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別離
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痴漢の犯人は取り調べ室に、翔子は狭い会議室に入れられてふたりの刑事に囲まれて事情聴取を受ける。
「今までどこに行っていたんですか?」
優しく問いかけるが泣きじゃくるばかりで埒が明かない。
「翔子おうちに帰る…」
涙があふれる瞳を両手で隠しながら翔子はそれしか言わない。
小泉翔を暴行した当時高校生の名前を刑事は記憶の底から引きずり出した。
伊藤蒼汰、高橋陽斗は問題を起こして街から消えている。
リーダー格だった長谷川数博は今や数店舗の飲食店を展開する経営者に成り上がっていた。
残るひとり。
「水森圭吾さんと暮らしていましたか?」
翔子が無言で頷く。刑事は立ち上がって部屋を出て清水組幹部に電話をかけた。
『何ですか』
抑揚のない声で相手が出る。
『水森圭吾の事でしょ?ちゃんとボディガードつけてましたけど、大勢の前で騒ぎ起こされたらこっちも対応できませんよ』
「見返りに水森から何を受け取った?」
『金品の授受はないです』
電話の向こう側の男は笑っている。
『むしろ俺達の出番はこれからだと思いますよ。翔子チャンが全て思い出したら事件になるんじゃないですか』
刑事は忌々しい気分で電話を切って部屋に戻る。
いつの間にか小泉翔の両親が中にいて息子に説得を試みていた。
「いやっ…、うちに帰る…!あなたたちなんか知らない…!」
「翔!お前をこんな目に遭わせた男になんで…!」
「知らない!知らないっ!!センパイ助けて!!」
「翔……」
母親が差し伸べた手を払って翔子は泣き叫ぶ。
「この状態でよく退院許可が出ましたね」
呆気に取られながら刑事のひとりが言った。
「脱走して戻ってきたんですが、しばらくすると行方不明になって…」
「では病院に送り返して治療を続けたほうがいいですかね」
「いやっ!翔子どこにもいかない!おうち帰る!!」
「そうね。おうちに帰りましょう」
「センパイの所へ帰るんだもんっ!離して!!」
「いい加減にしろ!」
今まで黙っていた父親が翔子の頬を殴る。デスクに叩きつけられた翔子は床に滑り落ちた。
「ちょ…、お父さん落ち着いて」
刑事が間に入る中、頭を強打した翔子は脳裏に何か浮かぶがそれが何なのかわからない。
暗い教室。たくさんの男。笑い声。
かわいいね翔子チャン
気持ちいいか?この淫乱
脳内で声が響く。顔はぼやけてわからない。
「では痴漢のほうも立件しない方向でいくんですか?」
小泉翔の証言があれば水森の逮捕に一歩近づくのに、事なかれ主義の父親の態度で悔しさに震える。
「こんな事を表に出す気か。女みたいな格好して恥ずかしくて外も歩けない。一生病院送りで帰ってこなくてもよかったのに」
「お父さん…」
ここで夫婦喧嘩をされても困る。
事件にしないならお帰りいただくしかない。
「帰るぞ翔」
「いやああ!離してっ、おうち帰るぅ!!」
父親に羽交い締めにされて翔子がもがいているが振り切れないようで助けを求めて叫ぶ。
「いい加減にしろ!!」
母親にドアを開けさせて息子を引きずりだす。廊下から翔の悲鳴が聞こえた。
日付けが変わりそうな深夜。明るい警察署から親に拘束されながら出てくる翔子の瞳に、花壇の石に腰掛けてこちらを見ている水森の姿が写った。
「センパイ!!」
信じられない力で父親の腕を振り切って翔子は水森の元へ走っていく。
黒いスーツ姿の水森の前で膝をつき、腰に腕を回して強く抱きしめてくる翔子の頭を水森は優しくなでた。
その様子を、両親はぽかんと見つめている。
「約束破ったね翔子」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさいセンパイ…!」
