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悲しい睦言
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手首と足首を後ろ向きに革の手錠をかけてベッドに転がして、卓也はシャワーを浴びる。
熱い湯を頭から浴びながら春兎の言葉を思い出す。
自分を求めるような言葉ばかり吐く春兎。
だが俺をおとり捜査で逮捕した奴の言うことなんか信用できない。多分クスリで頭がバグってるんだろうと勝手に判断した。
体の水分をバスタオルで吸って髪を乱暴にふく。鏡に映る自分は春兎と初めて会った時と随分違う。カッコイイと思ってやってみたが手入れが面倒で洗髪できないドレッドはやめた。アクセサリーも邪魔になって最近はつけない。葉っぱを吸った時の匂いをごまかすためにキツめの香水をつけているが、はたしてどこまで効果があるか。
スェットを履いてタオルを肩にかけて寝室に戻ると、両手両足を拘束されたままうつ伏せに眠る春兎がいた。
「…たく…や?」
人の気配で目が覚めたのか、気だるそうに名前を呼ぶ。
春兎に背を向けてベッドに座り、煙草に火をつけて深く吸い込み、煙を遠くへ吐く。
「早く逃げて…」
「あ?」
「今度は警察が来る。ここの住所は把握されているだろうし僕がいなくなったら真っ先に疑われるのは卓也だ。おとり捜査で逆恨みして報復してくる犯罪者は多いから危険人物はマークする」
「……」
真剣な忠告を聞き流しているのか卓也は煙草の煙を吸っていた。
そんな態度の卓也のふとももまで移動して春兎は頭をすりつけた。
「この部屋での行為は全部録画した。また妙な動きをすれば動画投稿サイトやツイッターなどに無差別に拡散する。開放してやるから春兎は嘘の報告をしろ。そうすればこの動画は俺の元からは流出しない」
「いじわるだね」
「どっちがだよ」
卓也のふとももに頭をつけたまま春兎は目を閉じた。
押し返されることはなかった。ただ黙って煙草を吸っている。
「僕のスマホの電源は切っておいた?」
「いや?」
「やっぱり。GPSで追跡されてるはず。卓也はツメが甘いよ。早く逃げて」
「俺に抱かれて情でもうつったか?」
「早く行って!」
春兎の気迫に押されるように卓也が立ち上がった。
手錠の鍵を目の前に投げる。
「もし誰も来なかったら自分ではずして外に出ろ。服と荷物はリビングだ」
それだけ言い残して卓也は荒々しくドアを開けて寝室を出る。しばらくして玄関が閉じる音がしたが鍵をかけた気配はなかった。
春兎の弱点を握っている限り裏切ることはないと判断したのか、とりあえず今は忠告に従ってここから離れることにしたようだ。万が一警察の到着が遅れたら衰弱死する可能性がある。
拉致・監禁に加えて殺人となればまずい。自分で部屋を出ろといわんばかりにして春兎を置き去りにして出ていった。
数時間後呼び鈴の音で春兎は目を覚ました。ドンドンとドアを叩く音と「伊藤さーん!」と呼ぶ声。鍵がかかっていないことに気がついて数人が部屋に入ってきた。
「行方不明者発見!」
見つけやすいように寝室のドアを開けたまま卓也は出ていった。全裸に手錠という姿を赤の他人に見られるのは恥ずかしいが仕方ない。
「救急車を要請します」
声をかけたが反応しない春兎を見て警官が無線で救急車を呼んでいる。調べられたら卓也が大麻以外にも薬物を使用したことがバレてしまうが今さらだった。
救急隊が到着して手錠を外されて毛布に包まれてから担架で運ばれる。「卓也!!」と自分の名前を呼ぶ亜美先輩の声が聞こえた気がしたが、それに答える体力がなかった。
「厚労省の石川です、同行させてください!」
