黒い空

希京

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木乃伊

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静の懐妊は実家にも伝わり、昼間は見舞客の応対に追われ、静の館は騒がしい。
それが体調の悪い妊婦にいい環境なのか律は心配したが、だんだん安定してきて静の顔色もよくなってきた。

一日が終わると侍女たちも律も疲労困憊ですぐ眠気が襲ってくる。

女の館がすぐ寝静まる頃、総帥の別宅は遅くまで明かりがともっていた。

「奥様のお加減はいかがですか?」

弟君の妻をどんな敬称で呼べばいいか、陰陽寮の若い官吏は迷う。

「弟の奥さんの体調を聞いてどうすんだ。見舞いの品でもくれるのか?」

相変わらず派手な獣の皮を敷いた長椅子にだらりと座り、酒を飲んでいる。
酒を飲んで、この男は酔うのだろうか。
人間の風習を真似しているだけの、意味のない行為に感じる。

「あなたは昼も夜もここに一人で?」

「隠居爺だからな。どこにもいかん」

指の先から丸く明るい球体を出現させて、空間に適当に漂わせる。

「でも飲まず食わずというわけではないんでしょう?」

「…何が言いたい」

小さい球体を指で弾いて官吏のほうへ飛ばした。
顔を通り過ぎる時、明暗が走る。

「最近また木のような死体が増えましてね」

「暇だから調べたんだけどな。それは木乃伊じゃないか?」

「みいら?」

「乾燥した死体だ。湿度の高いこの国では出来にくいが、そんな死体があるらしい」

「この国で出来にくいものが、大量に道端に転がってるとは思えないが」

「わからん事を全て俺たち一族のせいにするのはやめろ晴明」

「奥様が懐妊したくらいの時期にまた増えてきた。これは偶然か?」

「静さんは動ける状態じゃないし、あの人は血を飲むけど気は吸わない」
以前質問したときにクルトが侍女を木のような死体にした事と、クルトに噛み付いた静の姿が脳裏をかすめる。

晴明と呼ばれた官吏は話題を変えた。

「クルトは酒だけで生きてるのか?」
からかうような質問に、先程まで饒舌だった男が酒の入った提子に視線をとどめる。

「俺はな」

「…」

「自分が死ぬのを、ただ待っている」
どこか遠くを見ているような目で呟くクルトを、晴明は眉をひそめて見つめていた。

「考えられるか?何千年も生きるんだぜ。死にたくても死ねないのは、それは幸せか?」
「でもお前の奥方は」
クルトは早くに妻を失っている。

死因は特に聞かなかったが、思えばどうして亡くなったんだろう。
それについての回答は簡単だった。

「俺の奥さんは人間だったからな。病で早く死んだ」
この孤独な男は、指の先から小さくて明るい光の玉をたくさん生み出して空間に放つ。
「俺が噛めば、それなりに長生きできたのに、嫌がって先に逝った」

難しい問題に、言葉の選択が難しい。
「お前ともすぐ別れが来る。まあ晴明くらいならどうでもいいが」
「ひどいな」

帰り道、馬上から木のような死体を発見した。
木乃伊などではない。
根拠のない勘だが、こういう時は当たるものだ。

月山家の騒動。
神泉苑周辺の木のような死体。
そしてクルトの館の前に転がる死体。
答えはひとつしかないが、証拠がなかった。


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