片目でちらりとメグをみる。

メグの両手に力が込められる。
「華さんが死んじゃうの…やだよ……」
悠人からは震えているメグの後ろ姿しか見えない。
いつもならここまで追い詰めないし、異常なほどメグには甘い宗一郎が突き放している。
仕事になるとプロだなと思いながら、悠人にはその危険度がわからず突っ立っていることしか出来なかった。

その時玄関の引き戸が開く音がして太郎が現れた。
憔悴しているように見えるが、眼だけはするどく光っている。
「宮城杏の保護確認」
「保護者会では俺達の話は出なかった」
「そうですか…。ありがとうございます」
誰にも目を合わせず、下を見つめながら小さく呟いた。

脱いだジャケットを置いて宗一郎が立ち上がって太郎と廊下に出る。
話の流れで自分が蚊帳の外、戦力外なのを思い知ったが、そのせいでメグがしたことがどれだけ悪いことなのか判断できない。
「俺、もっと強くなるよ。力が使えるようになればこんな事にはならなかった」
悠人がメグの背中に話しかけるが、ふり返ることはなかった。


長い廊下を、太郎と宗一郎が歩いていく。
「華さんの様子は?」
「検査結果ではどこも悪くないけど目を覚まさない。入院が長引きそうなんでとりあえず着替えとか適当に必要なものを持って引き返す」
「女手が必要なら葉に聞いてみるが。誰か紹介してくれると思う」
「後が怖いな」
太郎が困った笑顔になって華の部屋の障子を開けて中に入り、宗一郎は部屋を背にして後ろを向き腕を組んだ。
服もそうだが何事にもこだわりがない華の部屋は、ベッドと小さなテーブル、普段着を入れている小さなタンス、あとはパソコンしかない。

「メグが華さんの精神に潜ったみたいなんだ。原因はそれかもしれない」
「黒歴史を見られて動揺するメンタルな人じゃないから大丈夫だよ」
ガタガタと音を立てて太郎はタンスや引き出しを開けて適当に鞄に詰め込んでいく。
「女はわからないよ」
「あなたが言うと説得力ありますね」
最後にスマホと充電器を鞄に入れて、ふと違和感を感じた。
部屋の広さやレイアウトに似合わない、大きくて細い黒のタンス。
「それで……」
「ちょっと待って」

会話をさえぎられてチラっと部屋の中を覗くと、太郎の視線がひとつのタンスに向けられている。
人ひとり入りそうな大きさだなと思った瞬間、嫌な予感がした。
「……」
ふたり目線を合わせて片方ずつタンスの取っ手を握る。

3、2、と指でカウントしてから同時に扉を開けた。

「…うっ…!」
「なんだこれ…っ」
精巧に作られた井上賢司に似たリアルな人形が立っていた、
その全身にナイフが刺さって、特に顔は表情がわからないくらい刺されていて眼鏡が割れて今にも落ちそうになっている。
あの明るくて屈託のない華が、毎日、いや何年もかけて呪詛していたのだろうか。
そのよどんだ殺意が中から流れてくるような気がした。

さすがにふたりとも声が出なくてしばらく静止したままだった。
「華さんがここまでしても井上賢司は死なないんだな。あの男どれだけ強い守護霊持ってるんだ」
宗一郎の言葉にピンとくるものがあった。
不確定要素。
「あの子だ、一緒に住んでいた女子高生」
太郎はタンスを抱えて思い切り庭に叩きつけた。
「姉さんは自分の命を逆凪にしたんだ。だから目が覚めない!」

音に驚いて悠人たちが駆けつけた時には、黒い炎を上げて燃えているタンスと人形が庭に転がっていた。
「こんな事をしても今さら何の意味もないけどね…」
うつむく太郎の前髪のせいで顔は見えない。
人を呪うことがこんなに苦い味のする行為だというのを悠人は思い知った。
それでも人はおろかな行いをやめないだろうと思う。
母と姉を失った太郎の心情を思えば、それをなじることが正義なのか、悠人には判断できなかった。






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