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困惑
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暑さで怠かったが、意識を失って倒れるというほどでもない。
「佐伯くん…!」
西田の不安げな声にイタズラ心が湧いて目を開けなかった。
どう動くだろうと思ってじっとしていると、乱暴に抱きかかえられてここまで乗ってきた軽自動車の助手席に押し込まれ、西田はエンジンをかけて冷房を強くしながらスマホをいじっていた。
「後藤さん!」
自分のやった事を表沙汰にしたくなかったのか後藤に電話している。
数分後エンジン音が近くで聞こえた。
助手席側のドアが開いてひたいや首筋を触られる。後藤にはバレるかと一瞬不安がよぎったが佐伯は目を閉じて動かなかった。
「ここで何してた」
「内見を…。エアコンがつかなかったので熱中症かと思って…それで…」
「じゃあ病院にいけばいいじゃないか。なんで俺に電話かけてくるんだよ。倒れるまで部屋にいるか?どうせよからぬ事してパニックになったんだろう、馬鹿が。命がかかってるのに自分の保身ばかり考えてんじゃねえよ」
ホントその通りだ。佐伯は後藤の正論に拍手したかった。
後藤は開けたままのドアに片腕を乗せながらアパートを見上げる。
「それで部屋は決まったの?」
「まだ本人の…、聞いてなくて、その…」
「お前に犯された部屋なんて借りないだろうな」
何もなければここに決めようと考えていたが、ケチがついた部屋に住むのもどうだろう。
「西田、お前家賃払ってやれ。それを条件に会社には黙っててもらえ。まあ佐伯くんが拒否すればそれまでだが悪い条件じゃないだろう?」
タダで借りれるなら好条件だ。思わず頬がぴくりと動く。
「…はい」
弱々しい西田の声がする。
腕をまわされて後藤にそっと抱き上げられる。西田が先回りしてベンツのドアを開けて助手席に寝かされた。
車内は涼しくてシートの座り心地は不動産会社のクルマとは比べ物にならない。
「前にも言ったけど俺はこういうトラブルを収める役割を引き受けるのはやめたいんだ。今はまだ呼ばれれば駆けつけるけど気安く呼ばないでくれ。佐伯くんの意識が戻ったらさっきの条件を言ってみるから連絡を待て」
相変わらず話が長いなと思いながら佐伯は目を閉じて会話を聞いている。
運転席側のドアが閉まる音がして、クルマがなめらかに走り出した。
しばらく無言で後藤は運転していたが、信号で停まった時「もう狸寝入りはいいぞ」と声をかけられて佐伯は目を開けた。
目を開けると、黒一色のノーネクタイ姿に長い髪を少し後ろに結んでいる後藤の姿が見えた。
「バレてました?」
「なんとなく。顔色良かったし、家賃の話したとき笑っただろう。そこでわかったよ」
信号が青に変わる。
「アパートに送ればいい?」
「はい。ありがとうございます」
「俺のマンションには水森がいるからな。誰もいなかったら連れ去りたいんだが」
どうしてここでも水森の名前が出てくるんだろう。
「西田がなにか言ってた?」
「水森さんより…、俺の体のほうがいいって」
「君の後釜に水森を使おうと思って数人呼んでやらせてみたけど不評でね。西田は激情で動くタイプじゃないから連絡来た時驚いた。よっぽど君の体は気持ちいいんだねえ」
さらりと鬼畜な事を言われた。
西田の悪事を隠すのと同時に自分を囲い込む事で一石二鳥を考えたのか。
やはりおいしい話はない。
「それで部屋はどうする?」
「何もなければあそこに決めたかったんですけど…どうしよう」
「タダで住めるよ。初期費用もあいつに出させる」
「かわりに俺はまた体を差し出すんですか?」
気がつくとクルマはアパートの近くまで来ていた。
「俺が何も言わなくても今回みたいに誰かに襲われるかもしれない」
「後藤さんの庇護は期待できないの?」
エンジンをかけたまま後藤は窓枠に肘をついて顎に指を添えてなにか考えている。
「今日みたいにトラブルが起きるとやりたい事に時間を使えない。俺は新しい仕事をしたいからこの街を離れたい。円滑に事をすすめるために水森を使うつもりだったけどあいつの体は向いていない。いろいろ思うようにはいかないね」
「それで長谷川のように俺に恩を売って利用しようって魂胆ですか」
後藤は苦笑いをしながら手をふった。
「昔の君だったら俺に従ってくれたかもしれないけど、もう他人に恩なんて感じないだろう?でもそれでいいよ。利用できるものは利用して生きていけばいい」
