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エピローグ
EP2.ヴィクトリアの贈り物
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セントリア王国ミニスローム領にあるロスの町では半年程前に合成魔物が大暴れした時に半壊した町長ヒョール宅の建て直しが終わっていた。
一度全てを取り壊してからの新築だった為、最高級のカラリア木材の良い匂いがした。
前までいた使用人は全て一新され、ひとりひとりヒョールが面談をし、その人間性を見極めて慎重に雇い直した。
テーブルに4人が座る。
ひとりは町長のヒョール。
その隣に妻のローリア、その前には娘のアンナ。
そしてその隣にノルトがいた。
「さあノルト、遠慮せず食べてくれたまえ」
ヒョールがテーブルに山と積まれた食べ物をノルトに勧めた。
「は、はい。ありがとうございます」
「君には本当に悪い事をしたと思っている。アンナから全て聞いた」
「あ、いえ……慣れていますし……」
その居心地の悪さからスープを手に取り、飲み始めた。
「旅の間もアンナを守ってくれたと聞いた。せめてものお礼とお詫び、と言ってはなんなんだが、君の家を建てさせて貰えないだろうか」
「ブ―――ッ!」
飲んでいたスープを全て噴き出した。
目の前にいたアンナの母、ローリアがスープまみれになり、ノルトが椅子から飛び降りて土下座する羽目になった。
そんな軽い騒動はあったものの、新居の話はヒョールが強引に決めてしまい、ノルトは恐縮しながら承諾する事となった。
そしてその夜。
ノルトはアンナの部屋に泊まる。
空き部屋は他にもあり、流石にまだそれは早いのではとヒョールに止められたが、実の娘と世界の英雄のノルトが信じられないの!? と今度はアンナに押し切られる形でヒョールが承諾する事となった。
とはいえ、ふたりともまだロゼルタ達の死から立ち直れないでいる。
そんな状態で男女の仲になろう筈もなく、旅の思い出話をしては気まずくなって話を変え……を繰り返す内にいつしかふたりとも寝てしまった。
「おい」
どれほど経っただろうか。
聞き覚えのあるその声でノルトが目を覚ます。
声の方に顔を向けると窓枠に座る人影があった。顔は月の逆光でよく見えない。
だがどうやら女性らしい。
筋肉質だがくびれのある、美しい体の線が月影に浮かぶ。
その人影はもう一度、言った。
「おい」
ノルトはキョロキョロと辺りを見回し、
「は……あの、僕、ですか?」
と答えた。
するとその人影はグッと身を乗り出し、少し声を荒げた。
「テメー。すっとぼけやがって。もうあたしを忘れたのか?」
その声には明らかに聞き覚えがあった。
「う、そ……」
「……」
「ロ、ロゼ……ロゼルタ、さん?」
「……」
ノルトの言葉には答えず、数秒の沈黙の後、また口を開いた。
「いい加減にしろこのヤロー。一体いつまで待たせるんだ? 早く迎えに来い!」
「迎えにって……どこに……」
その人影の方に手を伸ばすとスッとそれはいなくなった。
「ロ、ロゼルタ……ロゼルタさん! ロゼルタさん!」
「……ト! ノルト、ノルト! どうしたの!」
頰を叩かれ、驚いて目を開けると暗闇の中で魔法トーチに浮かんだ、心配そうに覗き込むアンナの顔があった。
「……ア、アンナ?」
「いやここ、私の部屋だから。私とあんた以外誰がいるってーのよ」
「あ、あれ? ロゼルタさんは?」
必死の形相のノルトを見て、アンナはふうとため息をひとつ吐き、打って変わって優しい笑顔となった。
「ロゼルタの夢を見たのね。そっか……」
ノルトの頭を優しく撫でる。
「汗かいてるね。着替える?」
「あれ? あ……れ? ゆ、夢?」
呆然とし、アンナから渡された父親のシャツに着替えた。
(夢……そっか……当たり前、か……)
皆、ノルトの目の前で死んだ。
死んだ者は生き返らない。
そんな事は当たり前の事なのだ。
「少し窓を開けていいかな」
「いいよー。じゃ私は寝るね」
「うん。ごめんね、起こして」
ノルトがそう言った時には既にアンナは軽く寝息を立てていた。
