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電話
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涼真の病室へ向かう途中、律人のスマホが振動した。
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると榊雄一郎からだった。
今さらなんだろう、一瞬躊躇したが律人は通話にした。
「はい」
『今どこにいますか』
「俺ですか?病院です。涼真の」
静かに病室のドアを開ける。涼真は静かに眠っていて部屋は医療機器の音しかしない。
「眠ってます。起きる様子はない」
後ろ手にドアを閉めながら律人は涼真を見つめる。
『もしもし?』
唐突に女の声が電話の向こうから聞こえた。
どこかで聞いた声。どこだ?
『榊は自分で言えない意気地なしのようだから、私が変わるわ』
少し高いこの声。鈴木あすかだ!思い出した。
これまで何人も同じ顔の女が現れたが、なぜ。
電話の向こうで女の笑い声と『返せ』と本気の怒り声でスマホを奪ったであろう榊の声がした。
「あんた水木部長と司法取引しただろう。木原真の捜査に警察を集中させておいて逃げる気だな」
『だから時間がない。君の要求を聞けるのはこれが最後になると思う』
切り替えの早い人間、妙に苛立つのはなぜだろう。警察官として心をコントロールする訓練を受けているのにそれを飛び越える不愉快さを榊は食らわせてきた。
「スピーカーにはしません。涼真の耳元にスマホ置きます。俺は聞かないように離れますので、お願いします」
律人はスピーカーにしてスマホを涼真の耳元に近づけた。
しばらく沈黙が続く。
『涼真』
沈黙のあと、ぎこちない声で名前を呼ぶ榊の声が聞こえた。
『見舞いに来てくれてありがとう。あんな話おぼえてたんだな』
律人の知らない、ふたりだけの秘密の話。
『俺のために何かしてくれるの、はじめてじゃないか?驚いたよ』
涼真は水木に報告していなかったのか。独断で交渉は続いていたのだろうか。
部屋の整理に行ったときは心の未練だけの話だと思いこんでいたが、そんなに想う相手ならどうか目をさましてくれと律人は祈るしかなかった。
律人が約束を破ってスピーカーにして聞いているのをわかっているのか、榊は見えない絆を見せつけるかのようにふたりしか知らない事を話す。居場所がない律人は悔しさに似た感情が湧いてきた。
『お前は若い。いい人生を歩んでくれ』
眠っている涼真の目は開かない。
やっぱり付け焼き刃の思いつきじゃダメだったか。諦めかけた時、スピーカーにしてあるスマホから爆発音のような音がした。
伏せろ!という女の厳しい声と銃撃音が続く。
渇いた銃声、空間を吹き飛ばす爆発音、鈴木あすかの怒声。
榊のマンションは監視対象だったはずだ。それをすり抜けられた?
「…!」
ほとんど条件反射のように涼真が素早く起き上がって右腕を背に回して銃を探す仕草をした。
だがその顔は苦悶に変わり両手で頭を抱えてベッドに倒れ込む。
「涼真!!」
ナースコールを押してから涼真の体を支える。
『はい、どうしましたぁ?』
「意識が戻った!先生を早く!!」
ベッドの上に放置されていたスマホはいつの間にか切れていた。
なかなか来てくれない医師にイライラしつつ水木に電話をかける。
「榊のマンションが襲撃されたようです。すぐ確認取れますか?」
『張り込ませている連中からは何の連絡もないが』
「そいつらが殺されてるかもしれないんです!」
この無能がっ。思わず漏れた本音を心の中でぶちまけて医師を待つ。
ようやくやってきた医師と看護師たちに涼真を預けて律人が病室を出ようとして一度振り返ると、作戦途中と思い込んでいるのか涼真が抑え込もうとする医師たちを振り払おうと暴れている。
「涼真。ここは病院だ。落ち着いて」
殴りかかる腕を掴んでベッドに押しつけて律人は目に強い光をたたえて涼真を見る。
「…あ…?…」
状況が理解できない涼真はしきりに瞳を動かす。
榊の声ではなく戦場のような銃声で目を覚ますとは、そこまで涼真の心の闇が深いとは思いもよらなかった。
処置を医師にまかせて律人は廊下に出る。
榊に電話したが応答がない。数コール後に切って水木にかける。
「部長、涼真が目を覚ましました。榊のほうは…」
『先に到着した部下からの報告では、榊の部屋はめちゃくちゃで床が薬莢だらけ、ガス弾か何かを使用されたようで中に深くは入れないから消防に応援を頼んだ』
「榊雄一郎本人はどこですか?」
『行方不明だ。木原真もまだ手がかりなしだしどうなってるんだ』
それを調べてるんですがね、そう思いながら律人は通話を切った。
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると榊雄一郎からだった。
今さらなんだろう、一瞬躊躇したが律人は通話にした。
「はい」
『今どこにいますか』
「俺ですか?病院です。涼真の」
静かに病室のドアを開ける。涼真は静かに眠っていて部屋は医療機器の音しかしない。
「眠ってます。起きる様子はない」
後ろ手にドアを閉めながら律人は涼真を見つめる。
『もしもし?』
唐突に女の声が電話の向こうから聞こえた。
どこかで聞いた声。どこだ?