やりたい事があるのにすぐに動けないのはしがらみが多くて身動きできないようだった。
長谷川が言っていた『物事を円滑にすすめるために』俺を使うつもりが気が変わったのか。
「新しい仕事って、どんな?」
「ナイショ」
ハンドルを握りながらシートに体重を預けて背伸びしながら後藤は言った。
「部屋のことはあそこに決めるんだったら俺から西田に連絡しておくよ。ほかの物件も見て違う所が気に入ったらそこでもいい。家賃はあいつに負担させる。でもあまり高い所はさすがにかわいそうだから同じくらいの部屋にしてやってくれ」
ここですっぱり縁を切ろうか無料の部屋を取るか。
「…お願いします」
情けないが自分の経済状況に負けた。仕事を見つけて貯金が出来たら引っ越せばいい。
「水森みたいに変な意地はらなくてそれくらいでいいと思うよ」
肩を軽く叩かれてこの話は終わった。
助手席のドアを開けてクルマを降りる。走り去るクルマに一礼して佐伯はアパートの階段を登った。
長時間空けていた部屋は蒸し風呂状態だった。急いでエアコンをつけて冷蔵庫を開けると何も入っていない。
近くのコンビニに降ろしてもらえばよかったと後悔しながら靴を履いて外に出た。
後藤は自分のマンション近くのドラッグストアに寄ってスポーツドリンクと鎮痛剤を買って部屋に戻った。
寝室のドアを開けると横になったまま少し怯えた表情の水森と目が合う。
「まだ痛い?」
かすかに頷く水森を見て胸がちくりと傷んだ。
「病院に行ったほうがいいかな…」
弱った姿を見たのが初めてだったせいか、佐伯より水森のほうに感情が動く。
グラスに注いできたスポーツドリンクを水森に飲ませて鎮痛剤の箱をサイドテーブルに置く。下心なしに甲斐甲斐しく他人に世話を焼くのは初めてかもしれない。
こんな目に遭わせた罪悪感のせいだろうか。
俺が?水森に?
自分でも理解できない感情に戸惑っている後藤を不思議そうな顔で水森が見ている。切れ長の目は弱々しい光を帯びて濡れているように見えた。
やがて視線をそらせて目を閉じる。
後藤の中の獣が目を覚ましそうになる、全力で抑え込んだがそれでも漏れ出してしまった欲望が水森の唇を貪る。
正気に戻って急いで離れたが、水森は目を閉じたまま動かなかった。
「佐伯くん…!」
西田の不安げな声にイタズラ心が湧いて目を開けなかった。
どう動くだろうと思ってじっとしていると、乱暴に抱きかかえられてここまで乗ってきた軽自動車の助手席に押し込まれ、西田はエンジンをかけて冷房を強くしながらスマホをいじっていた。
「後藤さん!」
自分のやった事を表沙汰にしたくなかったのか後藤に電話している。
数分後エンジン音が近くで聞こえた。
助手席側のドアが開いてひたいや首筋を触られる。後藤にはバレるかと一瞬不安がよぎったが佐伯は目を閉じて動かなかった。
「ここで何してた」
「内見を…。エアコンがつかなかったので熱中症かと思って…それで…」
「じゃあ病院にいけばいいじゃないか。なんで俺に電話かけてくるんだよ。倒れるまで部屋にいるか?どうせよからぬ事してパニックになったんだろう、馬鹿が。命がかかってるのに自分の保身ばかり考えてんじゃねえよ」
ホントその通りだ。佐伯は後藤の正論に拍手したかった。
後藤は開けたままのドアに片腕を乗せながらアパートを見上げる。
「それで部屋は決まったの?」
「まだ本人の…、聞いてなくて、その…」
「お前に犯された部屋なんて借りないだろうな」
何もなければここに決めようと考えていたが、ケチがついた部屋に住むのもどうだろう。
「西田、お前家賃払ってやれ。それを条件に会社には黙っててもらえ。まあ佐伯くんが拒否すればそれまでだが悪い条件じゃないだろう?」
タダで借りれるなら好条件だ。思わず頬がぴくりと動く。
「…はい」
弱々しい西田の声がする。
腕をまわされて後藤にそっと抱き上げられる。西田が先回りしてベンツのドアを開けて助手席に寝かされた。
車内は涼しくてシートの座り心地は不動産会社のクルマとは比べ物にならない。
「前にも言ったけど俺はこういうトラブルを収める役割を引き受けるのはやめたいんだ。今はまだ呼ばれれば駆けつけるけど気安く呼ばないでくれ。佐伯くんの意識が戻ったらさっきの条件を言ってみるから連絡を待て」
相変わらず話が長いなと思いながら佐伯は目を閉じて会話を聞いている。
運転席側のドアが閉まる音がして、クルマがなめらかに走り出した。