窓際に行き、窓を両手で押す様に開けたその瞬間、ノルトの鼻腔にツンとした懐かしい匂いが流れ込む。
「え……この、匂い」
柑橘系に混じる高貴で清潔感に溢れた匂いが微かに、だが確かにした。
心臓の鼓動が大きくなり、心拍数が上がる。
「アンナ! 起きてアンナ! ロゼルタさんだ!」
「ん……ん? ロゼルタ? また夢を見たの?」
「違うんだ。ロゼルタさんの匂いだ。いたんだ、やっぱり! ここに!」
「……?」
アンナは怒るでもなく、目を擦りながらノルトに連れられ窓際へと歩き、そこで鼻をヒクヒクとさせた。
「何も、匂わないわ」
「そんな筈は……」
ない、とノルトは目一杯空気を吸い込んだ。
が、先程確かにあった彼女の香りは無くなっていた。
期待してしまっただけに激しい落胆が彼を襲う。
数秒の後、ノルトは顔を上げた。
「僕、探してくる」
「ええ!? ちょ、落ち着いて」
「確かにロゼルタさんは言ったんだ。いい加減にしろ、いつまで待たせるんだって」
「せめて明日にしたら?」
「アンナは寝てて。明日には戻るよ」
言いながら外出着に着替えるノルトを見て「はぁぁぁ」と大きくため息をつく。
「待って。私も行くわ」
「ほんと!?」
「ほっとけないわ。それにあんた1人じゃ走って探す事になるでしょ」
「あ……うん」
言われてみれば何の手がかりもない所を走って探すなど狂気の沙汰だった。
10分後、彼らは大空にいた。
アンナがネイザールの砂漠ジャン・ムウで出会ったマルティコラスを召喚したのだ。
「で? どこにいるわけ?」
別に責めている訳ではない。
アンナが操縦しているのだから目的地を聞くのは当たり前だ。
「どこ……どこだろう」
「呆れた」
暫く中空を旋回し、ロスの町を見下ろしていた。
その時、ふとノルトの目に『セントリアを守る山々』と呼ばれる山の姿が目に入った。
「あれは……アンナ! あっちだ!」
「了解!」
一気に山の方へと向きを変え、スピードを上げた。
◆◇
「うう。ゾッとしないわね」
「ダメだ。全然、見当つかない」
マルティコラスを戻し、徒歩で夜の森に踏み入っていた。
以前、ここであの不思議な館に入り、ロゼルタ達と出逢った。
唯一の心当たりと言っていい。
だが当時、心身喪失状態だった彼は自分がどこをどう歩いたかなどはさっぱり覚えていない。
(ダメか……)
(アンナもいる。いつまでも彷徨っていられない)
(言う通り、日を改めた方が)
弱気になり始めたその時、周囲の様子の変化に気付いた。
同時にアンナが言う。
「なんだか……霧が出てきたのかしら?」
蘇るあの日の記憶。
確かあの時も館を見つける前には霧が出ていたのではなかったか。
バクバクと心臓の音が高鳴り出した。
相変わらず目的地はわからないままだったが、ノルトはアンナの手を取り、走り出した。
「ちょ……待っ……落ち着いて! 危ない……ったら」
「落ち着いてなんか、いられないよ!」
だがそれは見つからない。
「こんなとこに本当にロゼルタ達が、いるの?」
館の事は話でしか聞いていないアンナは懐疑的だ。
霧も普通に起こる、ただの自然現象としか思えない。
だがノルトは確信に近い思いで走る。
遂にほんの数歩先が見えなくなる程、霧が濃くなった。
「本当に待って、ノルト。これ以上彷徨うのはダメ……」
そこまで言ってアンナは口をパクパクさせた。
ノルトの体にあった痣は、魔王達が生き返ったあの日、全て綺麗に無くなっていた。
だというのに、以前あったその位置が輝いていた。
「あんた……それ……」
「う……熱い……」
中からジンジンと燃える様な痛みがした。
だが痛いという事がこれほど嬉しいと思えた事はなかった。
「いる……絶対に、ここに」
うわ言のように繰り返し、先に進むノルトに、もうアンナは何も言わなかった。
彼女の胸も高鳴り出していた。
そして遂に。
「あ……」
「こ、これが……」
それが目の前に現れた。
以前は不気味と感じた七色に煌めく館。
呆気に取られるアンナの手を力強く握り、ノルトはまた駆け出した。
扉に向かい、開けようともせずに飛び込むとそれはひとりでにスッと開く。
「うええええっ!?」
アンナが悲鳴を上げるがノルトは構わず走る。
