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摂政
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あの日以来、アルノは病と称して政所に姿を現さない。
クルトが住んでいた別宅に閉じこもって出てこない。
もちろん静の部屋にも来ていない。
仕事を進めることが出来ない使用人たちは律を通して静に面会を求めてきた。
「私に認可権はないんだが、どうしようか」
「一応話だけ聞いて、時期を見てアルノ様にさりげなく伝えてみては」
律の提案に乗る形で静は数人の職員の出入りを許す。
一応男子禁制の女の館にやってきた使用人が孫廂までやってきて頭を下げた。
部屋の中には童子姿の考志が座って、後ろの御簾の向こう側に静がいる。
「ご苦労。もう少し近くへ」
凛とした静の言葉に圧倒されつつ、使用人のひとりが室内まで進み恐る恐る口を開いた。
「アル…、総帥の病状はいかがでしょうか」
「わからない。目通りも許されないし、私も心配している」
「起き上がるのも難しいとうかがっております」
「私は何も知らないし、会うのも難しい。こちらがお前達に知恵を借りたいくらいだよ」
考志の背後から静が答える。
「もうひとつ…。陰陽寮の官吏という人間から目通りを許されたいとしきりに使いが来るのですが、こちらも我々では判断できず困っています」
「晴明どのか」
亡くなったクルトの個人的なつきあいで、家の者はあまり知らない。
今さら何の用があるのか。
「そちらは私が対応しよう。来たら知らせろ」
「よろしくお願いいたします」
少し安堵した様子で一人が頭を下げた。
「だが、普段の雑事が片付かないな」
「は…」
振り出しに戻されて困惑した顔に戻る。
アルノが部屋に引きこもって姿を現さない理由はこの屋敷に住むすべての者が知っている。
囲っていた愛人を静に惨殺されて以来、アルノは部屋から出てこなくなった。
本当に体調を崩したのか、この判断は難しい。
だがそれを表立って非難するものはいない。
へたな事を言ってそれが静に伝われば、自分も同じ目に遭うかもしれない。
「仕事の流れは熟知しているだろう?しばらく独自に動いてみたら」
「しかし、ご回復された時お怒りをうけるのは…」
「私が許可したと言えばいい」
「は…」
事なかれ主義の男たちは納得しない様子でお互い目を合わせている。
会話をしているのは静だが、考志を前面に立てて御簾の向こうにいる。
アルノの後継者である考志の意思を代弁する形になっていた。
このままアルノが姿を現さなければ、考志が総帥代理のような立場になり、静が実権を握る形になる。
既成事実を重ねて考志を総帥に。それが狙いなのだろうか。
上の指示通り動くのが仕事の使用人はそのあたりの争いは正直どうでもいい。
「ではしばらく奥方様のお考えどおりにさせていただきます」
「混乱させて悪いな。私も力及ばずながら総帥に会えるよう努力してみる」
「しごと大義であった」
静たち大人に教えられたのか、考志は抑揚のない言葉で使用人にねぎらいの言葉をかけた。
「失礼いたします」
何ともいえない表情で童子に頭を下げている大人たちの姿を見て、静は満足げに笑う。
大役を果たした考志は百音に走り寄ってその膝にすがりついた。
「とてもご立派でした、若さま」
下がっていく姿を見送りながら、律は難しい顔をしている。
「総帥が仕事放棄しているのだから仕方ないだろう」
「ご病気で伏せっているのです」
「その間だけの代理だ。皆も困っているし仕方ない」
静の本音がどこにあるのか、律にはもうわからない。
姫さまは変わってしまった。それだけは間違いない。
ふたりが黙っていると廂から衣擦れの音が近づいてきた。
灰色の侍女が座り、一礼してから口上を述べる。
「陰陽寮の官吏と申すものが門まで来ております。通してよろしいでしょうか」
「噂をすれば、だな。客間に通せ。私も移動する」
「承知いたしました」
ゆっくり頭を下げて、侍女が下がっていった。
クルトが住んでいた別宅に閉じこもって出てこない。
もちろん静の部屋にも来ていない。
仕事を進めることが出来ない使用人たちは律を通して静に面会を求めてきた。
「私に認可権はないんだが、どうしようか」
「一応話だけ聞いて、時期を見てアルノ様にさりげなく伝えてみては」
律の提案に乗る形で静は数人の職員の出入りを許す。
一応男子禁制の女の館にやってきた使用人が孫廂までやってきて頭を下げた。
部屋の中には童子姿の考志が座って、後ろの御簾の向こう側に静がいる。
「ご苦労。もう少し近くへ」
凛とした静の言葉に圧倒されつつ、使用人のひとりが室内まで進み恐る恐る口を開いた。
「アル…、総帥の病状はいかがでしょうか」
「わからない。目通りも許されないし、私も心配している」
「起き上がるのも難しいとうかがっております」
「私は何も知らないし、会うのも難しい。こちらがお前達に知恵を借りたいくらいだよ」
考志の背後から静が答える。
「もうひとつ…。陰陽寮の官吏という人間から目通りを許されたいとしきりに使いが来るのですが、こちらも我々では判断できず困っています」
「晴明どのか」
亡くなったクルトの個人的なつきあいで、家の者はあまり知らない。
今さら何の用があるのか。
「そちらは私が対応しよう。来たら知らせろ」
「よろしくお願いいたします」
少し安堵した様子で一人が頭を下げた。
「だが、普段の雑事が片付かないな」
「は…」
振り出しに戻されて困惑した顔に戻る。
アルノが部屋に引きこもって姿を現さない理由はこの屋敷に住むすべての者が知っている。
囲っていた愛人を静に惨殺されて以来、アルノは部屋から出てこなくなった。
本当に体調を崩したのか、この判断は難しい。
だがそれを表立って非難するものはいない。
へたな事を言ってそれが静に伝われば、自分も同じ目に遭うかもしれない。
「仕事の流れは熟知しているだろう?しばらく独自に動いてみたら」
「しかし、ご回復された時お怒りをうけるのは…」
「私が許可したと言えばいい」
「は…」
事なかれ主義の男たちは納得しない様子でお互い目を合わせている。
会話をしているのは静だが、考志を前面に立てて御簾の向こうにいる。
アルノの後継者である考志の意思を代弁する形になっていた。
このままアルノが姿を現さなければ、考志が総帥代理のような立場になり、静が実権を握る形になる。
既成事実を重ねて考志を総帥に。それが狙いなのだろうか。
上の指示通り動くのが仕事の使用人はそのあたりの争いは正直どうでもいい。
「ではしばらく奥方様のお考えどおりにさせていただきます」
「混乱させて悪いな。私も力及ばずながら総帥に会えるよう努力してみる」
「しごと大義であった」
静たち大人に教えられたのか、考志は抑揚のない言葉で使用人にねぎらいの言葉をかけた。
「失礼いたします」
何ともいえない表情で童子に頭を下げている大人たちの姿を見て、静は満足げに笑う。
大役を果たした考志は百音に走り寄ってその膝にすがりついた。
「とてもご立派でした、若さま」
下がっていく姿を見送りながら、律は難しい顔をしている。
「総帥が仕事放棄しているのだから仕方ないだろう」
「ご病気で伏せっているのです」
「その間だけの代理だ。皆も困っているし仕方ない」
静の本音がどこにあるのか、律にはもうわからない。
姫さまは変わってしまった。それだけは間違いない。
ふたりが黙っていると廂から衣擦れの音が近づいてきた。
灰色の侍女が座り、一礼してから口上を述べる。
「陰陽寮の官吏と申すものが門まで来ております。通してよろしいでしょうか」
「噂をすれば、だな。客間に通せ。私も移動する」
「承知いたしました」
ゆっくり頭を下げて、侍女が下がっていった。
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