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死への望み
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黒い狩衣に、黒髪が顔を半分隠すように乱れてのびる。
泣きはらした瞳が招かれざる客を見ていた。
「クルト、姉さんはもういない。それだけだ」
「俺が今静さんを殺しても同じことを言えるか?」
酔いのせいか睨んでくる眼が鋭い。
晴明はアルノの背に隠れて護符を数枚手に取る。
「お前、俺が目障りなんだろ?完璧にこの家の総帥になりたいって本音が見え見えなんだよ。晴明使って俺を殺すつもりなら格好悪いぜ。欲しいものは、自力で奪い取れ」
「クルト」
もし今の言葉が正解なら、アルノはこの機会を逃さないだろう。
晴明は職務を遂行するか、友情を取るか、状況に任せることにした。
「俺の野心がもしそうだったとしても、今夜は寝よう。酔っぱらいの話をまともに聞くつもりはないよ」
「お前が寝ろ。その隙に静さんを襲ってくるわ」
「いい加減にしろ!」
アルノが刀を抜くと同時に、クルトが見えない圧力を放ってきた。
その動きを読んで晴明が護符を投げる。
「…!」
クルトの体を護符が円形に囲んで、解き放たれた圧はアルノの刀で受け止めた。
衝撃がほかの屋敷まで走る。
「俺たち一族みんな殺してやる!!静さんも子どももみんな…っ」
動きを封じられたクルトは、それでももがきながら叫んだ。
「何言ってんだ!!」
剣を握り返してクルトを刺そうと刃を向けたが、晴明の結界に阻まれる。
相反する衝撃は凄まじく、ふたりの体を跳ね飛ばした。
「…友は失いたくない」
眉間に深いしわを作って晴明はかすれた声で呟く。
「今日はこれで痛み分けにしないか」
晴明の言葉を合図にアルノは剣を鞘に戻した。
「おい、俺はまだやる気だぞ」
悔しそうに顔を歪めて、拘束された体を動かそうともがく。
「それは一晩解けない。頭冷やせ」
力を封印されたせいか、足元の気持ち悪い存在は消えつつある。
空中、次は上から何かの圧力を感じた。
それは光の柱となってクルトの体を貫き、周りのものを吹き飛ばし暴れ狂う。
「…クルト!」
衝撃で倒れながら必死に兄を見た。
護符は燃えて灰になり、クルトの姿は陽炎のように揺れて膝から崩れる。
光の柱に腕を突っ込んで兄の体を引っ張り出そうとするアルノを、燃え尽きる寸前突き飛ばして消えていく。
「殿!!」
ようやく護衛の兵たちが駆けつけてきた。
「遅いぞ!!」
檄を飛ばすが事情が飲み込めない兵たちの統率が取れない。
「外だ!特に屋根を見ろ!!」
アルノが指示を出している間、晴明は寂しそうな笑みを浮かべたクルトの姿を見た。
手をのばした時には、クルトは光の柱の中に消えていき、光も天井に吸い込まれるように消えた。
「俺の技じゃないぞ…」
誰か別の術者がいる。
「竜が…竜が登っていきます!」
兵の誰かが天空を指差して叫んだ。
「兄さ…」
暗い空に天高く登り、吸い込まれるように消えた。
静の館からも、それは見えた。
「姫さまっ、あれを‥あれをご覧ください!」
律が簀子まで出て空を見ている。
孫廂まで出てきた静も、消えていく光を見た。
旧本殿は白い煙が漂い、兵たちの足音が静寂をくだく。
「…これは‥、あなたの思い通りの展開ですか」
「もしそうなら裸で小躍りしてお前を串刺しにしてしばらく正門に飾っておくよ」
火傷したような腕をさすりながら、アルノは晴明を睨んだ。
今さらながら、兄によく似た眼だと晴明は思った。
「ひとりの男の願いは叶った」
晴明も魂が抜けたような顔で弱々しく言う。
「死にたいと言ってたからな…」
自ら命を断ったのか、誰かに攻撃されたのか判断しにくい状況だった。
クルトにとっては、願いが叶った今、どうでもいいことかもしれない。
「なあ、俺はクルトが言ってた野心が叶った男に見えるか?」
夜風に色素の薄い髪がなびく。
「心はわからない」
「無能な奴」
兵の前に出るアルノは厳しい態度を崩さず、館の守りを強化して、存在するかもしれない外部要因を突き止めるため指揮を取っていた。