薄暗い家屋の中、細長い廊下を走るとその終わりに両開きの扉があるのが見えた。
その扉の前でようやくノルトは止まった。
息をする事さえ忘れていた。
ふたりでハァハァと肩で息をし、暫く呼吸を整えた。
やがてゴクリと唾を飲み込み、
「開けるよ」
「う、うん」
ノルトが手を翳すと同時に、暖かな『風の様な何か』がふたりの体を撫で、頭の中に直接声が聞こえて来た。
『ここに貴方が来た、という事はリリアとの戦いに勝ったという事。そして残念ながらその戦いで誰かが死んだという事ですね』
「こ、この声……」
アンナの目が見開く。
「ヴィクトリアさんだ!」
その声は紛れもなくメルマトラの女王、ヴィクトリアの声だった。
『私はもう存在していませんが、貴方達への精一杯の感謝の気持ちとしてこの館を用意しておきました』
徐々に扉が開く。
中から眩いばかりの強烈な光が溢れ出すが、ノルトは瞬きもせずその中を凝視した。
『ノルト、本当にありがとう』
最後にそう言い、ヴィクトリアの声は消えた。
一見、そこは居間を思わせる部屋。
だが幻想的な別世界なようでもあった。
「う……わ……なに、これぇ」
アンナがノルト越しに目を顰めながら中の様子を見て驚く。
何もかもノルトが以前見たままだった。
いや、ふたつ、違っている箇所があった。
ひとつは中にいる全員が入って来たふたりを認識し、見ている事。
そしてもうひとつは。
「チッ。こんだけ待たせやがって……本当に今日来やがった」
「やるのうロゼルタ。賭けはお前の勝ちじゃ」
「だから言ったじゃねーか。今日来る気がしたってよ」
それはノルトとアンナは部屋の中にいた者達を、中の者はノルトとアンナを、お互いによく知っているという事だった。
「ああ……ああ……」
食屍鬼の様に声を上げ、彼らの目の前へと拙く歩いた。
「なんて事……こんな事が……本当に……?」
アンナは零れ落ちる涙を拭おうともせず、その場にへたり込んで泣きじゃくった。
ロゼルタを見上げるノルトの頰にも一筋の涙が伝う。
「よう。遅かったじゃねーか」
ニッと歯を見せて笑うロゼルタは確かにロゼルタだった。
ノルトはロゼルタの胸の下辺りに顔を埋め、力一杯抱き締め、いつまでも泣き続けた。
一度全てを取り壊してからの新築だった為、最高級のカラリア木材の良い匂いがした。
前までいた使用人は全て一新され、ひとりひとりヒョールが面談をし、その人間性を見極めて慎重に雇い直した。
テーブルに4人が座る。
ひとりは町長のヒョール。
その隣に妻のローリア、その前には娘のアンナ。
そしてその隣にノルトがいた。
「さあノルト、遠慮せず食べてくれたまえ」
ヒョールがテーブルに山と積まれた食べ物をノルトに勧めた。
「は、はい。ありがとうございます」
「君には本当に悪い事をしたと思っている。アンナから全て聞いた」
「あ、いえ……慣れていますし……」
その居心地の悪さからスープを手に取り、飲み始めた。
「旅の間もアンナを守ってくれたと聞いた。せめてものお礼とお詫び、と言ってはなんなんだが、君の家を建てさせて貰えないだろうか」
「ブ―――ッ!」
飲んでいたスープを全て噴き出した。
目の前にいたアンナの母、ローリアがスープまみれになり、ノルトが椅子から飛び降りて土下座する羽目になった。
そんな軽い騒動はあったものの、新居の話はヒョールが強引に決めてしまい、ノルトは恐縮しながら承諾する事となった。
そしてその夜。
ノルトはアンナの部屋に泊まる。
空き部屋は他にもあり、流石にまだそれは早いのではとヒョールに止められたが、実の娘と世界の英雄のノルトが信じられないの!? と今度はアンナに押し切られる形でヒョールが承諾する事となった。
とはいえ、ふたりともまだロゼルタ達の死から立ち直れないでいる。
そんな状態で男女の仲になろう筈もなく、旅の思い出話をしては気まずくなって話を変え……を繰り返す内にいつしかふたりとも寝てしまった。
「おい」
どれほど経っただろうか。
聞き覚えのあるその声でノルトが目を覚ます。
声の方に顔を向けると窓枠に座る人影があった。顔は月の逆光でよく見えない。
だがどうやら女性らしい。