『榊は自分で言えない意気地なしのようだから、私が変わるわ』
少し高いこの声。鈴木あすかだ!思い出した。
これまで何人も同じ顔の女が現れたが、なぜ。
電話の向こうで女の笑い声と『返せ』と本気の怒り声でスマホを奪ったであろう榊の声がした。
「あんた水木部長と司法取引しただろう。木原真の捜査に警察を集中させておいて逃げる気だな」
『だから時間がない。君の要求を聞けるのはこれが最後になると思う』
切り替えの早い人間、妙に苛立つのはなぜだろう。警察官として心をコントロールする訓練を受けているのにそれを飛び越える不愉快さを榊は食らわせてきた。
「スピーカーにはしません。涼真の耳元にスマホ置きます。俺は聞かないように離れますので、お願いします」
律人はスピーカーにしてスマホを涼真の耳元に近づけた。
しばらく沈黙が続く。
『涼真』
沈黙のあと、ぎこちない声で名前を呼ぶ榊の声が聞こえた。
『見舞いに来てくれてありがとう。あんな話おぼえてたんだな』
律人の知らない、ふたりだけの秘密の話。
『俺のために何かしてくれるの、はじめてじゃないか?驚いたよ』
涼真は水木に報告していなかったのか。独断で交渉は続いていたのだろうか。
部屋の整理に行ったときは心の未練だけの話だと思いこんでいたが、そんなに想う相手ならどうか目をさましてくれと律人は祈るしかなかった。
律人が約束を破ってスピーカーにして聞いているのをわかっているのか、榊は見えない絆を見せつけるかのようにふたりしか知らない事を話す。居場所がない律人は悔しさに似た感情が湧いてきた。
『お前は若い。いい人生を歩んでくれ』
眠っている涼真の目は開かない。
やっぱり付け焼き刃の思いつきじゃダメだったか。諦めかけた時、スピーカーにしてあるスマホから爆発音のような音がした。
伏せろ!という女の厳しい声と銃撃音が続く。
渇いた銃声、空間を吹き飛ばす爆発音、鈴木あすかの怒声。
榊のマンションは監視対象だったはずだ。それをすり抜けられた?
「…!」
ほとんど条件反射のように涼真が素早く起き上がって右腕を背に回して銃を探す仕草をした。
だがその顔は苦悶に変わり両手で頭を抱えてベッドに倒れ込む。
「涼真!!」
ナースコールを押してから涼真の体を支える。
『はい、どうしましたぁ?』
「意識が戻った!先生を早く!!」
ベッドの上に放置されていたスマホはいつの間にか切れていた。
なかなか来てくれない医師にイライラしつつ水木に電話をかける。
「榊のマンションが襲撃されたようです。すぐ確認取れますか?」
『張り込ませている連中からは何の連絡もないが』
「そいつらが殺されてるかもしれないんです!」
この無能がっ。思わず漏れた本音を心の中でぶちまけて医師を待つ。
ようやくやってきた医師と看護師たちに涼真を預けて律人が病室を出ようとして一度振り返ると、作戦途中と思い込んでいるのか涼真が抑え込もうとする医師たちを振り払おうと暴れている。
「涼真。ここは病院だ。落ち着いて」
殴りかかる腕を掴んでベッドに押しつけて律人は目に強い光をたたえて涼真を見る。
「…あ…?…」
状況が理解できない涼真はしきりに瞳を動かす。
榊の声ではなく戦場のような銃声で目を覚ますとは、そこまで涼真の心の闇が深いとは思いもよらなかった。
処置を医師にまかせて律人は廊下に出る。
榊に電話したが応答がない。数コール後に切って水木にかける。
「部長、涼真が目を覚ましました。榊のほうは…」
『先に到着した部下からの報告では、榊の部屋はめちゃくちゃで床が薬莢だらけ、ガス弾か何かを使用されたようで中に深くは入れないから消防に応援を頼んだ』
「榊雄一郎本人はどこですか?」
『行方不明だ。木原真もまだ手がかりなしだしどうなってるんだ』
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