BLちょっと長い短編集

希京

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第2話 ホトトギス

摩擦

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ぐったりベッドに沈んでいる山中を起こさないように、静かに脱ぎ捨てたままのスーツを着て部屋を出た。
集団生活はこういう時不便だ。誰か来たらどう言い訳しようという不安を抱えたまま廊下を歩いていくと、女性が向こうからやってくる。

「おはようございます、伊藤さん」
伊藤と呼ばれた女性は挨拶もなく、しばらく無言で佐々木を凝視していた。
28と聞いていたが、化粧っ気のない素朴な顔はなぜか老けて見える。着ているジャージもくたびれていた。
「プライベートなことは何も言いたくありませんが」
やはり情事の声が聞こえたか。
顔が般若のように見えるのは後ろめたさなのか。

「すいません」
寝起きから口論に巻き込まれるのはきつい。さり気なく場を去ろうとすると、伊藤はその前をさえぎった。
「欲求不満はよそで解消してきて下さい」
「…すいません、気をつけます」
「それと、町の治安です。移住希望者募集で集まってきた人たち、あれは何ですか?」
「何って、なにを」
「怖くて外を歩けませんよ!訳ありな人間ばかりじゃないですか。顔まで入れ墨ある人見たの初めてです!声は大きいし夜は酔っ払って警察沙汰になるしうるさいし!!」
「それは一部の人間です。作業員さんたちがたくさんいますが今は建設ラッシュのバブルです。工事が終わればいなくなりますよ」

何で俺が篠宮の代弁をしているんだろう。
「私もう限界です!この企画から降ります!!」
「ちょっと伊藤さん!」

そもそも若者が少なくなった村や街に移住して、地域の活性化をはかるという企画だったのに、いつの間にか企業を誘致して街を発展させる事にすり替わっている。

そのように操作したのは佐伯と篠宮だった。

口当たりのいい綺麗事に理想をかけるほうが悪いと佐伯はほくそ笑む。
『佐々木がひとりで立ち上げた計画ならハイエナはよってこなかったのに、国をバックにしたら助成金目当てに悪い大人に食い物にされるに決まっている』

仕事を斡旋した紹介料は私の事務所に入っている。篠宮とは契約書を巻いているのでその通り支払った。
「さむ…」
東の空が明るくなって、始発で戻るため佐伯は駅のほうへ歩き出した。


一方シノはユウトを強引に東京に連れていった。
「あそこにいたらお前ボコボコにされるぞ。居心地も悪くなるだろうし」
「…居心地悪いのはどこでも一緒だ」
シノが住むマンションで、ユウトはグレーのソファに両足を抱えて座っている。
「ちょっと病的だなその感じ。どこかにユウトの部屋探そうか」

話を続けようとしていたシノのスマホが鳴った。
「もしもしお疲れー」
相手は佐伯のようだった。
「ふぅん。佐々木もオトコノコだねえ」
シノはにやにやしながら、ジャージのウエスト部分のゴムを親指に引っ掛けてびよんびよんと伸ばしたり戻したりしながら電話している。

『佐々木さんたぶん童貞だ。うまく出来たのかな』
下衆いことを考えながら、僕とシノの関係に渋い顔をした人間に同情するほどお人好しではない。
気がついたら、移住者も誘致した企業も篠宮の息のかかった連中ばかり。
若者移住で田舎の活性化をはかる計画は、完全に佐伯と篠宮に乗っ取られた形になった。
だが成功している自治体もある。高齢者のサポートをメインに、買い物や病院への車での送迎、介護や見廻り。佐々木の場合は失敗例のひとつでしかない。


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