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エピローグ
EP3.その後(中)
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リドを倒してから半年が過ぎた。
世の混乱はおおよそ収束方向に向かっていた。
◆ 死の国ファトランテ
死霊王ランティエに続き、宰相ドーンが帰還した事で一気に復興が進む。
クリニカが寝床にしていた寝室は、ランティエが、
「改築すると金がかかるしなあ。仕方ない。吾輩がそのまま使うとするかあ。まったく仕方ないなあ」
と、鼻の下を伸ばしながら言っているのをドーンが冷ややかな目つきで見ていた。
バルハムと行動を共にしていたセルメイダ率いる死霊使い達の一団も戻り、涙の再会を果たす。
そんなある日のこと。
「え!? クリニカちゃんが来てるって?」
政務をしていたランティエにマナという少女が報告に来た。
彼女は以前、サニュールに囚われていて、オーゼン、ラミィと共に酷い目に遭っていた死霊使いの1人だ。
「はい。エキドナ様や三賢者の方々に諭され、世界中を謝罪行脚するらしく。最初に我が国民にした事を謝りたいと」
「ほう……君も彼女には恨みのひとつもある筈だが。どうなんだい?」
「そうですね」
マナは少し考えてから、再び口を開いた。
「えっと個人的には、サニュールに酷い目に遭っていた所を彼女に助けられた形になったので、それほど憎くは思っていません」
ランティエは目を閉じて黙って頷いた。
「ただ……国全体で見ると彼女の策のせいで敗戦した訳ですし、結果、酷い目に遭った者も多くおりましょうし、そう簡単には許せるものではないかと思います」
「わかった。ありがとう。君の言う通りだ」
マナは丁寧に頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
「ふう……ま、そりゃそうだ。あの戦争で親兄弟を殺された者も多いだろうしなあ」
頭の後ろに手をやり、鼻息をついて魔王城の高い位置から町を見下ろした。
何を思ったか不意に悪そうな目をし、彼の体が宙に浮かぶ。
「ちょっとだけ……久しぶりだしな……咎める者もおらんし……」
「咎める者、とは誰の事じゃ?」
「げぇぇ!」
振り向いたランティエの前に腕を組むドーンが立っていた。
「おおおお前、どうしてここに。ヴォレンタに行ったのではなかったのか」
「向かっていたのじゃが途中でクリニカの事を聞き、ひょっとしてと思い、急ぎ帰って来たのじゃ。まあ案の定だったようじゃが」
「そそそそうかそうか。お前は本当に優秀だな!」
少し怒気を孕みながら再び椅子に座る。
机を挟んでそのランティエの前に立ち、ドーンは言った。
「なあランティエ様」
「なんだよ」
「ランティエ様がクリニカを好意的に思っているのは知っている。知っているが今はまだ横から手助けしてはならん。あいつを助けるかどうか、決めるのは国民じゃ」
ランティエはバツ悪そうにドーンを見上げ、目を伏せた。
「ちぇっ。わかってるよ、それぐらい」
諭されて項垂れる姿を見てドーンはニヤリと笑い、
「その代わりと言ってはなんじゃが……儂と一緒にある場所へデートでも行かぬか?」
口に人差し指をつけてそう言うドーンは途轍もなく愛らしかった。
◆ ラクニール王国
「ヘイネ! 用意できたかい!?」
ヘイネの家にズカズカと入り込み、勝手に今にも潰れそうな木の椅子に乱暴に座ったのはアリスだ。
「出来たよ。行きましょうか」
ふたりは連れ立って少し離れた高台のある区画に来た。
そこにはふたつの墓標があった。
ひとつはドーアン。
ヘイネと結婚した翌日に引き裂かれ、リドによって殺された。その墓標にはアリスが結婚祝いにプレゼントした皮のネックレスがかかっていた。
もうひとつはフェルマ。
リド、そしてアリスの剣の師であり、ノルト達の旅の結果を見届ける事なく、マッカに殺された。
アリスとヘイネは2人の墓の周囲を掃除するとその前に座り、持って来た食事を広げだした。
決して多くはなかったがそれを4等分し、半分を2人の墓標に供え、残りを自分達で食べ始めた。
ふとアリスが周りを見渡して言う。
「ロトスの兵隊さんが来てくれて王都の方はだいぶマシになったみたいだけど、いつになったらこの辺も助けてくれるのやら」
「本当ね……ねえアリス」
「なに?」