伊藤卓也や仲間の反撃を警戒したのか亜美と上司が救急車に乗り込んできた。
「私達の情報、漏れているんですかね」
「今は個人情報なんかやろうと思えば手に入るだろう」
卓也と同じような事を上司が言っている。
もっとシンプルに、役所の前ではっていればすぐ見つけられる。
今頃卓也はどこまで逃げただろうか。
おそらく逃げ切れない。数日もすればニュースで彼の逮捕が報道されるだろう。
春兎の瞳から涙が一筋流れた。
「痛いのかしら」
亜美が不安そうに見当違いなことを言った。
「労災おりるようにした。休職して体力戻してこい」
手首の擦過傷と体に残る暴行の跡を見て上司はしばらく休むように言ってくれた。
同性同士の行為は強姦に問えないと警察は悔しそうに告げてきた。暴行と拉致監禁容疑で卓也は指名手配される。
「これで刑務所に何年入るかしら」
帰る準備をしている春兎に亜美が話しかけてきた。
「あなたは大丈夫?」
「何がですか?」
「伊藤卓也のこと。かばうつもりだったんじゃない?」
春兎の心臓が跳ねる。出来るだけ平静を装ったが見破られたか。
「女の勘は鋭いのよ。気が済むまでやればいいわ。でも彼はあなたになびかないと思うけどね」
それだけ言って亜美は自分のデスクのパソコンに向き直った。
この仕事は人間の悪意を背負い込む。関わる人間が増えれば背負う業も増える。
卓也は「仲間」がいると言っていた。次は顔も知らない奴らが報復に来るかもしれない。しばらくビジネスホテルを転々として行方をくらますか。毎日警戒しながらおびえて暮らすのは今の心理状態では耐えられそうにない。
幸い労災もおりるので資金はまあまあある。
必要な最低限の荷物だけ取りに帰ろうと急いでマンションに戻った。
エレベーターは使わずに体力維持のために階段を登る。まだ体力が戻りきっていないのか目的の階に着いた時には肩で息をしていた。
「体力ねーな」
聞き覚えのある声に春兎は急いで顔を上げる。
部屋のドアの前に、腕を組んで立っている伊藤卓也の姿があった。
熱い湯を頭から浴びながら春兎の言葉を思い出す。
自分を求めるような言葉ばかり吐く春兎。
だが俺をおとり捜査で逮捕した奴の言うことなんか信用できない。多分クスリで頭がバグってるんだろうと勝手に判断した。
体の水分をバスタオルで吸って髪を乱暴にふく。鏡に映る自分は春兎と初めて会った時と随分違う。カッコイイと思ってやってみたが手入れが面倒で洗髪できないドレッドはやめた。アクセサリーも邪魔になって最近はつけない。葉っぱを吸った時の匂いをごまかすためにキツめの香水をつけているが、はたしてどこまで効果があるか。
スェットを履いてタオルを肩にかけて寝室に戻ると、両手両足を拘束されたままうつ伏せに眠る春兎がいた。
「…たく…や?」
人の気配で目が覚めたのか、気だるそうに名前を呼ぶ。
春兎に背を向けてベッドに座り、煙草に火をつけて深く吸い込み、煙を遠くへ吐く。
「早く逃げて…」
「あ?」
「今度は警察が来る。ここの住所は把握されているだろうし僕がいなくなったら真っ先に疑われるのは卓也だ。おとり捜査で逆恨みして報復してくる犯罪者は多いから危険人物はマークする」
「……」
真剣な忠告を聞き流しているのか卓也は煙草の煙を吸っていた。
そんな態度の卓也のふとももまで移動して春兎は頭をすりつけた。
「この部屋での行為は全部録画した。また妙な動きをすれば動画投稿サイトやツイッターなどに無差別に拡散する。開放してやるから春兎は嘘の報告をしろ。そうすればこの動画は俺の元からは流出しない」
「いじわるだね」
「どっちがだよ」
卓也のふとももに頭をつけたまま春兎は目を閉じた。
押し返されることはなかった。ただ黙って煙草を吸っている。
「僕のスマホの電源は切っておいた?」
「いや?」