筋肉質だがくびれのある、美しい体の線が月影に浮かぶ。
その人影はもう一度、言った。
「おい」
ノルトはキョロキョロと辺りを見回し、
「は……あの、僕、ですか?」
と答えた。
するとその人影はグッと身を乗り出し、少し声を荒げた。
「テメー。すっとぼけやがって。もうあたしを忘れたのか?」
その声には明らかに聞き覚えがあった。
「う、そ……」
「……」
「ロ、ロゼ……ロゼルタ、さん?」
「……」
ノルトの言葉には答えず、数秒の沈黙の後、また口を開いた。
「いい加減にしろこのヤロー。一体いつまで待たせるんだ? 早く迎えに来い!」
「迎えにって……どこに……」
その人影の方に手を伸ばすとスッとそれはいなくなった。
「ロ、ロゼルタ……ロゼルタさん! ロゼルタさん!」
「……ト! ノルト、ノルト! どうしたの!」
頰を叩かれ、驚いて目を開けると暗闇の中で魔法トーチに浮かんだ、心配そうに覗き込むアンナの顔があった。
「……ア、アンナ?」
「いやここ、私の部屋だから。私とあんた以外誰がいるってーのよ」
「あ、あれ? ロゼルタさんは?」
必死の形相のノルトを見て、アンナはふうとため息をひとつ吐き、打って変わって優しい笑顔となった。
「ロゼルタの夢を見たのね。そっか……」
ノルトの頭を優しく撫でる。
「汗かいてるね。着替える?」
「あれ? あ……れ? ゆ、夢?」
呆然とし、アンナから渡された父親のシャツに着替えた。
(夢……そっか……当たり前、か……)
皆、ノルトの目の前で死んだ。
死んだ者は生き返らない。
そんな事は当たり前の事なのだ。
「少し窓を開けていいかな」
「いいよー。じゃ私は寝るね」
「うん。ごめんね、起こして」
ノルトがそう言った時には既にアンナは軽く寝息を立てていた。
窓際に行き、窓を両手で押す様に開けたその瞬間、ノルトの鼻腔にツンとした懐かしい匂いが流れ込む。
「え……この、匂い」
柑橘系に混じる高貴で清潔感に溢れた匂いが微かに、だが確かにした。
心臓の鼓動が大きくなり、心拍数が上がる。
「アンナ! 起きてアンナ! ロゼルタさんだ!」
「ん……ん? ロゼルタ? また夢を見たの?」
「違うんだ。ロゼルタさんの匂いだ。いたんだ、やっぱり! ここに!」
「……?」
アンナは怒るでもなく、目を擦りながらノルトに連れられ窓際へと歩き、そこで鼻をヒクヒクとさせた。
「何も、匂わないわ」
「そんな筈は……」
ない、とノルトは目一杯空気を吸い込んだ。
が、先程確かにあった彼女の香りは無くなっていた。
期待してしまっただけに激しい落胆が彼を襲う。
数秒の後、ノルトは顔を上げた。
「僕、探してくる」
「ええ!? ちょ、落ち着いて」
「確かにロゼルタさんは言ったんだ。いい加減にしろ、いつまで待たせるんだって」
「せめて明日にしたら?」
「アンナは寝てて。明日には戻るよ」
言いながら外出着に着替えるノルトを見て「はぁぁぁ」と大きくため息をつく。
「待って。私も行くわ」
「ほんと!?」
「ほっとけないわ。それにあんた1人じゃ走って探す事になるでしょ」
「あ……うん」
言われてみれば何の手がかりもない所を走って探すなど狂気の沙汰だった。
10分後、彼らは大空にいた。
アンナがネイザールの砂漠ジャン・ムウで出会ったマルティコラスを召喚したのだ。
「で? どこにいるわけ?」
別に責めている訳ではない。
アンナが操縦しているのだから目的地を聞くのは当たり前だ。
「どこ……どこだろう」
「呆れた」
暫く中空を旋回し、ロスの町を見下ろしていた。
その時、ふとノルトの目に『セントリアを守る山々』と呼ばれる山の姿が目に入った。
「あれは……アンナ! あっちだ!」
「了解!」
一気に山の方へと向きを変え、スピードを上げた。
◆◇
「うう。ゾッとしないわね」
「ダメだ。全然、見当つかない」
マルティコラスを戻し、徒歩で夜の森に踏み入っていた。
以前、ここであの不思議な館に入り、ロゼルタ達と出逢った。
唯一の心当たりと言っていい。
だが当時、心身喪失状態だった彼は自分がどこをどう歩いたかなどはさっぱり覚えていない。
(ダメか……)
(アンナもいる。いつまでも彷徨っていられない)
