35 / 49
雪
しおりを挟む
こどもを生んだ時は冬になっていた。
まわりに侍る者たちも冬の様相に変わり、静も火桶を近づけて「考志」と名付けた赤子を抱いて座っている。
「冷えると思ったら雪でございますよ、姫さま」
律が格子を閉めようとするのを、静が止めた。
「雪景色も風情があっていいじゃない」
呆れ顔の律をそのままに、静は考志の顔を見ながら笑う。
「風邪を召されますよ」
「律もこっちへくれば」
人の忠告など聞かない性格だということは乳母としてよく理解しているが、寒さに震えて雪を見るなんて酔狂な事はしないと思っていた。
クルトもひとり雪を眺めているだろうか。
静は時間があるとついそんな事を考えてしまう。
雪は見ていたが、一人ではなかった。
唯一の友というか、敵とも言える陰陽寮に籍を置く官吏が珍しく昼に訪れていた。
「仕事サボるなんて珍しいな」
クルトはいつもの黒い狩衣姿で、柱に背を預けて廂に座っている。
「半分仕事みたいなものです」
季節はずれな白に紫を透かせた櫻の狩衣を着て、若い官吏は少し距離を取って座っていた。
「どうせまた木の死体の話だろ?飽きた」
「納得いくまでは逃しませんよ」
「俺が逃さんかもしれんぞ」
意味深な視線を向けて、クルトは真顔で言う。
「ここに枯れ木が増えたら雪景色がもっと綺麗に映えるだろうよ」
「その景色を俺は見れない、という事ですか」
その程度の脅しは効かないという風に不敵な笑みを浮かべて、一枚の護符を取り出した、
「できればこれは使いたくない」
顔に突きつけるように青年はクルトに護符を向けた。
「自ら告白すれば、悪いようにはしない」
「告白なら直接本人に言うさ」
ふ、と失笑してクルトは折り曲げている片足に腕を乗せて面白そうに笑った。
「奥方は食事も喉を通らないほど体調が悪かったが、あの人はほかに栄養を摂る方法がある」
律と共に、クルトの首筋に噛み付いて血を飲んでいた静の光景を思い出す。
クルトは離そうとせず、むしろ喜んで捧げているように見えた。
この男があんな優しい顔をするのかとその時は不思議に思ったものだ。
「起き上がることも出来なかったんだぞ」
「だが奥方に近づける人物が夜な夜な自らの血を捧げていたら?」
陰陽師の詰問に、クルトは肩を揺らして笑っている。
「血を捧げた分、自分も栄養を摂らないといけないんじゃないか?」
「お前のその妄想力で小説でも書け。意外とうけて出世するかもな」
まともに聞くつもりがない男に、諦めたのか向けていた護符を持っていた腕を降ろす。
「クルトはこの前、自らの死を望んでいると言った」
まだ話を続けるのか、うっとおしいとばかり露骨に嫌な顔を向けたが、一歩も引く気配がない。
「奥方に血を捧げたのは…」
その時、空気が男を切り裂くようにすり抜けた。
「…!」
はらりと狩衣が落ちる。
「次は首を狙う」
見下げるような無表情でクルトが指を差した。
切られた肩の部分を見て、青年はクルトを睨みつけた。
「アルノが神泉苑にいる時はその周り、奥方が身籠ったらこの屋敷の周辺に木の死体がごろごろ。お前が疑っているのはたったふたつの事象だけだ。いいか、たったふたつだ。それで考えられるのは」
「…‥」
陰陽師は無言で聞いている。
「お前が思う犯人がそいつか、もしくは罪をなすりつけて誰かをはめようとしている誰か、それともただの偶然か」
何か言いたそうに青年が立ち上がるが、クルトは視線を向けるだけで動きを合わせようとはしない。
「得意の占いで決めたらどうだ?」
馬鹿にしたような口ぶりでクルトが言って、片眉を上げてうすく笑った。
「奥方に直接うかがったほうが早そうだな」
その瞬間、青年は襟首をつかまれて体が宙に浮き、同時に床に叩きつけられた。
「奥座敷は男子禁制だ。それに」
青年から手を離して、クルトは意地悪い笑顔で床に転がる人間を見る。
「静さんは強い」
そう言って部屋の中に入っていった。
謎は深まるばかりでますますわからなくなる。
気迫に圧倒されて立ち上がれない青年の後ろに、いつの間にか帰りを促すように灰色の侍女がひとり座っていた。
まわりに侍る者たちも冬の様相に変わり、静も火桶を近づけて「考志」と名付けた赤子を抱いて座っている。
「冷えると思ったら雪でございますよ、姫さま」
律が格子を閉めようとするのを、静が止めた。
「雪景色も風情があっていいじゃない」
呆れ顔の律をそのままに、静は考志の顔を見ながら笑う。
「風邪を召されますよ」
「律もこっちへくれば」
人の忠告など聞かない性格だということは乳母としてよく理解しているが、寒さに震えて雪を見るなんて酔狂な事はしないと思っていた。
クルトもひとり雪を眺めているだろうか。
静は時間があるとついそんな事を考えてしまう。
雪は見ていたが、一人ではなかった。
唯一の友というか、敵とも言える陰陽寮に籍を置く官吏が珍しく昼に訪れていた。
「仕事サボるなんて珍しいな」
クルトはいつもの黒い狩衣姿で、柱に背を預けて廂に座っている。
「半分仕事みたいなものです」
季節はずれな白に紫を透かせた櫻の狩衣を着て、若い官吏は少し距離を取って座っていた。
「どうせまた木の死体の話だろ?飽きた」
「納得いくまでは逃しませんよ」
「俺が逃さんかもしれんぞ」
意味深な視線を向けて、クルトは真顔で言う。
「ここに枯れ木が増えたら雪景色がもっと綺麗に映えるだろうよ」
「その景色を俺は見れない、という事ですか」
その程度の脅しは効かないという風に不敵な笑みを浮かべて、一枚の護符を取り出した、
「できればこれは使いたくない」
顔に突きつけるように青年はクルトに護符を向けた。
「自ら告白すれば、悪いようにはしない」
「告白なら直接本人に言うさ」
ふ、と失笑してクルトは折り曲げている片足に腕を乗せて面白そうに笑った。
「奥方は食事も喉を通らないほど体調が悪かったが、あの人はほかに栄養を摂る方法がある」
律と共に、クルトの首筋に噛み付いて血を飲んでいた静の光景を思い出す。
クルトは離そうとせず、むしろ喜んで捧げているように見えた。
この男があんな優しい顔をするのかとその時は不思議に思ったものだ。
「起き上がることも出来なかったんだぞ」