天空の気配は地上に爪痕を残して消えていた。
泣きはらした瞳が招かれざる客を見ていた。
「クルト、姉さんはもういない。それだけだ」
「俺が今静さんを殺しても同じことを言えるか?」
酔いのせいか睨んでくる眼が鋭い。
晴明はアルノの背に隠れて護符を数枚手に取る。
「お前、俺が目障りなんだろ?完璧にこの家の総帥になりたいって本音が見え見えなんだよ。晴明使って俺を殺すつもりなら格好悪いぜ。欲しいものは、自力で奪い取れ」
「クルト」
もし今の言葉が正解なら、アルノはこの機会を逃さないだろう。
晴明は職務を遂行するか、友情を取るか、状況に任せることにした。
「俺の野心がもしそうだったとしても、今夜は寝よう。酔っぱらいの話をまともに聞くつもりはないよ」
「お前が寝ろ。その隙に静さんを襲ってくるわ」
「いい加減にしろ!」
アルノが刀を抜くと同時に、クルトが見えない圧力を放ってきた。
その動きを読んで晴明が護符を投げる。
「…!」
クルトの体を護符が円形に囲んで、解き放たれた圧はアルノの刀で受け止めた。
衝撃がほかの屋敷まで走る。
「俺たち一族みんな殺してやる!!静さんも子どももみんな…っ」
動きを封じられたクルトは、それでももがきながら叫んだ。
「何言ってんだ!!」
剣を握り返してクルトを刺そうと刃を向けたが、晴明の結界に阻まれる。
相反する衝撃は凄まじく、ふたりの体を跳ね飛ばした。
「…友は失いたくない」
眉間に深いしわを作って晴明はかすれた声で呟く。
「今日はこれで痛み分けにしないか」
晴明の言葉を合図にアルノは剣を鞘に戻した。
「おい、俺はまだやる気だぞ」
悔しそうに顔を歪めて、拘束された体を動かそうともがく。
「それは一晩解けない。頭冷やせ」
力を封印されたせいか、足元の気持ち悪い存在は消えつつある。
空中、次は上から何かの圧力を感じた。
それは光の柱となってクルトの体を貫き、周りのものを吹き飛ばし暴れ狂う。
「…クルト!」
衝撃で倒れながら必死に兄を見た。
護符は燃えて灰になり、クルトの姿は陽炎のように揺れて膝から崩れる。
光の柱に腕を突っ込んで兄の体を引っ張り出そうとするアルノを、燃え尽きる寸前突き飛ばして消えていく。
「殿!!」
ようやく護衛の兵たちが駆けつけてきた。
「遅いぞ!!」
檄を飛ばすが事情が飲み込めない兵たちの統率が取れない。
「外だ!特に屋根を見ろ!!」
アルノが指示を出している間、晴明は寂しそうな笑みを浮かべたクルトの姿を見た。
手をのばした時には、クルトは光の柱の中に消えていき、光も天井に吸い込まれるように消えた。
「俺の技じゃないぞ…」
誰か別の術者がいる。
「竜が…竜が登っていきます!」
兵の誰かが天空を指差して叫んだ。
「兄さ…」
暗い空に天高く登り、吸い込まれるように消えた。
静の館からも、それは見えた。
「姫さまっ、あれを‥あれをご覧ください!」
律が簀子まで出て空を見ている。
孫廂まで出てきた静も、消えていく光を見た。
旧本殿は白い煙が漂い、兵たちの足音が静寂をくだく。
「…これは‥、あなたの思い通りの展開ですか」
「もしそうなら裸で小躍りしてお前を串刺しにしてしばらく正門に飾っておくよ」
火傷したような腕をさすりながら、アルノは晴明を睨んだ。
今さらながら、兄によく似た眼だと晴明は思った。
「ひとりの男の願いは叶った」
晴明も魂が抜けたような顔で弱々しく言う。
「死にたいと言ってたからな…」
自ら命を断ったのか、誰かに攻撃されたのか判断しにくい状況だった。
クルトにとっては、願いが叶った今、どうでもいいことかもしれない。
「なあ、俺はクルトが言ってた野心が叶った男に見えるか?」
夜風に色素の薄い髪がなびく。
「心はわからない」
「無能な奴」
兵の前に出るアルノは厳しい態度を崩さず、館の守りを強化して、存在するかもしれない外部要因を突き止めるため指揮を取っていた。
天空の気配は地上に爪痕を残して消えていた。
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