刷り込まれた記憶 ~性奴隷だった俺

希京

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挑発

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次に翻意を促すのは、ベッドに転がっている佐伯。
マンションに戻ると、気怠げに横たわっている姿があった。

「お茶飲むか?」
冷蔵庫から2リットルサイズのペットボトルの麦茶を出して、二人分をグラスに注ぐ。
「…ありがと…ございます」
声が枯れている佐伯の言葉は聞きにくい。グラスを受け取って一気に飲み干すのを見て、さらに麦茶を注ぐとまたすぐ飲み干した。

「これ」
苦笑いしながら後藤はペットボトルごと渡す。ごくごくと喉を鳴らして飲んでいる佐伯の側に立って、落ち着くまで黙っていた。
「帰ってもいいですか…。一度戻りたい」
シャワーも浴びず着替えてもいない。何も食べていないし部屋に戻りたくて後藤の顔色をうかがう。
「どうぞご自由に」
からかうような表情と仕草に佐伯が露骨に不快感を表す。
ベッドから降りて立とうとしたが、佐伯はふらりと崩れそうになり後藤に支えられた。
「車で送るよ」
「あなたが…変なことするから……」
「責任転嫁しないでくれ。佐伯くんが求めてきたんだろう」

佐伯は意味深な笑顔を浮かべている後藤を睨む。
「反則だ、変なクスリ飲ませて」
「でも気持ちよかっただろ?」
「……!」
「長谷川より気持ちよかったんじゃない?」
確かに今まで体験したことのない感覚だった。アルコールとは違う高揚感と敏感になった肌。
夢中になって欲しがっていたのは自分自身だが、クスリのせいだと思いこむ事で自分の立場を保とうとした。

ベッドのまわりに脱ぎ捨てた服を後藤が拾って佐伯に渡す。
着替えている間、じっと見られているのは恥ずかしかったが、何か言いたげな視線と目が合った。
「何ですか?」
「さっき黒部くんに会ってきたんだけど」
「…」
「ちゃんと仕事してたよ。彼は偉いねえ、君の事を案じながら下手に動かなかった。長谷川はすぐ俺に助けを求めてきたが身勝手な理由で保身しか考えてない男だ。俺もしゃしゃり出るのは今回で最後にしたい。ほかにやりたい事があるからね」

話が長すぎて要点がぼやけるが、黒部と会って何を話したのか気になる。
「今、どちらを考えた?」
「黒部です」
「今までだったら何の迷いもなく長谷川だったんじゃない」
今すぐ帰りたいがこの男の話を全部聞くまでは後藤は動きそうにない。ベッドに座っている佐伯は立っている後藤を自然と見上げる形になる。それが今の立場を表しているようで不快だった。

「長谷川の新しい彼氏」
後藤は聞きたくない現実を簡単に口にする。
「すっかり長谷川の虜だね。そんなに奴はいいもの持ってるの?。あの画像でも君はすごく乱れて…」
「何の話ですか!」
「仕事だけでも長谷川と繋がっていたい?でもそれを選択すると見たくない事をずっと見せつけられる。佐伯くん割り切れる?水森の彼女みたいに壊れない自信ある?」
聞きたくないことを後藤はたたみかけてくる。心の中にある本音を、完全に見抜かれている。

「曖昧だった事をはっきりさせないと、黒部くんが暴走するぞ」
「彼に何を話したんですか」
「佐伯くんは選択するべきだ」

学生時代から長谷川たちに奴隷以下の扱いを受けていた。大人になってもその関係は変わらない。
長谷川の交渉に使われる性の人形。
どうして逆らえないのかずっと考えていた。正直そんなに激しい恋心があったわけじゃない。

「体が忘れられなくてずるずる付き合っている奴は多いよ」
「俺がそうだって事ですか」
「あいつより気持ちいい事されて少し感情薄れたんじゃない?そんなもんだよ人間は」
佐伯の体の奥がうずく。
「それに気がついて欲しいと思って反則したんだ。でも危ないからもうやらない」

手の甲で顔を撫でられただけで佐伯の体がすぐ反応した。
「気持ちいい?」
佐伯は黙って頷く。
「長谷川と俺、どっちがよかった?」
「……」
肌に触れている後藤の手をゆっくり掴んで離す。

「次に始めたい仕事に黒部くんをスカウトしたいんだけど、彼は君の忠実な犬だ。佐伯くんがこちらについてくれれば彼は来てくれると思う。だから長谷川を選ぶな。どっちみち飽きられてるんだから俺についたほうがいいと思うぞ。このままだと長谷川に捨てられた人間という事で惨めな目で見られる」

ここまで言って佐伯が動かなかったらもう出来ることはない。
「黒部に直接話してみます。今までは俺についてきてくれましたが彼も何かやりたいことがあるかもしれない」
「佐伯くんはどうするの。そこハッキリしていないと彼も動けない」
「拾ってもらった恩はありますけど…」
「善意で拾ったんじゃない。過去の悪行をバラされたくないから自分のそばに置いて世間から隔離したんだ。それも言わないとわからない?」
「…そうですね」
佐伯の言葉が弱くなりうなだれたまま固まる。

ここまで押せばとりあえず今までの経緯を考えるくらいはするだろう。
後藤はサイドテーブルに置いてあった煙草に手を伸ばすが、佐伯の顔を見て動きを止めた。
「副流煙」
不思議そうに眺めていた佐伯に、バツが悪そうに言って苦笑する。クルマの中は煙草の匂いがしなかったので後藤は煙草は吸わないものだと勝手に思いこんでいた。

「がんばって禁煙してたんだけど、最近誘惑に負けて吸ってる」
佐伯の体に腕を回して立ち上がらせる。完璧に見える後藤でも泣き所があったのかと思うと少しほっとした。
煙草をやめるのは大変だと聞いた。
同じように自分にもひとつくらい捨てろと言いたいんだろうか。
「暗くなる前に出よう」
言われるまま後藤に着いていく。
部屋に着くまでに決意を固めなければ。ひとりになったら長谷川への未練が強くなる気がする。
新店舗の店長にまでした若い青年を、優しい眼差しで見つめる長谷川の顔を思い浮かべると怒りと恨みしか沸かない。
それが全ての答えだった。




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