「だが奥方に近づける人物が夜な夜な自らの血を捧げていたら?」
陰陽師の詰問に、クルトは肩を揺らして笑っている。
「血を捧げた分、自分も栄養を摂らないといけないんじゃないか?」
「お前のその妄想力で小説でも書け。意外とうけて出世するかもな」
まともに聞くつもりがない男に、諦めたのか向けていた護符を持っていた腕を降ろす。
「クルトはこの前、自らの死を望んでいると言った」
まだ話を続けるのか、うっとおしいとばかり露骨に嫌な顔を向けたが、一歩も引く気配がない。
「奥方に血を捧げたのは…」
その時、空気が男を切り裂くようにすり抜けた。
「…!」
はらりと狩衣が落ちる。
「次は首を狙う」
見下げるような無表情でクルトが指を差した。
切られた肩の部分を見て、青年はクルトを睨みつけた。
「アルノが神泉苑にいる時はその周り、奥方が身籠ったらこの屋敷の周辺に木の死体がごろごろ。お前が疑っているのはたったふたつの事象だけだ。いいか、たったふたつだ。それで考えられるのは」
「…‥」
陰陽師は無言で聞いている。
「お前が思う犯人がそいつか、もしくは罪をなすりつけて誰かをはめようとしている誰か、それともただの偶然か」
何か言いたそうに青年が立ち上がるが、クルトは視線を向けるだけで動きを合わせようとはしない。
「得意の占いで決めたらどうだ?」
馬鹿にしたような口ぶりでクルトが言って、片眉を上げてうすく笑った。
「奥方に直接うかがったほうが早そうだな」
その瞬間、青年は襟首をつかまれて体が宙に浮き、同時に床に叩きつけられた。
「奥座敷は男子禁制だ。それに」
青年から手を離して、クルトは意地悪い笑顔で床に転がる人間を見る。
「静さんは強い」
そう言って部屋の中に入っていった。
謎は深まるばかりでますますわからなくなる。
気迫に圧倒されて立ち上がれない青年の後ろに、いつの間にか帰りを促すように灰色の侍女がひとり座っていた。
0
あなたにおすすめの小説
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
【完結】これはきっと運命の赤い糸
夏目若葉
恋愛
大手商社㈱オッティモで受付の仕事をしている浅木美桜(あさぎ みお)。
医師の三雲や、経産省のエリート官僚である仁科から付き合ってもいないのに何故かプロポーズを受け、引いてしまう。
自社の創立30周年記念パーティーで、同じビルの大企業・㈱志田ケミカルプロダクツの青砥桔平(あおと きっぺい)と出会う。
一目惚れに近い形で、自然と互いに惹かれ合うふたりだったが、川井という探偵から「あの男は辞めておけ」と忠告が入る。
桔平は志田ケミカルの会長の孫で、御曹司だった。
志田ケミカルの会社の内情を調べていた川井から、青砥家のお家事情を聞いてしまう。
会長の娘婿である桔平の父・一馬は、地盤固めのために銀行頭取の娘との見合い話を桔平に勧めているらしいと聞いて、美桜はショックを受ける。
その上、自分の母が青砥家と因縁があると知り……
━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
大手商社・㈱オッティモの受付で働く
浅木 美桜(あさぎ みお) 24歳
×
大手化粧品メーカー・㈱志田ケミカルプロダクツの若き常務
青砥 桔平(あおと きっぺい) 30歳
×
オフィスビル内を探っている探偵
川井 智親(かわい ともちか) 32歳
私が消えたその後で(完結)
毛蟹
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。
シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。
皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。
シビルの王都での生活は地獄そのものだった。
なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。
家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
しずめ
山程ある
ホラー
六つの森に守られていた村が、森を失ったとき――怪異が始まった。
フォトグラファー・那須隼人は、中学時代を過ごしたN県の六森谷町を、タウン誌の撮影依頼で再訪する。
だがそこは、かつての面影を失った“別の町”だった。
森は削られ、住宅街へと変わり、同時に不可解な失踪事件が続いている。
「谷には六つのモリサマがある。
モリサマに入ってはならない。枝の一本も切ってはならない」
古くからの戒め。
シズメの森の神に捧げられる供物〝しずめめ〟の因習。
そして写真に写り込んだ――存在しないはずの森。
三年前、この町で隼人の恋人・藤原美月は姿を消した。
森の禁忌が解かれたとき、過去と現在が交錯し、隼人は“連れ去られた理由”と向き合うことになる。
因習と人の闇が絡み合う、民俗ホラーミステリー。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
沢田くんはおしゃべり
ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!!
【あらすじ】
空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。
友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。
【佐藤さん、マジ天使】(心の声)
無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす!
めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨
エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!)
エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる