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動揺
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ベッドで眠る涼真をそのままに、榊はバスローブを着て立ち上がった。
乱れた髪を後ろにかきあげながら自分のかばんを手に取りバスルームへ移動して、中から手のひらに収まるブラックボックスを取り出してしばらく見つめていた。
光沢を帯びたそれは見た目では何なのかわからない。
これは試作品で実験用に作られたものだった。
自分のかばんの中にこれがあるということは涼真がこれを調べている諜報機関の人間ではない。断定はできない。これを狙っているのなら奪って消えている。自分を油断させるために性急に事を運ばず自分を泳がせている可能性もあるが今はまだ信じていたかった。
「ん…あれ……」
目を覚ました涼真が隣にいたはずの榊のほうへ腕を伸ばす。
まだ眠かったのか、すぐにまた目を閉じた。
「…せっかく雄一郎さんと朝まで過ごせる日だったのに」
眠ってしまったのを後悔したのか寂しそうに呟いている。
しばらく様子を観察していたが起き上がる気配がないので榊はバスルームから出た。
「こんなに寝起きが悪かったなんて知らなかったな」
枕元に座って榊が言う。
「朝まで一緒にいたことなかったから…」
ぼんやりした表情のまま涼真が答えるが語尾が消えかける。
「きのう下の階で銃撃戦があったみたいだぞ」
「…ふうん」
「けっこうな騒ぎだった。非常ベルまで鳴って」
「知らない。それくらいの音じゃ起きられない」
興味なさげに答えて、涼真は座っている榊の腰に腕を回して抱きしめた。
髪をなでるとうれしそうに体をくねらせてより近くに体を密着させてくる。
「もう行くよ」
いつも先に榊が部屋を出る。別れの時間が来て、涼真は寂しそうな顔をした。
「……」
イヤ、とは言わず、涼真は腕の力を弱めた。するりと抜け出して榊はシャワールームへ向かう。
やがて水音が聞こえてくる。その音をぼんやり聞きながら涼真は音のする方向を見つめていた。
自分と過ごす時間は夜。榊はサラリーマンだ。勤務時間外は仕事しないと思う。しかも自分と密会しているホテルで。
階は違うがホテル全体の雰囲気がおかしいなら気がつくはずだ。想定外の時間に非常ベルが鳴って、榊は特に何も動かなかった。自分の正体を暴くためにわざとやったのだろうか。涼真はまだ事件の詳しい内容は知らない。
「また連絡する」
背を向けてもうひとつのクッションを抱きしめて横になっている涼真の肩に両手を置いて、榊は優しく囁いて部屋を後にした。
エレベーターで地下駐車場まで降りて自分のクルマまで歩いていると自分を待っている黒ずくめの男が待っていた。
榊は無言で運転席に座り、当然のように男も助手席に乗り込んだ。
「成功です。ジャパニーズマフィアが片付いて一石二鳥だとクライアントから喜びの言葉がありました」
「ご苦労。ほかには?」
「今夜の部長の予定は偽装しておきました」
片眉を上げてにやりと笑って、男はクルマを降りた。
外国では暴力団をそう呼んだりする。ヤクザとマフィアとは少し毛色が違うなと思いながら、彼らは何が起きたのかわからないまま死んでいったことだろう。つまりあの部屋で使用されたものは正確に起動し、効果を発した。
これまでは細かい部品だけ納品していた。これがどの武器のどの部分になるのかわからないようにするのは罪悪感を薄める効果があるが、今回依頼されたものは人体にどう影響するのかはっきりわかっている。
心の中でざわつく何かに榊は表情を曇らせた。
乱れた髪を後ろにかきあげながら自分のかばんを手に取りバスルームへ移動して、中から手のひらに収まるブラックボックスを取り出してしばらく見つめていた。
光沢を帯びたそれは見た目では何なのかわからない。
これは試作品で実験用に作られたものだった。
自分のかばんの中にこれがあるということは涼真がこれを調べている諜報機関の人間ではない。断定はできない。これを狙っているのなら奪って消えている。自分を油断させるために性急に事を運ばず自分を泳がせている可能性もあるが今はまだ信じていたかった。
「ん…あれ……」
目を覚ました涼真が隣にいたはずの榊のほうへ腕を伸ばす。
まだ眠かったのか、すぐにまた目を閉じた。
「…せっかく雄一郎さんと朝まで過ごせる日だったのに」
眠ってしまったのを後悔したのか寂しそうに呟いている。
しばらく様子を観察していたが起き上がる気配がないので榊はバスルームから出た。
「こんなに寝起きが悪かったなんて知らなかったな」
枕元に座って榊が言う。
「朝まで一緒にいたことなかったから…」
ぼんやりした表情のまま涼真が答えるが語尾が消えかける。
「きのう下の階で銃撃戦があったみたいだぞ」
「…ふうん」
「けっこうな騒ぎだった。非常ベルまで鳴って」
「知らない。それくらいの音じゃ起きられない」
興味なさげに答えて、涼真は座っている榊の腰に腕を回して抱きしめた。
髪をなでるとうれしそうに体をくねらせてより近くに体を密着させてくる。
「もう行くよ」
いつも先に榊が部屋を出る。別れの時間が来て、涼真は寂しそうな顔をした。
「……」
イヤ、とは言わず、涼真は腕の力を弱めた。するりと抜け出して榊はシャワールームへ向かう。
やがて水音が聞こえてくる。その音をぼんやり聞きながら涼真は音のする方向を見つめていた。
自分と過ごす時間は夜。榊はサラリーマンだ。勤務時間外は仕事しないと思う。しかも自分と密会しているホテルで。
階は違うがホテル全体の雰囲気がおかしいなら気がつくはずだ。想定外の時間に非常ベルが鳴って、榊は特に何も動かなかった。自分の正体を暴くためにわざとやったのだろうか。涼真はまだ事件の詳しい内容は知らない。
「また連絡する」
背を向けてもうひとつのクッションを抱きしめて横になっている涼真の肩に両手を置いて、榊は優しく囁いて部屋を後にした。
エレベーターで地下駐車場まで降りて自分のクルマまで歩いていると自分を待っている黒ずくめの男が待っていた。
榊は無言で運転席に座り、当然のように男も助手席に乗り込んだ。
「成功です。ジャパニーズマフィアが片付いて一石二鳥だとクライアントから喜びの言葉がありました」
「ご苦労。ほかには?」
「今夜の部長の予定は偽装しておきました」
片眉を上げてにやりと笑って、男はクルマを降りた。
外国では暴力団をそう呼んだりする。ヤクザとマフィアとは少し毛色が違うなと思いながら、彼らは何が起きたのかわからないまま死んでいったことだろう。つまりあの部屋で使用されたものは正確に起動し、効果を発した。
これまでは細かい部品だけ納品していた。これがどの武器のどの部分になるのかわからないようにするのは罪悪感を薄める効果があるが、今回依頼されたものは人体にどう影響するのかはっきりわかっている。
心の中でざわつく何かに榊は表情を曇らせた。
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