上 下
56 / 61

耳元

しおりを挟む
世の中そんなうまくいかないというか、なんというか。
「おいっ、この前は入れたじゃないか!どうして今日は駄目なんだ!」
「山路さん、無理いわんとって下さい。後藤は面会謝絶です。誰にも会えない」
病院の警備室前で不毛な押し問答が続いている。佐伯はタクシー乗り場に向かって歩き出した。
行き先を伝えてため息をつく。タクシー代が痛い。
病院の一般通行口を出るときちらっと駐車場を見た。そこだけブラックホールになっているかのような爆発の威力を物語る真っ黒な世界。

料金を払ってタクシーを降りる。イライラした気分だけ胸に残る。無意識に「ちっ」と舌打ちしたときスマホが鳴った。

後藤からの着信だった。

慌てて管理人室に入り鍵を締めた。
「…もしもしっ」
佐伯は両手でスマホを握りしめた。
『やあ、調子どうだ?』
少し枯れているように聞こえるが間違いなく後藤の声だった。
「調子って…。後藤さんこそ無事なんですかっ?山路って人に案内されて俺さっきまで病院にいたんですよ」
結局中に入れないので諦めたが、もう少し粘ればよかった。

『記憶がないのよ。気がついたら病院にいた。頭イカれたみたいだなあ。今つるっつるよ。髪剃られて頭蓋骨削られたみたい』
いつもと変わらない明るい声で話す。記憶がないのは倒れた瞬間の事だろうか。どこまで事情を知っているんだろう。
『面会謝絶という名の監禁だ。警備が厳しい。どうせカシラが暴れてるんだろう?あはは、あの人は過激だからな』
「後藤さんの読み通りです。病院の駐車場ぶっ飛ばして警察は射殺。全国ネットで放映されましたよ。次はどうなるんですか」
『死ぬだろうな』

佐伯の動きが止まる。時間も止まった気がした。
「後藤さんは…治りそうですか?」
『経過観察だ。後からなんか出るかもしれないけど今の所は麻痺もないし普通に話せる。スマホもOK出てるし今の問題は暇ってこと』
「俺はどこまで話せばいいですか?報道される情報しか持ってないですよ」
『それは情報とは呼べない。インフォメーションとインテリジェンスは違う』
いつもの後藤節が出た。ほっておけばずっと話しそうだ。
「まだ万全じゃないので休んで下さい。会話は体力を奪う」
『あら冷たい』
「でないと俺はあなたに悲しい事実を喋ってしまうかもしれない」
『俺の兄弟のこと?』

「……」
今度は心臓が止まりそうだった。
全部覚えているじゃないか。
ドアを背に佐伯は座り込んだ。
『そういう世界なんだよ』
後藤の言葉が胸にささる。TVを見てかっこいいとかいってエンタメの延長上にあった世界だが、後藤の言葉が重い。
「泣いてください」
『ん?』
「どうせこの会話傍受されてるでしょ?たまにはかっこ悪い姿さらしてよ。小泉って人がカッコつけてる間、こっちはダサい事しよう。くだらない話して警察の邪魔でもして…。それが一番、今のあなたには必要だと思う」
『泣かないで。落ち着いて佐伯くん』
「…すいません」
気がつくと瞳から涙が出ていた。
「後藤さんが生きていたってわかって…安心して…。すいません」
『それだけカシラが暴れてるってことか。俺はもう組と関係ないから大丈夫だよ』
「病気……だったって…そんなの知らなくて…。後藤さんはいつも強いから…」
『怖いから健康診断行ったことなかったもん。検査すると何かみつかるとかいうじゃん?人間ドックは高いしねえ。俺は墨入れてないし内蔵にダメージないと思ってたら脳に何か育ってたみたい』
「……」
『泣かないで佐伯くん』
なぜだろう。後藤のことなんてどうでもいいはずなのに。むしろ復讐リストに入っていい人間なのに。
涙が止まらない。
「会いたい……」
『何かあったら山路に言えばいいよ』
「あいつ何も出来ねえじゃん!顔がきくとか言って俺を連れ出したのに見舞いできなかったし!すぐそこまで行ったのに!」
『おっと、早くもクレームか。よく言っておく。やっぱ入院しててよかったわ俺』
「え?」
『元気だったら、その顔がきくってやつでカシラと交渉する立場に仕立て上げられてた。誰が小泉さんを止められるんだ。誰にも無理だよ。本人死ぬ気なんだから』
「あなたは生きて…ください…」
『それは神様に聞かな…、うわあ!ごめんなさい!見つかったっ!』
看護師さんの怒った声とひたすら謝っている後藤の声が聞こえる。一応建前上は病室でのスマホ利用は禁止なんだろう。病院によっては厳しいと聞く。
『また電話するね!』
途中で看護師の「またじゃないです!」という声が聞こえて通話が切れた。

これ全部警察は聞いていたのかな。事態が好転するような内容の会話はしていない。捜査って地道な事の繰り返しなんだな。俺だったらやってられない。
ため息をついて佐伯は通話ボタンを押す。最近ため息や舌打ちが増えた。すぐいらいらするし、それだけ自分の回りは平和で暇なんだろう。
とりあえず後藤が生きている事はわかった。後のことはわからないが今現在は生きている。

急に疲労感が佐伯を襲った。座っているのも辛くて床に横になった。
明るい声色だったが後藤が倒れたきっかけは親しい人の死だと思う。いつだったか電話から聞こえた声。あの人だろうか。一般人の自分よりあの世界の人たちは絆が強い感じがする。小泉という人に関してはフラットに聞こえたが立場上距離があるんだろう。
だんだん難しいことを考えるのが億劫になってきた。感情が絡むとややこしい。かばんを抱きしめて目を閉じるとすぐに眠くなった。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

処理中です...