「私なんか放っておいて、あなただけ王都に行って来てもいいのよ? 別段、この地にこだわる理由はあなたには無い訳だし」
「そうねえ」
少し意地悪そうな顔付きになり、やつれたヘイネの顔を覗き込む。
「ヘイネが前みたいに元気に可愛くなったら考えるよ」
「何言ってるの」
「ヘイネもまだ若いんだからさ。身なりを整えて他の国にでも行きゃあ男が放っておかないよ? ドーアンも今のままのヘイネよりそう願ってると思うけどなあ」
「私は……もう誰かと一緒にとか、そんな気にはなれないの」
「そっかあ。まあそれならそれでいいよ。私も一緒にいる」
「アリス……」
その時アリスの眼光が鋭くなった。
背後の林を睨み、剣の柄に手を添えた。
「どうしたの?」
「ヘイネ。私の後ろにいて」
「……誰……まさか、リ、リ、リドの……」
その名前を口に出し、身震いし、両手で自分を抱いた。
リドに凌辱された日々は彼女の精神を破壊の一歩手前にまで追い込んでいたのだ。
アリスはそんな、放っておけばすぐにでも死んでしまいそうなヘイネの為にドーアンの墓を作り、毎日顔を出し、ずっと労わっていたのだ。
(もうこれ以上、壊させはしない。その為なら相手が王でも殺す)
数秒の後、林の方から皮のマントを羽織った人間の戦士の様な身なりの若い男が現れた。
顔は多少、キツい目付きであったが、精悍で美形だった。
暫くその顔を睨んでいたアリスの表情が不意に緩む。その男を思い出したのだ。
「あ、あんた……死んだ筈じゃあ……」
「すげー殺気だな。腕は落ちてないか?」
それはスルークでアリスと戦う前に意識を無くしてしまい、その後リリアに殺された為、もう会う事は無いと思っていたテスラだった。
ヘイネにあいつは大丈夫だからと言い、テスラと対峙した。
「あんた、どうして生きてるの?」
「まあ色々あってな」
「いいなあ、魔族は。生き返るなんて、そんなの反則だよ」
「別に魔族だから生き返った訳じゃねー……って、んな事はどーでもいーんだよ」
テスラは剣に手を伸ばす。
「どーすんだ? あん時の続き。取り込み中の様だし、やる気がねーならこのまま帰るが」
「フン。わざわざ律儀にやられに来たってわけ? 変わった魔族ね」
対するアリスも両手をそれぞれの腰に這わせた。
「ちょ、あんた達、喧嘩はやめなさ……」
仲裁のつもりのヘイネの言葉が決闘の合図となった。
世の混乱はおおよそ収束方向に向かっていた。
◆ 死の国ファトランテ
死霊王ランティエに続き、宰相ドーンが帰還した事で一気に復興が進む。
クリニカが寝床にしていた寝室は、ランティエが、
「改築すると金がかかるしなあ。仕方ない。吾輩がそのまま使うとするかあ。まったく仕方ないなあ」
と、鼻の下を伸ばしながら言っているのをドーンが冷ややかな目つきで見ていた。
バルハムと行動を共にしていたセルメイダ率いる死霊使い達の一団も戻り、涙の再会を果たす。
そんなある日のこと。
「え!? クリニカちゃんが来てるって?」
政務をしていたランティエにマナという少女が報告に来た。
彼女は以前、サニュールに囚われていて、オーゼン、ラミィと共に酷い目に遭っていた死霊使いの1人だ。
「はい。エキドナ様や三賢者の方々に諭され、世界中を謝罪行脚するらしく。最初に我が国民にした事を謝りたいと」
「ほう……君も彼女には恨みのひとつもある筈だが。どうなんだい?」
「そうですね」
マナは少し考えてから、再び口を開いた。
「えっと個人的には、サニュールに酷い目に遭っていた所を彼女に助けられた形になったので、それほど憎くは思っていません」
ランティエは目を閉じて黙って頷いた。
「ただ……国全体で見ると彼女の策のせいで敗戦した訳ですし、結果、酷い目に遭った者も多くおりましょうし、そう簡単には許せるものではないかと思います」
「わかった。ありがとう。君の言う通りだ」
マナは丁寧に頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
「ふう……ま、そりゃそうだ。あの戦争で親兄弟を殺された者も多いだろうしなあ」
頭の後ろに手をやり、鼻息をついて魔王城の高い位置から町を見下ろした。
何を思ったか不意に悪そうな目をし、彼の体が宙に浮かぶ。
「ちょっとだけ……久しぶりだしな……咎める者もおらんし……」
「咎める者、とは誰の事じゃ?」
「げぇぇ!」
振り向いたランティエの前に腕を組むドーンが立っていた。