しばらく無言で後藤は運転していたが、信号で停まった時「もう狸寝入りはいいぞ」と声をかけられて佐伯は目を開けた。
目を開けると、黒一色のノーネクタイ姿に長い髪を少し後ろに結んでいる後藤の姿が見えた。
「バレてました?」
「なんとなく。顔色良かったし、家賃の話したとき笑っただろう。そこでわかったよ」
信号が青に変わる。
「アパートに送ればいい?」
「はい。ありがとうございます」
「俺のマンションには水森がいるからな。誰もいなかったら連れ去りたいんだが」
どうしてここでも水森の名前が出てくるんだろう。
「西田がなにか言ってた?」
「水森さんより…、俺の体のほうがいいって」
「君の後釜に水森を使おうと思って数人呼んでやらせてみたけど不評でね。西田は激情で動くタイプじゃないから連絡来た時驚いた。よっぽど君の体は気持ちいいんだねえ」
さらりと鬼畜な事を言われた。
西田の悪事を隠すのと同時に自分を囲い込む事で一石二鳥を考えたのか。
やはりおいしい話はない。
「それで部屋はどうする?」
「何もなければあそこに決めたかったんですけど…どうしよう」
「タダで住めるよ。初期費用もあいつに出させる」
「かわりに俺はまた体を差し出すんですか?」
気がつくとクルマはアパートの近くまで来ていた。
「俺が何も言わなくても今回みたいに誰かに襲われるかもしれない」
「後藤さんの庇護は期待できないの?」
エンジンをかけたまま後藤は窓枠に肘をついて顎に指を添えてなにか考えている。
「今日みたいにトラブルが起きるとやりたい事に時間を使えない。俺は新しい仕事をしたいからこの街を離れたい。円滑に事をすすめるために水森を使うつもりだったけどあいつの体は向いていない。いろいろ思うようにはいかないね」
「それで長谷川のように俺に恩を売って利用しようって魂胆ですか」
後藤は苦笑いをしながら手をふった。
「昔の君だったら俺に従ってくれたかもしれないけど、もう他人に恩なんて感じないだろう?でもそれでいいよ。利用できるものは利用して生きていけばいい」
やりたい事があるのにすぐに動けないのはしがらみが多くて身動きできないようだった。
長谷川が言っていた『物事を円滑にすすめるために』俺を使うつもりが気が変わったのか。
「新しい仕事って、どんな?」
「ナイショ」
ハンドルを握りながらシートに体重を預けて背伸びしながら後藤は言った。
「部屋のことはあそこに決めるんだったら俺から西田に連絡しておくよ。ほかの物件も見て違う所が気に入ったらそこでもいい。家賃はあいつに負担させる。でもあまり高い所はさすがにかわいそうだから同じくらいの部屋にしてやってくれ」
ここですっぱり縁を切ろうか無料の部屋を取るか。
「…お願いします」
情けないが自分の経済状況に負けた。仕事を見つけて貯金が出来たら引っ越せばいい。
「水森みたいに変な意地はらなくてそれくらいでいいと思うよ」
肩を軽く叩かれてこの話は終わった。
助手席のドアを開けてクルマを降りる。走り去るクルマに一礼して佐伯はアパートの階段を登った。
長時間空けていた部屋は蒸し風呂状態だった。急いでエアコンをつけて冷蔵庫を開けると何も入っていない。
近くのコンビニに降ろしてもらえばよかったと後悔しながら靴を履いて外に出た。
後藤は自分のマンション近くのドラッグストアに寄ってスポーツドリンクと鎮痛剤を買って部屋に戻った。
寝室のドアを開けると横になったまま少し怯えた表情の水森と目が合う。
「まだ痛い?」
かすかに頷く水森を見て胸がちくりと傷んだ。
「病院に行ったほうがいいかな…」
弱った姿を見たのが初めてだったせいか、佐伯より水森のほうに感情が動く。
グラスに注いできたスポーツドリンクを水森に飲ませて鎮痛剤の箱をサイドテーブルに置く。下心なしに甲斐甲斐しく他人に世話を焼くのは初めてかもしれない。
こんな目に遭わせた罪悪感のせいだろうか。
俺が?水森に?
自分でも理解できない感情に戸惑っている後藤を不思議そうな顔で水森が見ている。切れ長の目は弱々しい光を帯びて濡れているように見えた。
やがて視線をそらせて目を閉じる。
後藤の中の獣が目を覚ましそうになる、全力で抑え込んだがそれでも漏れ出してしまった欲望が水森の唇を貪る。
正気に戻って急いで離れたが、水森は目を閉じたまま動かなかった。
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