(言う通り、日を改めた方が)
弱気になり始めたその時、周囲の様子の変化に気付いた。
同時にアンナが言う。
「なんだか……霧が出てきたのかしら?」
蘇るあの日の記憶。
確かあの時も館を見つける前には霧が出ていたのではなかったか。
バクバクと心臓の音が高鳴り出した。
相変わらず目的地はわからないままだったが、ノルトはアンナの手を取り、走り出した。
「ちょ……待っ……落ち着いて! 危ない……ったら」
「落ち着いてなんか、いられないよ!」
だがそれは見つからない。
「こんなとこに本当にロゼルタ達が、いるの?」
館の事は話でしか聞いていないアンナは懐疑的だ。
霧も普通に起こる、ただの自然現象としか思えない。
だがノルトは確信に近い思いで走る。
遂にほんの数歩先が見えなくなる程、霧が濃くなった。
「本当に待って、ノルト。これ以上彷徨うのはダメ……」
そこまで言ってアンナは口をパクパクさせた。
ノルトの体にあった痣は、魔王達が生き返ったあの日、全て綺麗に無くなっていた。
だというのに、以前あったその位置が輝いていた。
「あんた……それ……」
「う……熱い……」
中からジンジンと燃える様な痛みがした。
だが痛いという事がこれほど嬉しいと思えた事はなかった。
「いる……絶対に、ここに」
うわ言のように繰り返し、先に進むノルトに、もうアンナは何も言わなかった。
彼女の胸も高鳴り出していた。
そして遂に。
「あ……」
「こ、これが……」
それが目の前に現れた。
以前は不気味と感じた七色に煌めく館。
呆気に取られるアンナの手を力強く握り、ノルトはまた駆け出した。
扉に向かい、開けようともせずに飛び込むとそれはひとりでにスッと開く。
「うええええっ!?」
アンナが悲鳴を上げるがノルトは構わず走る。
薄暗い家屋の中、細長い廊下を走るとその終わりに両開きの扉があるのが見えた。
その扉の前でようやくノルトは止まった。
息をする事さえ忘れていた。
ふたりでハァハァと肩で息をし、暫く呼吸を整えた。
やがてゴクリと唾を飲み込み、
「開けるよ」
「う、うん」
ノルトが手を翳すと同時に、暖かな『風の様な何か』がふたりの体を撫で、頭の中に直接声が聞こえて来た。
『ここに貴方が来た、という事はリリアとの戦いに勝ったという事。そして残念ながらその戦いで誰かが死んだという事ですね』
「こ、この声……」
アンナの目が見開く。
「ヴィクトリアさんだ!」
その声は紛れもなくメルマトラの女王、ヴィクトリアの声だった。
『私はもう存在していませんが、貴方達への精一杯の感謝の気持ちとしてこの館を用意しておきました』
徐々に扉が開く。
中から眩いばかりの強烈な光が溢れ出すが、ノルトは瞬きもせずその中を凝視した。
『ノルト、本当にありがとう』
最後にそう言い、ヴィクトリアの声は消えた。
一見、そこは居間を思わせる部屋。
だが幻想的な別世界なようでもあった。
「う……わ……なに、これぇ」
アンナがノルト越しに目を顰めながら中の様子を見て驚く。
何もかもノルトが以前見たままだった。
いや、ふたつ、違っている箇所があった。
ひとつは中にいる全員が入って来たふたりを認識し、見ている事。
そしてもうひとつは。
「チッ。こんだけ待たせやがって……本当に今日来やがった」
「やるのうロゼルタ。賭けはお前の勝ちじゃ」
「だから言ったじゃねーか。今日来る気がしたってよ」
それはノルトとアンナは部屋の中にいた者達を、中の者はノルトとアンナを、お互いによく知っているという事だった。
「ああ……ああ……」
食屍鬼の様に声を上げ、彼らの目の前へと拙く歩いた。
「なんて事……こんな事が……本当に……?」
アンナは零れ落ちる涙を拭おうともせず、その場にへたり込んで泣きじゃくった。
ロゼルタを見上げるノルトの頰にも一筋の涙が伝う。
「よう。遅かったじゃねーか」
ニッと歯を見せて笑うロゼルタは確かにロゼルタだった。
ノルトはロゼルタの胸の下辺りに顔を埋め、力一杯抱き締め、いつまでも泣き続けた。
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