「おおおお前、どうしてここに。ヴォレンタに行ったのではなかったのか」
「向かっていたのじゃが途中でクリニカの事を聞き、ひょっとしてと思い、急ぎ帰って来たのじゃ。まあ案の定だったようじゃが」
「そそそそうかそうか。お前は本当に優秀だな!」
少し怒気を孕みながら再び椅子に座る。
机を挟んでそのランティエの前に立ち、ドーンは言った。
「なあランティエ様」
「なんだよ」
「ランティエ様がクリニカを好意的に思っているのは知っている。知っているが今はまだ横から手助けしてはならん。あいつを助けるかどうか、決めるのは国民じゃ」
ランティエはバツ悪そうにドーンを見上げ、目を伏せた。
「ちぇっ。わかってるよ、それぐらい」
諭されて項垂れる姿を見てドーンはニヤリと笑い、
「その代わりと言ってはなんじゃが……儂と一緒にある場所へデートでも行かぬか?」
口に人差し指をつけてそう言うドーンは途轍もなく愛らしかった。
◆ ラクニール王国
「ヘイネ! 用意できたかい!?」
ヘイネの家にズカズカと入り込み、勝手に今にも潰れそうな木の椅子に乱暴に座ったのはアリスだ。
「出来たよ。行きましょうか」
ふたりは連れ立って少し離れた高台のある区画に来た。
そこにはふたつの墓標があった。
ひとつはドーアン。
ヘイネと結婚した翌日に引き裂かれ、リドによって殺された。その墓標にはアリスが結婚祝いにプレゼントした皮のネックレスがかかっていた。
もうひとつはフェルマ。
リド、そしてアリスの剣の師であり、ノルト達の旅の結果を見届ける事なく、マッカに殺された。
アリスとヘイネは2人の墓の周囲を掃除するとその前に座り、持って来た食事を広げだした。
決して多くはなかったがそれを4等分し、半分を2人の墓標に供え、残りを自分達で食べ始めた。
ふとアリスが周りを見渡して言う。
「ロトスの兵隊さんが来てくれて王都の方はだいぶマシになったみたいだけど、いつになったらこの辺も助けてくれるのやら」
「本当ね……ねえアリス」
「なに?」
「私なんか放っておいて、あなただけ王都に行って来てもいいのよ? 別段、この地にこだわる理由はあなたには無い訳だし」
「そうねえ」
少し意地悪そうな顔付きになり、やつれたヘイネの顔を覗き込む。
「ヘイネが前みたいに元気に可愛くなったら考えるよ」
「何言ってるの」
「ヘイネもまだ若いんだからさ。身なりを整えて他の国にでも行きゃあ男が放っておかないよ? ドーアンも今のままのヘイネよりそう願ってると思うけどなあ」
「私は……もう誰かと一緒にとか、そんな気にはなれないの」
「そっかあ。まあそれならそれでいいよ。私も一緒にいる」
「アリス……」
その時アリスの眼光が鋭くなった。
背後の林を睨み、剣の柄に手を添えた。
「どうしたの?」
「ヘイネ。私の後ろにいて」
「……誰……まさか、リ、リ、リドの……」
その名前を口に出し、身震いし、両手で自分を抱いた。
リドに凌辱された日々は彼女の精神を破壊の一歩手前にまで追い込んでいたのだ。
アリスはそんな、放っておけばすぐにでも死んでしまいそうなヘイネの為にドーアンの墓を作り、毎日顔を出し、ずっと労わっていたのだ。
(もうこれ以上、壊させはしない。その為なら相手が王でも殺す)
数秒の後、林の方から皮のマントを羽織った人間の戦士の様な身なりの若い男が現れた。
顔は多少、キツい目付きであったが、精悍で美形だった。
暫くその顔を睨んでいたアリスの表情が不意に緩む。その男を思い出したのだ。
「あ、あんた……死んだ筈じゃあ……」
「すげー殺気だな。腕は落ちてないか?」
それはスルークでアリスと戦う前に意識を無くしてしまい、その後リリアに殺された為、もう会う事は無いと思っていたテスラだった。
ヘイネにあいつは大丈夫だからと言い、テスラと対峙した。
「あんた、どうして生きてるの?」
「まあ色々あってな」
「いいなあ、魔族は。生き返るなんて、そんなの反則だよ」
「別に魔族だから生き返った訳じゃねー……って、んな事はどーでもいーんだよ」
テスラは剣に手を伸ばす。
「どーすんだ? あん時の続き。取り込み中の様だし、やる気がねーならこのまま帰るが」
「フン。わざわざ律儀にやられに来たってわけ? 変わった魔族ね」
対するアリスも両手をそれぞれの腰に這わせた。
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