「やっぱり。GPSで追跡されてるはず。卓也はツメが甘いよ。早く逃げて」
「俺に抱かれて情でもうつったか?」
「早く行って!」
春兎の気迫に押されるように卓也が立ち上がった。
手錠の鍵を目の前に投げる。
「もし誰も来なかったら自分ではずして外に出ろ。服と荷物はリビングだ」
それだけ言い残して卓也は荒々しくドアを開けて寝室を出る。しばらくして玄関が閉じる音がしたが鍵をかけた気配はなかった。
春兎の弱点を握っている限り裏切ることはないと判断したのか、とりあえず今は忠告に従ってここから離れることにしたようだ。万が一警察の到着が遅れたら衰弱死する可能性がある。
拉致・監禁に加えて殺人となればまずい。自分で部屋を出ろといわんばかりにして春兎を置き去りにして出ていった。
数時間後呼び鈴の音で春兎は目を覚ました。ドンドンとドアを叩く音と「伊藤さーん!」と呼ぶ声。鍵がかかっていないことに気がついて数人が部屋に入ってきた。
「行方不明者発見!」
見つけやすいように寝室のドアを開けたまま卓也は出ていった。全裸に手錠という姿を赤の他人に見られるのは恥ずかしいが仕方ない。
「救急車を要請します」
声をかけたが反応しない春兎を見て警官が無線で救急車を呼んでいる。調べられたら卓也が大麻以外にも薬物を使用したことがバレてしまうが今さらだった。
救急隊が到着して手錠を外されて毛布に包まれてから担架で運ばれる。「卓也!!」と自分の名前を呼ぶ亜美先輩の声が聞こえた気がしたが、それに答える体力がなかった。
「厚労省の石川です、同行させてください!」
伊藤卓也や仲間の反撃を警戒したのか亜美と上司が救急車に乗り込んできた。
「私達の情報、漏れているんですかね」
「今は個人情報なんかやろうと思えば手に入るだろう」
卓也と同じような事を上司が言っている。
もっとシンプルに、役所の前ではっていればすぐ見つけられる。
今頃卓也はどこまで逃げただろうか。
おそらく逃げ切れない。数日もすればニュースで彼の逮捕が報道されるだろう。
春兎の瞳から涙が一筋流れた。
「痛いのかしら」
亜美が不安そうに見当違いなことを言った。
「労災おりるようにした。休職して体力戻してこい」
手首の擦過傷と体に残る暴行の跡を見て上司はしばらく休むように言ってくれた。
同性同士の行為は強姦に問えないと警察は悔しそうに告げてきた。暴行と拉致監禁容疑で卓也は指名手配される。
「これで刑務所に何年入るかしら」
帰る準備をしている春兎に亜美が話しかけてきた。
「あなたは大丈夫?」
「何がですか?」
「伊藤卓也のこと。かばうつもりだったんじゃない?」
春兎の心臓が跳ねる。出来るだけ平静を装ったが見破られたか。
「女の勘は鋭いのよ。気が済むまでやればいいわ。でも彼はあなたになびかないと思うけどね」
それだけ言って亜美は自分のデスクのパソコンに向き直った。
この仕事は人間の悪意を背負い込む。関わる人間が増えれば背負う業も増える。
卓也は「仲間」がいると言っていた。次は顔も知らない奴らが報復に来るかもしれない。しばらくビジネスホテルを転々として行方をくらますか。毎日警戒しながらおびえて暮らすのは今の心理状態では耐えられそうにない。
幸い労災もおりるので資金はまあまあある。
必要な最低限の荷物だけ取りに帰ろうと急いでマンションに戻った。
エレベーターは使わずに体力維持のために階段を登る。まだ体力が戻りきっていないのか目的の階に着いた時には肩で息をしていた。
「体力ねーな」
聞き覚えのある声に春兎は急いで顔を上げる。
部屋のドアの前に、腕を組んで立っている伊藤卓也の姿があった。
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