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耳元
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世の中そんなうまくいかないというか、なんというか。
「おいっ、この前は入れたじゃないか!どうして今日は駄目なんだ!」
「山路さん、無理いわんとって下さい。後藤は面会謝絶です。誰にも会えない」
病院の警備室前で不毛な押し問答が続いている。佐伯はタクシー乗り場に向かって歩き出した。
行き先を伝えてため息をつく。タクシー代が痛い。
病院の一般通行口を出るときちらっと駐車場を見た。そこだけブラックホールになっているかのような爆発の威力を物語る真っ黒な世界。
料金を払ってタクシーを降りる。イライラした気分だけ胸に残る。無意識に「ちっ」と舌打ちしたときスマホが鳴った。
後藤からの着信だった。
慌てて管理人室に入り鍵を締めた。
「…もしもしっ」
佐伯は両手でスマホを握りしめた。
『やあ、調子どうだ?』
少し枯れているように聞こえるが間違いなく後藤の声だった。
「調子って…。後藤さんこそ無事なんですかっ?山路って人に案内されて俺さっきまで病院にいたんですよ」
結局中に入れないので諦めたが、もう少し粘ればよかった。
『記憶がないのよ。気がついたら病院にいた。頭イカれたみたいだなあ。今つるっつるよ。髪剃られて頭蓋骨削られたみたい』
いつもと変わらない明るい声で話す。記憶がないのは倒れた瞬間の事だろうか。どこまで事情を知っているんだろう。
『面会謝絶という名の監禁だ。警備が厳しい。どうせカシラが暴れてるんだろう?あはは、あの人は過激だからな』
「後藤さんの読み通りです。病院の駐車場ぶっ飛ばして警察は射殺。全国ネットで放映されましたよ。次はどうなるんですか」
『死ぬだろうな』
佐伯の動きが止まる。時間も止まった気がした。
「後藤さんは…治りそうですか?」
『経過観察だ。後からなんか出るかもしれないけど今の所は麻痺もないし普通に話せる。スマホもOK出てるし今の問題は暇ってこと』
「俺はどこまで話せばいいですか?報道される情報しか持ってないですよ」
『それは情報とは呼べない。インフォメーションとインテリジェンスは違う』
いつもの後藤節が出た。ほっておけばずっと話しそうだ。
「まだ万全じゃないので休んで下さい。会話は体力を奪う」
『あら冷たい』
「でないと俺はあなたに悲しい事実を喋ってしまうかもしれない」
『俺の兄弟のこと?』
「……」
今度は心臓が止まりそうだった。
全部覚えているじゃないか。
ドアを背に佐伯は座り込んだ。
『そういう世界なんだよ』
後藤の言葉が胸にささる。TVを見てかっこいいとかいってエンタメの延長上にあった世界だが、後藤の言葉が重い。
「泣いてください」
『ん?』
「どうせこの会話傍受されてるでしょ?たまにはかっこ悪い姿さらしてよ。小泉って人がカッコつけてる間、こっちはダサい事しよう。くだらない話して警察の邪魔でもして…。それが一番、今のあなたには必要だと思う」
『泣かないで。落ち着いて佐伯くん』
「…すいません」
気がつくと瞳から涙が出ていた。
「後藤さんが生きていたってわかって…安心して…。すいません」
『それだけカシラが暴れてるってことか。俺はもう組と関係ないから大丈夫だよ』
「病気……だったって…そんなの知らなくて…。後藤さんはいつも強いから…」
『怖いから健康診断行ったことなかったもん。検査すると何かみつかるとかいうじゃん?人間ドックは高いしねえ。俺は墨入れてないし内蔵にダメージないと思ってたら脳に何か育ってたみたい』
「……」
『泣かないで佐伯くん』
なぜだろう。後藤のことなんてどうでもいいはずなのに。むしろ復讐リストに入っていい人間なのに。
涙が止まらない。
「会いたい……」
『何かあったら山路に言えばいいよ』
「あいつ何も出来ねえじゃん!顔がきくとか言って俺を連れ出したのに見舞いできなかったし!すぐそこまで行ったのに!」
『おっと、早くもクレームか。よく言っておく。やっぱ入院しててよかったわ俺』
「え?」
『元気だったら、その顔がきくってやつでカシラと交渉する立場に仕立て上げられてた。誰が小泉さんを止められるんだ。誰にも無理だよ。本人死ぬ気なんだから』
「あなたは生きて…ください…」
『それは神様に聞かな…、うわあ!ごめんなさい!見つかったっ!』
看護師さんの怒った声とひたすら謝っている後藤の声が聞こえる。一応建前上は病室でのスマホ利用は禁止なんだろう。病院によっては厳しいと聞く。
『また電話するね!』
途中で看護師の「またじゃないです!」という声が聞こえて通話が切れた。
これ全部警察は聞いていたのかな。事態が好転するような内容の会話はしていない。捜査って地道な事の繰り返しなんだな。俺だったらやってられない。
ため息をついて佐伯は通話ボタンを押す。最近ため息や舌打ちが増えた。すぐいらいらするし、それだけ自分の回りは平和で暇なんだろう。
とりあえず後藤が生きている事はわかった。後のことはわからないが今現在は生きている。
急に疲労感が佐伯を襲った。座っているのも辛くて床に横になった。
明るい声色だったが後藤が倒れたきっかけは親しい人の死だと思う。いつだったか電話から聞こえた声。あの人だろうか。一般人の自分よりあの世界の人たちは絆が強い感じがする。小泉という人に関してはフラットに聞こえたが立場上距離があるんだろう。
