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犬神
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長期戦になると思い悠人はATMで金をおろしてこようと思い立った。
「俺一緒に行きますよ」
英人がついてこようとする。
「近くだし大丈夫」
「距離は関係ないよ」
本当はひとりになる時間が欲しかったのだが断りきれなかった。
玄関を開けると夏に近づく日差しが肌を刺す。
「あちい…」
Tシャツ姿の英人が目を細めて空を見た。
長袖の白いワイシャツ姿の悠人も湿度の高い空気が不快に思える。
男ふたり並んで歩きながらATMが設置されていそうな建物に入ってみるがなかなかみつからない。
なにかの力に邪魔されているような感じがするのは考えすぎだろうか。
少し距離のある銀行まで行かないとだめかなと諦めた時、英人の歩みが止まった。
「どうしました?」
悠人が声をかけた瞬間、英人が猛スピードで後ろに走り出してあっという間に見えなくなる。
ふりむくと見覚えのある黒コート姿の女が立っていた。
神楽葉。
何しについてきたんだよっ!!
俺を残して逃げるな。
コツコツとヒールの音を響かせながら悠人に近づいてくるが足が動かない。
目の間まで来て、神楽葉は歩みを止めた。
「佐伯家にかけた呪いは今の所水森一族が食い止めている」
歩道の真ん中で話しかけてきた。
「私が犬神の一族なのは宗一郎から聞いていると思うが」
「スケキヨ…?」
「そっちじゃない」
みんな同じリアクションをするのか神楽葉は片目を細めて苦笑いしている。
悠人の腕をゆるく掴んで神楽は歩きだした。
「呪術の一種だ。祖母の代までは儀式をしていたらしいが私は大人になるまで知らなかった」
「呪術…」
「誰もあなたに説明していないのか?」
歩きながら不思議そうな顔を向けてくる。
「犬の胴体を埋めて顔だけ出して餓死寸前まで放置する。いよいよ死ぬという時に犬の前に食べ物を置く。喜んだ犬の首をはねて殺す。犬の最後の記憶は餌をくれた人間だ。助けてくれたと思い込んで自分を殺した人間を守ろうと勝手に動き出す。簡単に言うとそんな感じだ。ちなみに女系に受け継がれる」
腕は離されたが悠人は神楽についていって話を聞く。
「私を傷つけた、あるいは邪魔をしたと判断した場合、私の意思と関係なく犬たちはそいつを攻撃する。だから私には止められない。佐伯家にかけた術は私だから自分の意思で止められても犬神は勝手に動く。それが私の家系だ。宗一郎がまだ生き延びているのはあの男が祓う能力があるから」
なんでそこで宗一郎の名前が出てくるんだろう。
気がつくと目的だった銀行の近くまで来ていた。
「その様子だとメグの事も知らないな」
「俺は何も教えてもらってない。何の情報もない」
「信用されてないんだな」
神楽は口角を上げて嫌な笑い方をする。
「私につけば少なくとも呪いのひとつからは逃げられる。こちらに来ないか?」
「あんたを雇う金がない。今もじいさんの金で守ってもらってる」
遠回しに断るが、神楽は銀行を指差した。
「俺の銀行預金を狙うな。詐欺師か」
「宗一郎よりはいい仕事をするぞ」
「今の所メグ君に助けられている」
「メグは戸籍のない闇っ子の中国人で親に人身売買の組織に売られて宗一郎が買った。書類上存在しない人間を逆凪に利用しているそんな男を信じる?」
「……」
思考停止してぽかんとしている悠人を見て、神楽はじっとその顔を見ていたが、唐突に悠人の首に腕をまわして抱きついてきた。
余計に悠人の思考が止まる。
自分のすぐ横でブス、と鈍い音がして振動が悠人の体にも響いた。
すっと神楽が離れて靴音を残してこの場を去っていく。
片手をコートのポケットに入れて無駄のない動きで人混みに消えていく後ろ姿を見送った。
はっと我にかえってふり返ると血だまりに倒れている英人がいた。
「英人さんっ!」
近づいて跪くと、腹あたりが赤く染まっているが意識はある。
「救急車…」
ポケットにつっこんであったスマホで119を押す。
「〇〇銀行の前までお願いします!状況は…」
そこまで言って悠人は言葉につまった。
どうして血まみれで倒れているのだろう。
「なんじゃこりゃあ、だ…」
血に染まった手をかざして英人はドラマのワンシーンを演じた。
「…銃で撃たれたみたいです」
通話を切るとすぐにサイレンの音が聞こえてきた。
悠人を置いて逃げたと思っていたが攻撃のタイミングを狙っていて、それに気がついた神楽は悠人の体を盾に使って英人を銃で撃って逃走した。そういう事か。
呪いとか血筋とか全然関係ないし、そんな不可思議な力より神楽本人が強くて怖い。
一定の距離を保って自分たちを囲んで見物している野次馬に「どいて!離れて!」と叫ぶ救急隊員が英人を担架に乗せた。
「電話したのはあなたですか!?」
「は、はいそうです」
「あなたは彼の関係者ですか?それともたまたま居合わせた人?」
「通りすがりです」
ここで警察に事情聴取されても信じてもらえないだろうし、拘束されるのは時間の無駄だと思って咄嗟に嘘をついた。
その気になれば悠人を撃ち殺せる距離にいたと思うと背筋に冷たい何かが通った。
「俺一緒に行きますよ」
英人がついてこようとする。
「近くだし大丈夫」
「距離は関係ないよ」
本当はひとりになる時間が欲しかったのだが断りきれなかった。
玄関を開けると夏に近づく日差しが肌を刺す。
「あちい…」
Tシャツ姿の英人が目を細めて空を見た。
長袖の白いワイシャツ姿の悠人も湿度の高い空気が不快に思える。
男ふたり並んで歩きながらATMが設置されていそうな建物に入ってみるがなかなかみつからない。
なにかの力に邪魔されているような感じがするのは考えすぎだろうか。
少し距離のある銀行まで行かないとだめかなと諦めた時、英人の歩みが止まった。
「どうしました?」
悠人が声をかけた瞬間、英人が猛スピードで後ろに走り出してあっという間に見えなくなる。
ふりむくと見覚えのある黒コート姿の女が立っていた。
神楽葉。
何しについてきたんだよっ!!
