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最終章 魔王をその身に宿す少年

119.クヌムとヨアヒムの死

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 ラクニールとスルークの間には、かつて魔界を守る強固な結界が敷かれていたのだが、ネルソがいなくなった今では当然のことながら何も無い。

 どこが境界かも曖昧なまま、見渡す限りの草原を彼らは進んでいた。

 前触れ無くサラが交信の指輪に触れ、話し出す。

「サラです。……ああ。はい、はい。あ、ちょっと待って下さいね。ロゼルタさん、シュルスからです」

 彼女の指輪が光り、通信状態である事を告げる。

「来たか! どうなった!?」

 シュルスはロゼルタの依頼でヒューリアに助力を求めに行っていた。

 エルフの助力があるのとないのではハミッドにかかる負担が格段に違うのだ。

 その場で腰を下ろし、シュルスからの報告を聞く事にした。


 ◆◇◆◇

 ロトス王城地下の牢獄 ――


 ある牢獄に3人の男がいれられていた。

 ひとりは地面に横たわる男、彼は国王のロトス6世だ。

 既に高齢の彼に寄り添い、心配そうに見つめているのは50歳近い長男のユリス。

 その彼とは大きく歳の離れた弟のスライブは鉄格子の前に立ち、不遜な目付きでオーク兵達の様子を伺っていた。

 奇しくも彼らが収監された場所は以前ロゼルタと共に捕まったハミッドが入れられた牢だった。

(牢獄の通路にはざっと見て2、30匹はいるか……なかなか手厚いね)

 スライブにはリサという腕の立つ護衛隊の隊長がいる。
 常に彼女と共に過ごしていたが今、ここに彼女はいない。

(捕まる寸前、彼女を逃がしたけど、無事かな)
(一緒にいたがっていたがなんせ相手は豚君達だからねー)
(……捕まってなきゃいいが)

 ちょうどそんなことを考えていた時、目の前の暗闇から歩く人影が見えた。

(え……? こんな所に人間が? 我が兵か?)

 思わず鉄格子に顔を付け、凝視する。

 すぐにそれが誰かわかった。

「ば、バカな。リサッ! なんでこんなところに!」
「よかった若様。ご無事でしたか」
「ご無事も何も……逃げろと言ったろう!」

 小声だったが、オーク以外いる筈のない通路に立つリサの姿は目立つ。

 すぐに何体かのオークが彼女に気付いた。

「お、おい、女だぜ」
「不審者だ! 捕まえろ!」

 右からも左からも次々と集まってくるオークを見て焦るスライブがリサに叫ぶ。

「命令だ。逃げろ、早く!」
「大丈夫です、若様。お救い致します」
「な、何を言って……」

 どこから盗んだのか、スライブ達の牢の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込む。

「いいから逃げろ!」

 だがリサは耳を貸さない。

「逃がさねえ!」
「取り囲め!」
「そこそこいい女じゃねーか」
「こんなつまんねえ役でもひとつくらいいい事があってもいいよなあ」

 あっという間にリサとその牢を取り囲むように幾重にもオークが群がった。

「くっ」

 こうなっては逃げることなど叶わない。

 その時、カチャリという音がして牢の扉が開いた。

「さ、若様」
「いや、さあと言われたところで」

 牢の中と外、一体どちらが安全なのか、迷うほどだった。

「妙な助けが来る前にさっさと捕えちまおう」
「ああそうだ。るのは後だ」
「かかれ!」

 一斉にオークが襲い掛かる。

 もはやリサの命はない、と思われたその瞬間。
 オーク達はまるで壁にでもぶつかったように跳ね返された。

 スライブ、そして中にいるユリスと国王もポカンと口を開けてその様子を見つめる。

 だがオークは目の前に女性がいるのに一度の失敗で怯むような種族ではない。

「ええい、行け行け!」
「数で押せ!」

 数十体がわっと押し寄せた。

 だが結果は同じだった。

「な、なんかあるぞ」
「やれやれいい加減、豚臭くてかなわん」

 突然聞いたことのない男の声が何も無い空間から聞こえる。

「誰だ!」
「何かいるぞ!」
「『切り裂く者の舞踏シャーリーワルツ』」
「エ……エルフ!」

 一体のオークがそう言うのが最後だった。

 あれだけいたオーク達は一瞬の内に見えない何かに切り裂かれ、ズタズタになって物言わぬ死体となる。

「まったく。死んでも臭い連中よ。鼻が曲がりそうだ」

 何も無い場所からスッと姿を現した、人間であれば20代半ば程に見える男性のエルフは忌々しそうに言う。

「モルソン!」
「おお、ユリスではないか。そんな所で何をしてるんだ。新しい寝室か?」

 悪戯っぽく笑ったそのエルフはサラの義父、モルソンだった。

「何をって捕まってるんだ。見たらわかるだろ!」
「ハッハッハ。冗談だ。愛しい我が娘と魔族からの頼みでな。助けに来てやったぞ」

 国王はユリスの肩を借りてヨロヨロと立ち上がる。

 牢から出た彼らは国王を護るように周囲を囲いながらゆっくりと上の階段へと向かう。

 暫く進むが先頭を歩いていたモルソンがふと立ち止まる。

「豚の王の子分2匹のお出ましか。へっへ」

 その言葉通り、彼らの行く手を塞ぐ様に2体の強靭な体を持ったハーフオークが立っていた。

「騒がしいから来てみれば」
「脱獄は死罪だぞ、お前達」

 マッカの弟、クヌムとヨアヒムだ。

「エルフじゃねえか。女はいないのか?」
「女と見れば犯すしか脳のない豚がいるのに美しいエルフの女性を連れてくると思うか?」
「男に用はねえっつーの。サラを出せ、サラを」
「なんだと?」

