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最終章 魔王をその身に宿す少年

126.暗殺者の王

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 ◆◇ 月の塔 最上階 ◆◇

 ハモンが両手に持つ円月輪は投擲されると丸い部屋の中で綺麗に弧を描き、その手に戻るという厄介な武器だった。

 それだけでなく、彼の分身である人形が2体おり、本体と合わせて常に3体の蹴りや突きが間断なくロゼルタを襲う。

 暫くその動きを見ながら躱していたロゼルタは、やがてその全ての動作を見切り、反撃の手刀で人形の1体を仕留めた。

 その人形は土煙となり、崩れ去る。

 だが同時に右腕に痛みが走った。

 一瞬の隙をつかれ円月輪がロゼルタの右腕を掠めたのだ。

 チッと舌打ちをひとつし、1体の後ろに回り込むとその首根っこを押さえ、握り潰した。

 再び粉塵が舞い上がり、ロゼルタを包む。
 その中でようやくホッと一息ついた。

「さあ、あとは本物、テメーだけだぜ」

 その時には既にハモンは少しロゼルタと距離を置いていた。

「ったくちょこまかと……テメーと遊んでる暇はねー」

 一気に勝負をつけるべく、彼女は腕を伸ばし、手のひらをハモンに向けた。

「ブラッドバインド!」

 血が霧となって相手に纏いつき、決して切れない鎖に代わり、捕縛する。

 いつもなら。

 だがその血が出ない。

「んん?」
「どうした。何かするんじゃないのか」

 表情は布で覆われ、読み取れないが余裕の笑みを浮かべているのが手に取るようにわかった。

「テメー、武器に何か仕込んだか?」
「さて、どうかな」

 再びハモンが3体に分かれる。

(何か仕込んだとしてあたしの能力が発動しねーなんてことがあるのか)

 彼女が考える間にも、前から2体、後ろから1体の三方向から襲い来る。

 後ろを本体と睨み、その頭を蹴りで粉砕する。

 だが右前のハモンが「大した威力だ」と呟きながらロゼルタの腹を蹴った。

「グッ」

 蹴りで片足となっていたロゼルタにその力は堪えられず、吹き飛んだ彼女は壁に激突した。

 腹部に吐瀉したくなるほどの痛みが襲う。
 見ると先程斬られた腕も血が流れ出たままだ。

(治癒力が殺されて、いる?)
(ブラッドバインドも出なかった)
(いや待てよ……まさかこいつ!)

 ハモンの背後からまた1体が現れる。

(クソッ、すぐに2体に戻りやがる!)
(だが2体だけだ。まずコイツらの攻撃を止め、本体を仕留める)

 再び3体となったハモンの猛攻が始まった。
 円月輪、突き、蹴り、手刀が繰り返し、不規則に放たれた。

 徐々に彼女の体に傷が増える。

(チッ。避けてちゃラチがあかねー)

 攻撃が重なるタイミングを見極めた。

 前方からのみ攻撃されるよう、壁を背にしたことで遂にその時が訪れた。

 ふたつの円月輪を同時に両手で掴む。

(今だっ!)

 壁から離れる事になるが、ここぞとばかりに真ん中のハモンの顎に膝蹴りを入れた。

 人形ならそれで崩れ落ちるがそれは本体だった。

「捉えたッ!」

 そのまま追撃を仕掛けたロゼルタの背中を突如激しい痛みが襲う!