だんだん難しいことを考えるのが億劫になってきた。感情が絡むとややこしい。かばんを抱きしめて目を閉じるとすぐに眠くなった。
「おいっ、この前は入れたじゃないか!どうして今日は駄目なんだ!」
「山路さん、無理いわんとって下さい。後藤は面会謝絶です。誰にも会えない」
病院の警備室前で不毛な押し問答が続いている。佐伯はタクシー乗り場に向かって歩き出した。
行き先を伝えてため息をつく。タクシー代が痛い。
病院の一般通行口を出るときちらっと駐車場を見た。そこだけブラックホールになっているかのような爆発の威力を物語る真っ黒な世界。
料金を払ってタクシーを降りる。イライラした気分だけ胸に残る。無意識に「ちっ」と舌打ちしたときスマホが鳴った。
後藤からの着信だった。
慌てて管理人室に入り鍵を締めた。
「…もしもしっ」
佐伯は両手でスマホを握りしめた。
『やあ、調子どうだ?』
少し枯れているように聞こえるが間違いなく後藤の声だった。
「調子って…。後藤さんこそ無事なんですかっ?山路って人に案内されて俺さっきまで病院にいたんですよ」
結局中に入れないので諦めたが、もう少し粘ればよかった。
『記憶がないのよ。気がついたら病院にいた。頭イカれたみたいだなあ。今つるっつるよ。髪剃られて頭蓋骨削られたみたい』
いつもと変わらない明るい声で話す。記憶がないのは倒れた瞬間の事だろうか。どこまで事情を知っているんだろう。
『面会謝絶という名の監禁だ。警備が厳しい。どうせカシラが暴れてるんだろう?あはは、あの人は過激だからな』
「後藤さんの読み通りです。病院の駐車場ぶっ飛ばして警察は射殺。全国ネットで放映されましたよ。次はどうなるんですか」
『死ぬだろうな』
佐伯の動きが止まる。時間も止まった気がした。
「後藤さんは…治りそうですか?」
『経過観察だ。後からなんか出るかもしれないけど今の所は麻痺もないし普通に話せる。スマホもOK出てるし今の問題は暇ってこと』
「俺はどこまで話せばいいですか?報道される情報しか持ってないですよ」
『それは情報とは呼べない。インフォメーションとインテリジェンスは違う』
いつもの後藤節が出た。ほっておけばずっと話しそうだ。
「まだ万全じゃないので休んで下さい。会話は体力を奪う」
『あら冷たい』
「でないと俺はあなたに悲しい事実を喋ってしまうかもしれない」
『俺の兄弟のこと?』
「……」
今度は心臓が止まりそうだった。
全部覚えているじゃないか。
ドアを背に佐伯は座り込んだ。
『そういう世界なんだよ』
後藤の言葉が胸にささる。TVを見てかっこいいとかいってエンタメの延長上にあった世界だが、後藤の言葉が重い。
「泣いてください」
『ん?』
「どうせこの会話傍受されてるでしょ?たまにはかっこ悪い姿さらしてよ。小泉って人がカッコつけてる間、こっちはダサい事しよう。くだらない話して警察の邪魔でもして…。それが一番、今のあなたには必要だと思う」
『泣かないで。落ち着いて佐伯くん』
「…すいません」
気がつくと瞳から涙が出ていた。
「後藤さんが生きていたってわかって…安心して…。すいません」
『それだけカシラが暴れてるってことか。俺はもう組と関係ないから大丈夫だよ』
「病気……だったって…そんなの知らなくて…。後藤さんはいつも強いから…」
『怖いから健康診断行ったことなかったもん。検査すると何かみつかるとかいうじゃん?人間ドックは高いしねえ。俺は墨入れてないし内蔵にダメージないと思ってたら脳に何か育ってたみたい』
「……」
『泣かないで佐伯くん』
なぜだろう。後藤のことなんてどうでもいいはずなのに。むしろ復讐リストに入っていい人間なのに。
涙が止まらない。
「会いたい……」
『何かあったら山路に言えばいいよ』
「あいつ何も出来ねえじゃん!顔がきくとか言って俺を連れ出したのに見舞いできなかったし!すぐそこまで行ったのに!」
『おっと、早くもクレームか。よく言っておく。やっぱ入院しててよかったわ俺』
「え?」
『元気だったら、その顔がきくってやつでカシラと交渉する立場に仕立て上げられてた。誰が小泉さんを止められるんだ。誰にも無理だよ。本人死ぬ気なんだから』
「あなたは生きて…ください…」
『それは神様に聞かな…、うわあ!ごめんなさい!見つかったっ!』
看護師さんの怒った声とひたすら謝っている後藤の声が聞こえる。一応建前上は病室でのスマホ利用は禁止なんだろう。病院によっては厳しいと聞く。
『また電話するね!』
途中で看護師の「またじゃないです!」という声が聞こえて通話が切れた。
これ全部警察は聞いていたのかな。事態が好転するような内容の会話はしていない。捜査って地道な事の繰り返しなんだな。俺だったらやってられない。
ため息をついて佐伯は通話ボタンを押す。最近ため息や舌打ちが増えた。すぐいらいらするし、それだけ自分の回りは平和で暇なんだろう。
とりあえず後藤が生きている事はわかった。後のことはわからないが今現在は生きている。
急に疲労感が佐伯を襲った。座っているのも辛くて床に横になった。
明るい声色だったが後藤が倒れたきっかけは親しい人の死だと思う。いつだったか電話から聞こえた声。あの人だろうか。一般人の自分よりあの世界の人たちは絆が強い感じがする。小泉という人に関してはフラットに聞こえたが立場上距離があるんだろう。
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