「さよなら翔子。お別れだ」
翔は出てこなさそうだし、もう監視しなくて大丈夫だろう。
翔子として偽物の人生をいつまでも縛る責任は持てなかった。
さよなら翔子。楽しかったよ。手放すのは少し名残惜しいが別れるいい時期だ。
頭ではそう思うのにどうして警察署まで来たんだろう。自分の行動がわからない。
「じゃあなんでここにいるの!?わざわざ別れ話しに来たの?」
涙をためた瞳で自分を見上げている。水森はその瞳を指でなぞって涙をすくった。
「もう終わりだ翔子。家に帰りな」
「なんでもするから…おねがい…、捨てないで……」
翔子の言葉に心が揺れる。
膝に顔をうずめて泣いている翔子を、上からかぶさるように抱きしめた。
こんなに狂うんだったら手を出さなければよかった。
「別れよう、翔子」
まるで普通の男女の別れ話のような光景だった。
両親のほうへ押し出す水森の腕を、翔子は突然強い力で振り切った。
翔に戻ったのかと一瞬緊張するが、一緒に暮らしていた水森が彼女の気配は見逃さない。
何の曇りもない瞳で見つめてくるのは、間違いなく翔子だった。
「センパイが消えろって言うなら…翔子の事嫌いになったんなら…消える」
背後には夜でも交通量の多い道路。
ダンスのようにくるりとターンして翔子はその道路に向かって走り出した。
建物内から様子をうかがっていた警察官が慌てて出てくる。
ダンプカーがクラクションを鳴らした瞬間、翔子の体が空に跳ね飛ばされた。
「翔!!」
母親の悲鳴と急ブレーキの音、「救急車!」と叫ぶ警察官が水森のまわりをうごめいている。
厄介払いが済んだとでも思っているのか、恐ろしいほど無表情な父親が何もせず突っ立っていた。
吸い寄せられるようにふらふらと道へ近づいていく水森を刑事のひとりが止める。
「後追いする気か。座ってろ」
後追い?俺が?
性奴隷のために?
「馬鹿なこと…」
お前は黙って俺のいうことをきいていればよかったんだよ。
「…翔子」
魂が抜けたようにふらふらと到着した救急車に近づいていく。
救急隊員の動きの遅さが、事の全てを語っている気がした。
「今までどこに行っていたんですか?」
優しく問いかけるが泣きじゃくるばかりで埒が明かない。
「翔子おうちに帰る…」
涙があふれる瞳を両手で隠しながら翔子はそれしか言わない。
小泉翔を暴行した当時高校生の名前を刑事は記憶の底から引きずり出した。
伊藤蒼汰、高橋陽斗は問題を起こして街から消えている。
リーダー格だった長谷川数博は今や数店舗の飲食店を展開する経営者に成り上がっていた。
残るひとり。
「水森圭吾さんと暮らしていましたか?」
翔子が無言で頷く。刑事は立ち上がって部屋を出て清水組幹部に電話をかけた。
『何ですか』
抑揚のない声で相手が出る。
『水森圭吾の事でしょ?ちゃんとボディガードつけてましたけど、大勢の前で騒ぎ起こされたらこっちも対応できませんよ』
「見返りに水森から何を受け取った?」
『金品の授受はないです』
電話の向こう側の男は笑っている。
『むしろ俺達の出番はこれからだと思いますよ。翔子チャンが全て思い出したら事件になるんじゃないですか』
刑事は忌々しい気分で電話を切って部屋に戻る。
いつの間にか小泉翔の両親が中にいて息子に説得を試みていた。
「いやっ…、うちに帰る…!あなたたちなんか知らない…!」
「翔!お前をこんな目に遭わせた男になんで…!」
「知らない!知らないっ!!センパイ助けて!!」
「翔……」
母親が差し伸べた手を払って翔子は泣き叫ぶ。
「この状態でよく退院許可が出ましたね」
呆気に取られながら刑事のひとりが言った。
「脱走して戻ってきたんですが、しばらくすると行方不明になって…」
「では病院に送り返して治療を続けたほうがいいですかね」
「いやっ!翔子どこにもいかない!おうち帰る!!」
「そうね。おうちに帰りましょう」
「センパイの所へ帰るんだもんっ!離して!!」