「あうっ!」

 彼女の背には深々と円月輪が刺さっていた。

「さ……3体目、か」

 ハモンの3体目の人形が背後に現れ、ロゼルタの背に円月輪を投げたのだ。

 思わず痛みで円月輪を握っていた手を離してしまった。

 即座に前からも斬られ、血飛沫を上げる。

 いつもならすぐに治癒し、痛みもこれほど感じる事はない。

「あぐっ」

 思わずふらつく。
 俯いた瞬間、ハモン本体に膝蹴りを返されてしまった。

「ガッ!」

 口から血を吐き出しながら仰け反り、背後の壁に激突した。

「ク……クックック。3体は操れないと思ったか?」

 勝ち誇ったかの様にズラリと4人並び、ロゼルタを見下ろす。

(ヤロー……)

 ハモンを睨み付けながらも体の至る箇所から血が流れ出る。

 特に背中に刺さったままの円月輪が壁に激突した事で更に深く押し込まれ、人間ならとっくに死ぬか気絶する程のダメージを負っていた。

 ロゼルタがこれほど血を流すのは稀有の事だった。

(血が操作出来ねー)

 それは吸血鬼である彼女には戦う力を根こそぎ奪われるのに等しい。

 そしてそれが出来る唯一の方法を彼女は知っていた。

「テメー……『リュカオンの術式』だな?」
「ふっふっふ。ようやく気付いたか。まあ既に手遅れだがな」
「やっぱりそうか。だがあれは存在だけが噂される程のもの。一体どこで知った」
「ククク」

 得意げに腕を組んで話すハモンの側から3体の人形がロゼルタへと近付く。

 これ以上のダメージはまずいととにかく立ち上がり、戦闘態勢を取る。

「かつて無敵と言われた吸血鬼、お前の祖先、魔神ドラクノフの唯一の天敵、人狼ライカンのリュカオン」

 ハモンが語る間に3体の攻撃が始まった。

 だが大ダメージを受けているロゼルタの反応は鈍く、易々と切り刻まれ、殴られ、蹴られてしまう。

 それでも致命傷とならぬ様、立ち回る。

「そのリュカオンが編み出した吸血鬼殺しの秘術、魔香ルーデュの生成方式は途絶えたと思われていたがファトランテの地下倉庫に眠る書物からクリニカ様が発見したのだ」
「クッ……ハァハァ……や、やっぱりあいつか。だが一体、魔香なんぞいつ……」

 そこでハッとする。

 最初に倒したハモンの土人形が崩れた時の粉塵を思い出した。

(武器に仕込まれていたと思っていたが……人形の方かっ!)

 それに気を取られたか、同時に2体の蹴りを受け、再び壁に背中を打ち付けた。

「ぐあああっ!」

 その様子を見ていたハモンが顔を覆う布の下でほくそ笑む。

「気付いたか? さすがはクリニカ様と同じ三賢者様だ。そう。私の分身達、この自動人形オートマータに予め魔香を仕込んでいたのだ。破壊されれば発動するようにな」

 つまり人形の中に術式で作られた香が閉じ込められていたのだ。

 倒した時に出る粉塵と土埃の匂いが煙の色や香の匂いをわかりにくいものにしていた。

「テメー……」

 睨み付ける目の中にも血が入り、その視界が赤くなる。

 ゆっくりと立ち上がったロゼルタはペッと真っ赤な唾を吐くと両手で髪を掻き上げた。

「その術式ならあたしに勝てると思ったか?」
「フッフッフ」

 ハモンはロゼルタの様子から自分が手を下すリスクを避け、あとは人形に任せたと言わんばかりに部屋の中央に陣取り、腕を組む。

「強がるな。この自動人形オートマータはセントリアで魔人化したお前の凄まじいスピードと力に対抗する様に作られている。貴様の力は既に術式に組み込まれているのだ。吸血鬼の能力を封じられた貴様に勝ち目など無い」
「……」

 ロゼルタはもう一度唾を吐くと、

「なめられた、モンだな」
「いっそのこと魔神化するか? であれば私は負けるであろう。だがそれをさせた時点で私の勝ちだ」

(チッ。一度魔神化すると再び魔神化出来るようになるまで日数が必要だと知ってやがる)
(こいつに勝ってもリドに負けりゃあ意味がねー)

 無論そんな思いはおくびにも出さない。

 ハモンはこれ以上時間を与えるのは危険と考え、号令を出した。

「ここまでだ。さあ行け、私の自動人形オートマータ達よ!」

 忠実な彼の人形達はその声で一気にロゼルタに飛び掛かった!













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