貴方のそば

希京

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離反

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榊をホテルに送った帰りのクルマで、後部座席に市川総司と鈴木あすかが陣取る。
「マジ痛え…。ふざけんじゃねえぞ」
市川が頭をおさえて苛立ちを隠そうとしない。
「まだ痛いの?」
「あんなオモチャみたいな試作品でも本気出せば人だって殺せるんだぞ!それを俺に使っ…」
人差し指を指して鈴木は運転席に視線を送る。
詳しい事情を知らない社員の手前、市川は口を閉じるしかない。

シュル、音を鳴らして市川がシートベルトを外した。
「どうしたの?」
「歩いて帰るわ。イライラがおさまらん」
蹴るようにドアを閉めて市川が早足に歩いていく。
肩でそろえた髪の影に隠れた鈴木の目に疑問の光が走った。

「冗談じゃねえ…、冗談じゃねえぞ」
肌寒い深夜、昼のことを思い出しつつ市川はぶつぶつと愚痴を呟く。
人生会社と仕事だけに命を使いたくない。
「……」
世の中悪もいれば正義の味方もいるんだ。
市川は立ち止まってポケットからスマホを取り出してある番号を入力した。

日付が変わるくらいの時間に律人のスマホが鳴った。
知らない番号だった。
「はい」
『俺の命の保証をしてくれるなら旭山商事の情報を言う』
「だったら警察に駆け込むか改めて110番しろ」

寝る前だったので部屋着のトレーナー姿の律人は、カーテンの隙間から外を見た。
『交番のおまわりさんじゃ話通じないだろう』
それらしき車両も人影もない。耳に集中するとクルマの走る音が聞こえるので外からだと推測する。
「この番号はどこから?」
『こんなの一般人でも調べられる。それよりどうだ。榊雄一郎の秘密を知りたくないか』
会社名でなく個人の名前が出てきた。
部下の造反か。随分鼻息が荒い。

「時間も遅い。明日改めて電話くれないか。上司も同席させてほしいし証拠になるものを持ってきてほしい」
相手に冷静さを取り戻させるため律人は時間を稼ごうとした。
『そんな悠長なことしているうちにおたくの同僚が死んでもいいのか?』
「…何だって?」
『旭山商事本社ビル前で集合だ』
それだけ告げて一方的に電話は切れた。

内部告発をして会社と心中か。
着替えながら頭の中で榊の極秘プロジェクトチームの顔を並べてみるが、今の声の主が誰なのかわからない。

本来の俺の任務って涼真の監視じゃなかったか?
何かあった時、例えば涼真が操られてこちらを裏切った時口封じする。
それは律人も同じ立場だった。榊雄一郎の実験台にされたら涼真が自分を始末する。だが好き好んで同僚を殺したいヤツなんていない。できれば無事でいてほしい。
とにかく急いで指定された場所に向かった。

長時間革靴で歩いた足が痛い。
来るかどうかわからないが、来なければほかにリークするだけだ。
旭山商事ビルの正面入り口の前に立つ。上の階でいくつか明るい部署がまだあるが、下はほとんど無人だ。
通行人がいない深夜の会社の前、たまに歩いてくる人間の靴音がやけに大きく聞こえる。
どこから来るかぐるりと見渡してみると、意外な人物が近づいてきた。
さっきまでクルマで話していた鈴木あすか。あの時は着ていなかったカーキ色のコートを羽織って大きめのかばんを肩から下げている。

瞬時に身の危険を察して逃げようとした市川の背中に激痛が走り、衝撃で前のめりに倒れた。
かばんの影から発射された銃弾は消音装置に音を吸われて市川に命中した。
コツコツと足音が近づいてくる。自分からあふれる血だまりでもがく市川の顔の近くでその音は止まった。
「さよなら市川さん」
ブス、と鈍い音をたててサイレンサー付きグロッグから一発の弾丸が市川の頭を貫通した。
肩から伝わる反動が、鈴木の髪をわずかに揺らす。何事もなかったように無言のままその場を立ち去った。

数分後本社ビルの手前でタクシーを降りた律人が肌寒い地に足をつく。
黒いダウンジャケットにジーンズとスニーカー姿でやってきた律人の目に映ったのは、血溜まりに倒れている市川総司の体だった。
「…は?」
確認しなくても死んでいるのがわかった。条件反射的に警察に通報する。
涼真の顔が脳裏に浮かんだ。言語化出来ない不安感がこみ上げてきたがこの状況で出来ることは上司の水木に判断をあおぐことだけだった。
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