「いい加減にしろ!」
今まで黙っていた父親が翔子の頬を殴る。デスクに叩きつけられた翔子は床に滑り落ちた。
「ちょ…、お父さん落ち着いて」
刑事が間に入る中、頭を強打した翔子は脳裏に何か浮かぶがそれが何なのかわからない。
暗い教室。たくさんの男。笑い声。
かわいいね翔子チャン
気持ちいいか?この淫乱
脳内で声が響く。顔はぼやけてわからない。
「では痴漢のほうも立件しない方向でいくんですか?」
小泉翔の証言があれば水森の逮捕に一歩近づくのに、事なかれ主義の父親の態度で悔しさに震える。
「こんな事を表に出す気か。女みたいな格好して恥ずかしくて外も歩けない。一生病院送りで帰ってこなくてもよかったのに」
「お父さん…」
ここで夫婦喧嘩をされても困る。
事件にしないならお帰りいただくしかない。
「帰るぞ翔」
「いやああ!離してっ、おうち帰るぅ!!」
父親に羽交い締めにされて翔子がもがいているが振り切れないようで助けを求めて叫ぶ。
「いい加減にしろ!!」
母親にドアを開けさせて息子を引きずりだす。廊下から翔の悲鳴が聞こえた。
日付けが変わりそうな深夜。明るい警察署から親に拘束されながら出てくる翔子の瞳に、花壇の石に腰掛けてこちらを見ている水森の姿が写った。
「センパイ!!」
信じられない力で父親の腕を振り切って翔子は水森の元へ走っていく。
黒いスーツ姿の水森の前で膝をつき、腰に腕を回して強く抱きしめてくる翔子の頭を水森は優しくなでた。
その様子を、両親はぽかんと見つめている。
「約束破ったね翔子」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさいセンパイ…!」
「さよなら翔子。お別れだ」
翔は出てこなさそうだし、もう監視しなくて大丈夫だろう。
翔子として偽物の人生をいつまでも縛る責任は持てなかった。
さよなら翔子。楽しかったよ。手放すのは少し名残惜しいが別れるいい時期だ。
頭ではそう思うのにどうして警察署まで来たんだろう。自分の行動がわからない。
「じゃあなんでここにいるの!?わざわざ別れ話しに来たの?」
涙をためた瞳で自分を見上げている。水森はその瞳を指でなぞって涙をすくった。
「もう終わりだ翔子。家に帰りな」
「なんでもするから…おねがい…、捨てないで……」
翔子の言葉に心が揺れる。
膝に顔をうずめて泣いている翔子を、上からかぶさるように抱きしめた。
こんなに狂うんだったら手を出さなければよかった。
「別れよう、翔子」
まるで普通の男女の別れ話のような光景だった。
両親のほうへ押し出す水森の腕を、翔子は突然強い力で振り切った。
翔に戻ったのかと一瞬緊張するが、一緒に暮らしていた水森が彼女の気配は見逃さない。
何の曇りもない瞳で見つめてくるのは、間違いなく翔子だった。
「センパイが消えろって言うなら…翔子の事嫌いになったんなら…消える」
背後には夜でも交通量の多い道路。
ダンスのようにくるりとターンして翔子はその道路に向かって走り出した。
建物内から様子をうかがっていた警察官が慌てて出てくる。
ダンプカーがクラクションを鳴らした瞬間、翔子の体が空に跳ね飛ばされた。
「翔!!」
母親の悲鳴と急ブレーキの音、「救急車!」と叫ぶ警察官が水森のまわりをうごめいている。
厄介払いが済んだとでも思っているのか、恐ろしいほど無表情な父親が何もせず突っ立っていた。
吸い寄せられるようにふらふらと道へ近づいていく水森を刑事のひとりが止める。
「後追いする気か。座ってろ」
後追い?俺が?
性奴隷のために?
「馬鹿なこと…」
お前は黙って俺のいうことをきいていればよかったんだよ。
「…翔子」
魂が抜けたようにふらふらと到着した救急車に近づいていく。
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