俺を残して逃げるな。
コツコツとヒールの音を響かせながら悠人に近づいてくるが足が動かない。
目の間まで来て、神楽葉は歩みを止めた。
「佐伯家にかけた呪いは今の所水森一族が食い止めている」
歩道の真ん中で話しかけてきた。
「私が犬神の一族なのは宗一郎から聞いていると思うが」
「スケキヨ…?」
「そっちじゃない」
みんな同じリアクションをするのか神楽葉は片目を細めて苦笑いしている。
悠人の腕をゆるく掴んで神楽は歩きだした。
「呪術の一種だ。祖母の代までは儀式をしていたらしいが私は大人になるまで知らなかった」
「呪術…」
「誰もあなたに説明していないのか?」
歩きながら不思議そうな顔を向けてくる。
「犬の胴体を埋めて顔だけ出して餓死寸前まで放置する。いよいよ死ぬという時に犬の前に食べ物を置く。喜んだ犬の首をはねて殺す。犬の最後の記憶は餌をくれた人間だ。助けてくれたと思い込んで自分を殺した人間を守ろうと勝手に動き出す。簡単に言うとそんな感じだ。ちなみに女系に受け継がれる」
腕は離されたが悠人は神楽についていって話を聞く。
「私を傷つけた、あるいは邪魔をしたと判断した場合、私の意思と関係なく犬たちはそいつを攻撃する。だから私には止められない。佐伯家にかけた術は私だから自分の意思で止められても犬神は勝手に動く。それが私の家系だ。宗一郎がまだ生き延びているのはあの男が祓う能力があるから」
なんでそこで宗一郎の名前が出てくるんだろう。
気がつくと目的だった銀行の近くまで来ていた。
「その様子だとメグの事も知らないな」
「俺は何も教えてもらってない。何の情報もない」
「信用されてないんだな」
神楽は口角を上げて嫌な笑い方をする。
「私につけば少なくとも呪いのひとつからは逃げられる。こちらに来ないか?」
「あんたを雇う金がない。今もじいさんの金で守ってもらってる」
遠回しに断るが、神楽は銀行を指差した。
「俺の銀行預金を狙うな。詐欺師か」
「宗一郎よりはいい仕事をするぞ」
「今の所メグ君に助けられている」
「メグは戸籍のない闇っ子の中国人で親に人身売買の組織に売られて宗一郎が買った。書類上存在しない人間を逆凪に利用しているそんな男を信じる?」
「……」
思考停止してぽかんとしている悠人を見て、神楽はじっとその顔を見ていたが、唐突に悠人の首に腕をまわして抱きついてきた。
余計に悠人の思考が止まる。
自分のすぐ横でブス、と鈍い音がして振動が悠人の体にも響いた。
すっと神楽が離れて靴音を残してこの場を去っていく。
片手をコートのポケットに入れて無駄のない動きで人混みに消えていく後ろ姿を見送った。
はっと我にかえってふり返ると血だまりに倒れている英人がいた。
「英人さんっ!」
近づいて跪くと、腹あたりが赤く染まっているが意識はある。
「救急車…」
ポケットにつっこんであったスマホで119を押す。
「〇〇銀行の前までお願いします!状況は…」
そこまで言って悠人は言葉につまった。
どうして血まみれで倒れているのだろう。
「なんじゃこりゃあ、だ…」
血に染まった手をかざして英人はドラマのワンシーンを演じた。
「…銃で撃たれたみたいです」
通話を切るとすぐにサイレンの音が聞こえてきた。
悠人を置いて逃げたと思っていたが攻撃のタイミングを狙っていて、それに気がついた神楽は悠人の体を盾に使って英人を銃で撃って逃走した。そういう事か。
呪いとか血筋とか全然関係ないし、そんな不可思議な力より神楽本人が強くて怖い。
一定の距離を保って自分たちを囲んで見物している野次馬に「どいて!離れて!」と叫ぶ救急隊員が英人を担架に乗せた。
「電話したのはあなたですか!?」
「は、はいそうです」
「あなたは彼の関係者ですか?それともたまたま居合わせた人?」
「通りすがりです」
ここで警察に事情聴取されても信じてもらえないだろうし、拘束されるのは時間の無駄だと思って咄嗟に嘘をついた。
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