 先程まで余裕の顔付きをしていたモルソンの表情が一変する。

「おい、クソ豚の分際で全エルフの中で最も尊いその名前を出すんじゃねえよ。このブタ! ブタブタブタッ!」
「男にブタって言われてもムカつくだけだなぁ」
「やっちまうかあ」
「ハッ。誰に物を言っている。ブタなど殺すのに1秒もかからない」

 緑の霊気オーラを纏うモルソンがオーク達に手のひらを向ける。

「殺すっ!」
「クソエルフッ!」

 元々激しく啀み合う種族同士のエルフとオーク、その憎しみは人間の理解出来るものではない。
 剣を振り翳してクヌムとヨアヒムが飛び掛かった。

「大地より出でてあのクソブタ共を拘束せよ『掴む手サンダード』!」

 瞬時にクヌム達の足元に湧き出た小さな砂漠から何本もの土の腕が伸び、彼らを掴む。

「ケッ。拘束かよ」
「1秒かからねえんじゃなか……」

 ヨアヒムは最後まで言えなかった。

 言葉の途中で突如左右に現れた十人のエルフに気が付いた。

 そこにはロゼルタとサラから密命を受け、メルマトラから帰郷したシュルスも含まれていた。

 全ての弓がクヌムとヨアヒムに向けられている。

「しまっ……」
「罠かっ!」

 その1秒後、彼らはハリネズミの様になって通路に横たわった。

「別に俺だけでやるとは言ってないからな?」

 モルソンは捨て台詞を吐き、2体のハーフオークの頭を蹴飛ばす。

 マッカの最も忠実な部下で、大きな戦力のひとつでもあったクヌムとヨアヒムは遂にロトスで倒れた。

 その後、彼らは現れるオーク兵を皆殺しにしながら悠々とロトスの王族を助けだした。

 ◆◇◆◇


「そうか。憂いがひとつなくなったな。助かったぜシュルス。お前に頼んで正解だった」

 ほっとしたようにロゼルタが言う。

『いえいえ』
「今はどういう状態ですか?」とサラ。
『ロトスのオーク勢を追い出し、軍の指揮権を王側が握った。マッカが帰って来なければ当面、問題はないよ』
「マッカはスルークにいるようです。必ず仕留めます」
『ああ。それを信じてなけりゃこっちも手が出せなかった。とは言えモルソンさんはマッカ相手でもやる気満々みたいだけど』
「フフッ。モルソンさんはお強いですからね」

 そんな吉報を聞き、束の間喜びあっていたその頃。


 ラクニールで数日フェルマと過ごしたあの村に大きな影がひとつ。


「お前が、フェルマだな?」

 アリスとノルト達の無事を祈りながら町外れに流れる小川を見ていたフェルマに声をかけた。

 フェルマはチラリとその風貌を見、ため息を吐く。

「並外れた巨体、暴力的な霊気オーラ、背中の戦斧、そしてハーフオーク……マッカか」
「へえ、わかるんだな」

 それはノルト達が、既にスルークにいるものと思っていたマッカだった。

 彼はノルト達が集結してラサにある王城に向かってくるとの報せを聞き、多勢に無勢と城を後にした。

 途中、スラムの男を半殺しにしたのは男も言っていた通り、ただの見せしめだった。

 その後は人化して気配を消し、スルークに近い森の中でノルト達が通り過ぎ、フェルマが1人になるのを待っていた。

「お前の命を貰う」
「リドに命ぜられたか」
「いいや」

 マッカが戦斧を構え、ニヤリと笑う。

「むしろあいつをるためだ」
「ほう? もしそれが本当なら」

 フェルマの赤い霊気オーラが揺蕩い始めると剣をスラリと抜き、立ち上がる。

「願っても無いことだ」
「おお。さすがは名の知れた剣士。大した霊気オーラだな」
「全力でお相手しよう」

 人知れずふたりの戦いが始まった。

 その剣筋、勢いなどを見極めるように撃ち合っていたマッカだったがやがて、

「フン、もうよい。オークの王となった俺の敵ではないことはよくわかった」
「そうか。なら殺すがいい」

 その言葉にニヤリとし、マッカの斧が右から左へと薙ぎ払われた。

 数秒後、フェルマの頭だけが、次いで体が別の方向へと倒れた。

「弱い弱い。リドの師というからどれほどのものかと思えば」

 斧を背中になおし、笑いながらスルークの方へと足を向けた。


 そんな事があったとは露知らず、ノルト達はアケロン川を越え、町を避けて遂に覇王城へ辿り着く。












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